セックスの価値

神崎

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初めての味

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 本来「prism」には出張ホストのサービスは常連に限られる。だから春川のように、一見の客に出張ホストのサービスをするのは異例だった。だが彼女の名前を代表に出すと、彼は少し考え込んで「イってくればいい」と言ってくれた。どうやら彼女のコラムはそれほど影響を与えているようだ。
「スーツとかやめてもらっていいですか?そんなつもりで行くのではないので。」
 春川の指定通り、涼太はブラックジーンズと革ジャンという格好で駅前にいた。時間は十七時。すると向こうから、ジーンズとコートを着た女性がやってくる。髪を結んでいるので印象がだいぶ違うが、春川のようだ。
「お待たせしました。」
 化粧も薄くしかしていない。口紅と眉毛を書いているだけだろうか。最低限のものしかしていない。しかしこれが本来の彼女だろう。
 そう見てみると彼が思っている人とは少しかけ離れている気がする。だがやはり顔は似ている。
「涼太さん?」
「あ……ごめんね。百八十分だっけ。時間。」
「あ、そうです。」
「それにしても店に来たときとは全然違うね。いつもそんな感じ?」
「いいえ。これでも小綺麗にした方です。担当に怒られました。そんな格好で行くのかって。」
「いつもどんな格好で町を歩いてるの?」
「普通だと思うんですけど。立場上、あまり目立ってはいけないので。」
 別の意味で目立ちそうだ。
「買い物でもする?それから食事かな。お酒は飲まないんだっけ?」
「あ、はい。」
「飲んだこと無いの?」
「止められてるんですよ。」
「え?体が良くないの?」
 こんなに若くて元気そうなのに、肝臓か何かをやられているのだろうか。少し驚いて彼女をみる。
「あ、違うんです。……旦那に。」
「旦那?結婚してるの?」
「えぇ。一応。七年になりますか。」
 それが一番驚いた。若そうなのに結婚して七年になる旦那がいるとは。
「町を歩きましょう?イルミネーションが綺麗ですよ。」
「いいね。行こうか。」
 この隣が桂だったらどんなに嬉しいだろう。彼女はそう思いながら、涼太の隣を歩いていた。
 桂とは朝まで一緒にいることはなかった。今日の朝一番で、野外の撮影に望むらしい。撮影は深夜にまで及ぶ。きっと彼女が涼太とデートをしているなんと言うことは、かけらも思わないだろう。
 だがその後ろをついてくる二つの影がある。それは北川と達哉だった。
「俺、今朝帰ってきたばっかなんだけど。」
「不自然じゃん。あたし一人じゃ。」
「でもさぁ。心配しなくていいと思うけど。涼太さんも懲りてると思うし、春川さんだって桂さんしか見てないじゃん。」
「だーかーらよっ。」
「何が?」
「桂さんに流されてんのよ。わかんないの?」
「お前さ、まだ桂さんとのこと反対してんのかよ。もう諦めろって。離れられないだろ?あの二人。」
「だからってさ……不倫じゃん。」
「心なんて変わるんだし、別にいいと思うけど。」
 喧嘩が始まりそうな雰囲気だったが、ふと北川が気がついて彼女らの後を追う。喧嘩をして見失ったなんて洒落にならない。それに何かあったら桂さんに連絡する。そのために携帯電話をぐっと握っていた。

「旦那さんは何もいわなかったの?」
「出張ホストですか?仕事ですからね。別にそれに口出すの野暮じゃないですか?」
 春川はそういって公園にたてられているツリーを見上げた。この時期だけこういったものをたてるらしい。暗くなり始めた回りに電飾がきらきら光り始めた。
「確かにね。理解のある旦那さんだ。」
「そんなことはないですよ。結構束縛が激しくて。今日は帰ってくるように言われました。」
「今日は?昨日は帰ってこなかったの?」
 その言葉に彼女は少し笑う。涼太を見上げて彼女は笑った。
「誘導尋問、上手ですね。でもこれ以上は何もでませんから。」
 彼女はそう言ってまたツリーをみる。
 夕べは気が狂うかと思うくらいの快感の連続だった。何度も絶頂に導かれ、何度も求め合った。それを思い出すと、胸が熱くなる。そしてまた会いたくなる。
「秋野さん。」
 彼は手招きして彼女を呼ぶ。
「何ですか?」
 露店の店があった。どうやら天然石で作ったアクセサリーを売っているらしい。女性が好きらしく、それを手にしてアクセサリーにしてもらっていた。
「天然石ですか?」
「嫌い?」
「あまり装飾品を付けないんで。」
「でもそのブレス、前も付けてたよね?」
「あぁ。」
 左手首にしているブレスレットのことを言っていたのだろう。それは桂からもらった唯一のものだった。彼女はそれを離したくはなかった。だからずっと付けていたが、それを祥吾から咎められたことはない。自分が贈った指輪に関してはひどく言うくせに。
「ちょっと事情があって。」
「秋野さんって、結構秘密が多いね。」
「そうですか?」
「でも今日、俺が一つプレゼントしていい?」
「あ、大丈夫です。でも女性はそう言うものが好きなんですね。」
 小説のネタにできそうだ。そう思いながら、隣のカフェの屋台にもう目がいっている。
「ミルクティ飲みたいです。」
「本当?それくらいでいいの?」
「甘くなければ。」
「ははっ。甘いものも苦手なの?」
「いいえ。好きですよ。飲み物が甘いものはあまり得意じゃないってだけです。すいません。このミルクティ甘いですか?」
 結局ミルクティを手に、彼女は回りを見て回っていた。それに彼がついてくる。全くデートには見えないデートだと、北川たちは思っていた。
「あれだな。春川さんって、本当に興味あるものしか興味ないんだな。」
「うん。ふらふらいつもどっか行ってる。だからもう慣れちゃった。呼び寄せたいときは携帯鳴らせばいいし。」
「犬じゃねぇんだから。お、なぁ、ホットワインだってさ。俺飲めないけど、明日香飲んだら?」
「あーごめん。ちょっと今、酒絶ちしててさ。」
「何で?好きだったじゃん。ワイン。」
「バカね。飲めないのよ。」
 そう言ってきた側はマフラーを口元まで上げた。
「へ?」
「その気がないなら、堕ろすけど?」
「マジで?やった。マジで?」
「マジでばっか言わないの。アホの子みたいに。」
 つい付けているのを忘れた。達哉はそのまま北川を抱き寄せると、額にキスをした。
「バカ。こんなとこでするんじゃないわよ。」
「仕方ねぇだろ?嬉しいんだから。なぁ。いつ親のとこ行けばいい?」
「あんた、マジで言ってんの?」
「うん。嬉しいじゃん。兄弟多い方がいいし、最低三人な。」
「ははっ。あんたのそう言うとこ好きよ。」
 手を握ると、二人は見失いそうになった春川たちの後を追った。
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