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別居
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一つは、以前書いた遊郭、吉原、遊女の話。それを少し深く掘り下げ、遊女たちの生活を書いたもの。
一つは、アダルトグッズのレビュー。使ってみるとどれだけの快感があるか。また女性目線、男性目線からの道具の使用を考えたもの。
一つは、高校生の性の奔放さ。いわゆる売りをしている女の子へのインタビュー記事だった。
出社時間、朝九時。春川は修正を終えた記事を、出社してきた北川と編集長に見せていたのだ。特に北川は身重だと、帰るように進めたのだ。
「残ってもらってありがとうございます。」
徹夜は慣れていると、春川はコーヒーをもらって飲みながらその反応を見ていた。記事を見せるときはいつも緊張する。
「高校生のヤツがいいですね。この遊女のヤツは、他の文芸誌に回してもいいし。」
「アダルトグッズは悪くないけれど、メーカーの許可が必要だからね。その時間が厳しい。だったら高校生かな。」
「消去法で私もそれかもしれないと思いました。ではこれをデータにして送ります。」
「すいません、秋野さん。無理言って。」
「いいんです。ストックが無くなっただけなんで。」
「それもそうなんですけど……。今大変でしょ?冬山さんの件もあるし。」
「あぁ。そうだった。助手なんですよね。」
「えぇ。あぁ。その件で「読本」の編集長とお話をしないといけないんですよ。もう来てますよね?」
「あっちも大変だから。気を付けて。」
タブレットやパソコンをしまい、彼女は微笑む。
「覚悟はしてましたよ。」
嘘は漏れる。いくら綺麗に隠しても、どこかで歪みがでるものだ。
桂のこともきっとばれる。そのとき祥吾はどういう反応をするのだろうか。必死に違うと言い張っていたのに結局不貞しているのだから。
同じフロアの中の、一つ挟んで向こう側に「読本」の編集部がある。春川はそこに足を向けた。するとそこへ紙コップを持った男がその隣のフロアから出てくる。それは夕べ、エレベーターで一緒になった男だった。
「やぁ。夕べここに泊まったんですか?」
「正確には泊まったというよりは、記事を書いてました。」
「あぁ。そうなんですね。ライターさんでしたか。」
「秋野といいます。」
「あなたが……。」
噂では女性だと聞いていた。だがこんなに若い女性だとは思ってもなかった。彼女の書いたウェブページで、北川がいるlove juiceの雑誌は部数をのばしているという噂だ。
「すいません。「読本」の編集部へ用事があるので。」
「そちらも今日は大変ですよ。冬山祥吾の件で。」
「あぁ。そうでしょうね。」
予想しているようだが、理解しているのだろうか。大変だろうなと口先だけでいっているようにしか見えない。
「秋野さん。」
「はい?」
「あなたは冬山祥吾さんの……。」
「助手です。だから先生のことでお話があるんですよ。」
「助手?」
ずいぶん若い女性を助手にしている。だとしたら噂は真実かもしれない。若い女性編集者に軒並み手を出しているという。それが露呈して今大変なことになっているのだが。
「冬山さんは今どこにいらっしゃるんですか?」
「自宅におりますよ。」
「え?」
「先生はあまり家から出ない方です。だから私が来ているんです。すいません。もう宜しいですか?」
「あぁ。すいません。呼び止めてしまって。」
すると後ろから声をかけられる。それは北川の声だった。
「青木さん。困りますよ。うちと契約しているライターですから。そちらもこちらもと言ったら、大変ですから。」
「聞いた。ライターさんだってね。どんな人か興味があったんだ。」
「秋野さん。行くんでしょ?青木さんに足止めされて。すいません。」
「いいえ。ではまた。」
青木は、行ってしまう春川を見てため息をつく。そして北川を見下ろした。
「あの人、本当にライター?」
「えぇ。風俗専門のですけど。」
「それにしては……。」
隙がない。助手と言うことで冬山祥吾のことを聞こうと思っていたのに、うまくはぐらかされた。
そして春川は「読本」の編集部へ向かう。すると春川の顔を知っている編集者が、彼女に近づいてきた。
「秋野さん。待ってました。」
「すいません。仕事が急に出来てしまって、ずっとこのフロアにはいたんですけど。」
「とりあえず、緊急の処置として一人編集者を行かせました。」
「それは、女性ではなく?」
「男性です。まぁ、冬山さんに男性の趣味もあるならそれも無駄でしょうが。」
口の悪い編集者だ。だが聞かなかったことにしよう。
「有川さんは?」
「有川は入院しています。」
「え?」
「……その……言いにくいんですが……。」
その言葉に彼女は愕然とした。
有川は妊娠していた。相手は誰とはがんとして口を割らなかったが、おそらく祥吾だという噂だ。
「先生の?」
「それで……今回の件で流れてしまって……。」
祥吾はそれを知っていたのか。知っていて雲隠れしたのか。それほど人道に外れた人だったのだろうか。
「……すいません。」
「謝らなくてもいい秋野さん。」
そういってやってきたのは「読本」の編集長だった。よく太った中年の男。彼は彼女を見て、少し微笑んだ。
「冬山さんが担当者に手を出すのは毎度のことではあるが、彼から言い寄ることはまずない。○○新聞の宇部さんがレイプされたとわめいているみたいだが、古いつきあいがあればそんなことは絶対ないといえるだろう。」
「……でも妊娠したんですよね?」
「妊娠を望んでいたのは有川だよ。たとえ子供を産んでも自分で育てるからと言っていたみたいだね。流れたのは自業自得だ。」
「……それでいいんですか?」
「あぁ。だがうちの雑誌に穴はあいた。今回は休載だからね。秋野さん。よかったらあんた書かないか?」
「……すいません。私はライターで、ノンフィクション専門ですので。」
「だったらあれか、love juiceの北川さんに言って、春川先生に書いてもらうか。」
「男と女のセックスばかり書いている人ですよ。うちは官能小説なんか載せませんから。」
向こうにいた眼鏡をかけた女性が厳しい口調で言う。
「やれやれ。急に言って書いてくれる作家など、いやしないのに。」
「春川先生も、急に言って書いてもらえますかね。」
「さぁ。北川さんの話では筆は相当早いという話だし、一応話をしてみようか。」
その春川本人の前で、春川の相談をしている。それが彼女にとって一番面白かった。
一つは、アダルトグッズのレビュー。使ってみるとどれだけの快感があるか。また女性目線、男性目線からの道具の使用を考えたもの。
一つは、高校生の性の奔放さ。いわゆる売りをしている女の子へのインタビュー記事だった。
出社時間、朝九時。春川は修正を終えた記事を、出社してきた北川と編集長に見せていたのだ。特に北川は身重だと、帰るように進めたのだ。
「残ってもらってありがとうございます。」
徹夜は慣れていると、春川はコーヒーをもらって飲みながらその反応を見ていた。記事を見せるときはいつも緊張する。
「高校生のヤツがいいですね。この遊女のヤツは、他の文芸誌に回してもいいし。」
「アダルトグッズは悪くないけれど、メーカーの許可が必要だからね。その時間が厳しい。だったら高校生かな。」
「消去法で私もそれかもしれないと思いました。ではこれをデータにして送ります。」
「すいません、秋野さん。無理言って。」
「いいんです。ストックが無くなっただけなんで。」
「それもそうなんですけど……。今大変でしょ?冬山さんの件もあるし。」
「あぁ。そうだった。助手なんですよね。」
「えぇ。あぁ。その件で「読本」の編集長とお話をしないといけないんですよ。もう来てますよね?」
「あっちも大変だから。気を付けて。」
タブレットやパソコンをしまい、彼女は微笑む。
「覚悟はしてましたよ。」
嘘は漏れる。いくら綺麗に隠しても、どこかで歪みがでるものだ。
桂のこともきっとばれる。そのとき祥吾はどういう反応をするのだろうか。必死に違うと言い張っていたのに結局不貞しているのだから。
同じフロアの中の、一つ挟んで向こう側に「読本」の編集部がある。春川はそこに足を向けた。するとそこへ紙コップを持った男がその隣のフロアから出てくる。それは夕べ、エレベーターで一緒になった男だった。
「やぁ。夕べここに泊まったんですか?」
「正確には泊まったというよりは、記事を書いてました。」
「あぁ。そうなんですね。ライターさんでしたか。」
「秋野といいます。」
「あなたが……。」
噂では女性だと聞いていた。だがこんなに若い女性だとは思ってもなかった。彼女の書いたウェブページで、北川がいるlove juiceの雑誌は部数をのばしているという噂だ。
「すいません。「読本」の編集部へ用事があるので。」
「そちらも今日は大変ですよ。冬山祥吾の件で。」
「あぁ。そうでしょうね。」
予想しているようだが、理解しているのだろうか。大変だろうなと口先だけでいっているようにしか見えない。
「秋野さん。」
「はい?」
「あなたは冬山祥吾さんの……。」
「助手です。だから先生のことでお話があるんですよ。」
「助手?」
ずいぶん若い女性を助手にしている。だとしたら噂は真実かもしれない。若い女性編集者に軒並み手を出しているという。それが露呈して今大変なことになっているのだが。
「冬山さんは今どこにいらっしゃるんですか?」
「自宅におりますよ。」
「え?」
「先生はあまり家から出ない方です。だから私が来ているんです。すいません。もう宜しいですか?」
「あぁ。すいません。呼び止めてしまって。」
すると後ろから声をかけられる。それは北川の声だった。
「青木さん。困りますよ。うちと契約しているライターですから。そちらもこちらもと言ったら、大変ですから。」
「聞いた。ライターさんだってね。どんな人か興味があったんだ。」
「秋野さん。行くんでしょ?青木さんに足止めされて。すいません。」
「いいえ。ではまた。」
青木は、行ってしまう春川を見てため息をつく。そして北川を見下ろした。
「あの人、本当にライター?」
「えぇ。風俗専門のですけど。」
「それにしては……。」
隙がない。助手と言うことで冬山祥吾のことを聞こうと思っていたのに、うまくはぐらかされた。
そして春川は「読本」の編集部へ向かう。すると春川の顔を知っている編集者が、彼女に近づいてきた。
「秋野さん。待ってました。」
「すいません。仕事が急に出来てしまって、ずっとこのフロアにはいたんですけど。」
「とりあえず、緊急の処置として一人編集者を行かせました。」
「それは、女性ではなく?」
「男性です。まぁ、冬山さんに男性の趣味もあるならそれも無駄でしょうが。」
口の悪い編集者だ。だが聞かなかったことにしよう。
「有川さんは?」
「有川は入院しています。」
「え?」
「……その……言いにくいんですが……。」
その言葉に彼女は愕然とした。
有川は妊娠していた。相手は誰とはがんとして口を割らなかったが、おそらく祥吾だという噂だ。
「先生の?」
「それで……今回の件で流れてしまって……。」
祥吾はそれを知っていたのか。知っていて雲隠れしたのか。それほど人道に外れた人だったのだろうか。
「……すいません。」
「謝らなくてもいい秋野さん。」
そういってやってきたのは「読本」の編集長だった。よく太った中年の男。彼は彼女を見て、少し微笑んだ。
「冬山さんが担当者に手を出すのは毎度のことではあるが、彼から言い寄ることはまずない。○○新聞の宇部さんがレイプされたとわめいているみたいだが、古いつきあいがあればそんなことは絶対ないといえるだろう。」
「……でも妊娠したんですよね?」
「妊娠を望んでいたのは有川だよ。たとえ子供を産んでも自分で育てるからと言っていたみたいだね。流れたのは自業自得だ。」
「……それでいいんですか?」
「あぁ。だがうちの雑誌に穴はあいた。今回は休載だからね。秋野さん。よかったらあんた書かないか?」
「……すいません。私はライターで、ノンフィクション専門ですので。」
「だったらあれか、love juiceの北川さんに言って、春川先生に書いてもらうか。」
「男と女のセックスばかり書いている人ですよ。うちは官能小説なんか載せませんから。」
向こうにいた眼鏡をかけた女性が厳しい口調で言う。
「やれやれ。急に言って書いてくれる作家など、いやしないのに。」
「春川先生も、急に言って書いてもらえますかね。」
「さぁ。北川さんの話では筆は相当早いという話だし、一応話をしてみようか。」
その春川本人の前で、春川の相談をしている。それが彼女にとって一番面白かった。
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