セックスの価値

神崎

文字の大きさ
上 下
101 / 172
初めての味

101

しおりを挟む
 せめて一度部屋へ行き、編集者から連絡がないかチェックしたいと申し出ると、祥吾はすぐに戻るようにと言い残して自分の部屋に戻っていった。
 自分の部屋に戻ると、春川は机の上にある携帯電話を手にした。仕事用の携帯も、プライベートも何も連絡はない。せめて桂に連絡をしたい。だがそれは許されないのだ。春川にも事情があるように桂にも彼周辺の事情があるだろう。
 今日は妻としてのつとめをしないといけない。それが不本意だとしてもそれをしないと彼はきっと納得しないだろうから。
 携帯電話を机に置くと、電気を消そうと手を伸ばした。そのとき仕事用の携帯電話が鳴る。どこかで見た番号だ。だが登録はしていない。
「もしもし。」
 電話をとると、賑やかな音がする。どこかの飲み屋だろうか。
「秋野さん。久しぶりだね。」
 聞き覚えがある声だ。
「涼太さん。」
 ホストの男だ。そして元AV男優。確かに名刺を渡したのでこの電話にかかってくるのは当たり前だろう。
「元気にしてる?」
「えぇ。そちらもお元気そうで。」
「また店に来ることとかあるのかな?」
 そういう電話だ。おそらくまた店に来て欲しいという期待があるのだろう。
「あ……そうでした。ちょっと相談があるんですが。」
「何?」
「出張ホストをしている方はいらっしゃいませんか。」
「出張ホスト?あぁ。うちの店でもやってるけど、そういうのがしたいの?」
「え……と、そうですね。」
 ネタのためとは言えないだろう。
「コラムを書きたいので。」
「あぁ。そう言うことか。どういう人がいい?」
「そうですね……。どういう方でもいいんですが、キャリアの長い方がいいですね。」
「慣れてるってこと?じゃあ、俺、行こうか?」
「涼太さんが?」
 涼太と外を歩くとなると目立ちそうだ。まぁ、どの人を選んでも目立ちそうな気もするが。
「いつがいい?」
「そうですね。ちょっと待って下さい。」
 スケジュール帳を開いて、彼女は空いている日をチェックする。
「今度の火曜日なら。」
「火曜ね。OK。待ち合わせどこにしようか?」
 とんとん拍子で話が進む。彼女自身が体験することはないが、これも経験だろう。リアルな気持ちを体感できる。
「あ、秋野さん。」
「何ですか?」
「出張ホストって、夜も必要かな。」
「それは結構です。」
 すると彼は少し笑い、じゃあと言って電話を切ってしまった。彼女はため息をつくと、また電話を机に置く。
「春。」
 振り向くと、そこには祥吾がいた。
「すいません。ちょっと連絡を付けないといけない人が……。」
「いいから、パソコンを持って部屋に来てくれないか。」
 不機嫌そうにいう彼。どうやら仕事が出来たらしい。良かった。今日もしなくてすむんだ。彼女はそう思いながら、パソコンとWi-Fiルーターを持って部屋を出る。

 歯を磨いて、うがいをする。口内ケアをして望まなければいけないのは、AVと一緒だ。桂はそう思いながら、うがい薬をテーブルに置く。今日は愛美と初めてベッドシーンを演じるのだ。
 彼女は経験がないわけではないが、ベッドシーンは初めてだという。あのライトを照らされた中で、好奇の目に晒されるのだ。泣かなければいいがと彼は思っていた。
 そのとき部屋をノックする音が聞こえる。
「どうぞ。」
 入ってきたのは玲二だった。彼もまた今日ベッドシーンがあるようで、衣装に着替えている。彼のシーンはカフェーの女中とのシーンらしい。
「口内ケアとかするんだ。」
「まぁな。いろんなところを綺麗にして望むのは当たり前だろう。」
「実際するわけじゃないのに。」
「しないにしてもマナーだと思う。」
 机に置いている台本は、書き込みだらけでもうぼろぼろだ。それだけ彼が気合いが入っているのがわかる。
 玲二はソファに腰掛けると、ニヤリと笑って彼を見上げる。
「愛美さ、すげぇ敏感なの。」
「へぇ。まるで寝たような口振りだな。」
「寝た。昔な。」
 玲二もモデルとして活躍していた時期がある。おそらく顔を合わせていることが多かったのだろう。その中でそう言うことになるのは必然だ。
「桂さんさ。初めての時っていつだった?」
「いつだっけか。地元でさ、高校生の時だっけか。先輩に誘われて家行って、そのままがばってやられた。すげぇヤリマンだったわ。性病ならないか冷や冷やした。」
「ふーん。そんなもんなんだな。」
「お前は?」
 向かいのソファに座り、台本を置く。
「俺?俺は、モデルやってたときアシスタントの女。中卒の女でさ、俺初めてだったのに女の乳首にピアスしてあってさ。そんなもんかと思った。」
「お互いヤリマンと初めてやったんだな。」
「愛美さ、すげぇ緊張してるみたいだ。」
「お前やってやりゃいいのに。事前練習とか。初めてじゃねぇんだろ?」
「やだよ。奥さんに怒られる。」
 驚いた。玲二に奥さんがいるとは世の中にでていない話題だったから。
「マジで?」
「二十の時結婚した。世の中には出てねぇけどな。子供が中学生。」
「よく出なかったな。」
「うまく隠してっから。」
 おそらく別居でもしているのだろう。そうではないとそんなにうまく隠せるわけがない。
「桂さんもいるんじゃねぇの?」
「子供どころか奥さんもいねぇよ。AV男優なんてやってたら、まともに結婚なんか出来ない。むしろ世の中に後ろ指刺されるような仕事だろ?」
「そんなもんかねぇ。あんた見てると、俺らと何も変わらない気がするけどな。」
「そういう奴は一部だ。」
 初めて春川と会ったとき、彼女もAV男優だと色眼鏡で見ることはなかった。仕事だから。だからやるんだ。彼女はそういっていた。その言葉でどれだけ救われただろう。
「……奥さんはいないけどな。」
「何?彼女でもいるの?」
「あぁ。」
「マジで?あー。メイクの佐々木さん。がっかりするよ。」
「佐々木?」
「ほら、おっぱい大きいメイクの女。」
「そんなのいたっけ?」
「覚えてねぇんだ。あんたをメイクするとき、めっちゃおっぱいアピールしてたのに。」
「興味ないものは、目も合わせないからな。」
「つーことは、あれだ。彼女以外は見たくねぇってこと?」
「そういうこと。」
「すげぇな。早く結婚してしまえばいいのに。」
 結婚したい。今すぐにでも。奪ってやりたい。だがそう簡単にはいかないのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

偶然PTAのママと

Rollman
恋愛
偶然PTAのママ友を見てしまった。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...