セックスの価値

神崎

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 結局絹恵がでるシーンの撮影は、明日に延びた。桂はそのまま久し振りにAVの撮影に望む。嵐ではない監督の作品だ。
 元アイドルの女性の絡み。どうも最近、イケメンだ何だと騒がしいおかげで単体女優との絡みが多いし、優しい自分を演じなければいけないのが何となく苦痛に感じてきた。だが今日は違う。
「桂さん。久しぶりっすね。」
 達哉との3Pだった。それも嵐の監督のヤツ以来かもしれない。
「お前がメインだって?」
「最近そう言うの多くて。」
「いいんじゃねぇの?俺、来年になったら多分、本数お前に越されてるわ。」
「でも俺さ、桂さんほどガタイいいわけじゃないしさ。駅弁すげぇ苦手。出来ればヨリでやって欲しい。」
「俺もあれしたらすげぇ息切れる。体重によるけどな。あんまりでかい女は苦手だ。」
「あーそうっすよね。春川さん、なんか小さそうだし。」
「背はな。」
 そう言って彼は衣装に着替えはじめた。
「隠さないっすね。桂さん。」
「隠す要素がないだろ?人妻だって言うこと以外は。お前の方が隠さないでいい相手じゃないか。」
 すると達哉は少し黙る。
「どうした?別れたのか?」
「そんなんじゃねぇんだけど……ちょっと喧嘩して。」
「ふーん。男が折れるもんじゃねぇぞ。謝らせろよ。」
「気が強いからさ。仕事だから仕方ねぇって言われたら、こっちだって何も言えないじゃないっすか。」
 仕事でセックスしている二人にとって、「仕事」だと言われると弱い。それは達哉も一緒だ。北川の担当は官能小説。男と女のアレコレソレを文章にしたものをチェックするし、春川だけではない担当も持っているのでそれなりに忙しい。
「まぁな。」
「でもさ……ホストクラブ行くのって、仕事のうちかって言っちまって。」
「ホストクラブ?」
 衣装に着替えて、桂は意外そうな顔をした。確かに北川はホストクラブへ行きたいと言っていたようだが、本当に行くとは思ってなかった。
「春川って作家について行くみたいなんすよ。」
 春川の名前に彼は驚いて思わず衣装を落としそうになった。
「男か女かわかんないような作家だし、そんなもん一人で行かせりゃいいっていったら、「こっちだって事情があるのよ」って。そっから口喧嘩。」
「犬も食わねぇな。仕事はお互い様だろ?俺らだって好きで女の股に突っ込んでる訳じゃねぇんだし。」
「まぁね。明日香と会ってからさらにその気持ち強くなったわ。」
 案外すんなりと仲直りできそうだ。
 しかし春川がホストクラブへ行く。桂の内心は穏やかではなかった。
 ホストクラブによっては、寝て客をつかもうとするヤツもいないでもない。自分がホストをしていたときも、そんなヤツがいた。
 だが本来寝て客をつかむのは、邪道だ。ソレをわかっている店であればいいが。それに店によっては粗悪なところもある。
 不安だ。
「桂さん。その日、つけてみません?」
「は?」
 達哉の申し出に、桂は驚いて彼を見る。
「どんな店に行くかだけでも。」
「アホか。俺らがつけてどうするんだよ。」
「いいじゃないっすか。付き合ってくださいよ。」
「お前等の痴情に俺が付き合ってどうするんだ。」
 不安は不安だが、ソレを邪魔することもないだろう。
「そういえば、桂さん、春川って会ったんでしたっけ?」
「夏の始めかな。」
「男ですか?」
「……お前ほかで言うなよ?口止めされてんだから。」
「わかってますよ。」
「女だ。」
「え?じゃあ、女同士でホストクラブ行こうって?やばいって。やっぱ。桂さん。付いてきてくださいよー。」
「やだよ。」
 衣装に着替えると、桂はテーブルに置いてあったプロットの紙に目を移した。

 テーブルに置いてあったチョコレートを一つ手に取り、春川はソレを口に運んだ。夜に甘いものを食べたりはしないが、本来甘いものが好きなのだ。
「奥様。今日、食事用意します?」
 洗濯物を干し終わった幸さんが春川に聞いてきた。
「あぁ。今日は結構よ。外で食べる用事があるから。」
 幸さんは春川がくる前からここで働いているが、仕事の内容によって今日は気乗りする仕事だとか、しない仕事だとかはだいたいわかるようになってきた。
 そして今日はとても気乗りしないようだった。普段はあまり甘いものに口を付けないのに、今日はチョコレートを口に入れている。
「遅くなりそうですか?」
「そうね。多分。幸さん。今日、買い物へ行くのだったら醤油が切れかかっていたわ。買ってきてくださいね。」
「はい。はい。」
「じゃあ、旦那様に挨拶をしてでますから。」
 台所を出て行く春川を見て、ため息を付いた。
 まだ二十五だという。確かに旦那は五十近辺のはずだが、奥さんが若ければ子供は望めないことはない。なのに子供一人作ろうとしないのだ。
 女は子供を産んで初めて価値がでるという考えを持っていた幸にとって、彼女は女としてどこか欠陥していると思う。仕事などいつでも出来るだろうに。女は子供を産むリミットがあるのだ。若いうちはソレが理解できないのだろう。
 祥吾の部屋の前にたった春川は、その部屋に向かって声をかける。
「祥吾さん。そろそろ行ってきます。」
「あぁ。春か。ちょっと入りなさい。」
 そう言われて彼女はその部屋のドアを開ける。煙草の匂いのする部屋に、祥吾は机に向かってペンを走らせている。
「はい。」
「今日は夜が遅くなるそうだね。」
「はい。ホストクラブというものを見に行ってきます。」
「……。」
 ホストクラブへは行ったことはない。だが情報として、あまりいい印象はない。彼女がそういったものにはまるとは思えないが、男を武器にして金を稼ぐような輩の所へは正直あまりいかせたくはなかった。それはAV男優をしているという桂に通じるものがあったから。
「今日は遅くなってもいい。ここに帰ってきなさい。」
「どうしてですか?」
 ホストクラブで見たこと、感じたことを文章にしたいと思っていた彼女にとってソレはどうしてだという疑問視か浮かばない。
「ここでも出来るはずだ。あの仕事場でしないといけないことはないだろう。」
「……ほとんどのデータがあっちにいっているので、出来ればそうしたいと思っていたのですが。」
 データを持ち運ぶのは面倒だし、読み込ませるのも面倒だ。
「春。私は妻の心配を一応しているのだけどね。」
 その言葉に彼女はやっと彼の心情をくみ取った。
「何もありませんよ。仕事をそのあとするのであればお酒も飲めませんし、何もありませんよ。ホストたちの仕事を見るだけです。」
「君のことだから、何もないとは思う。だが心配なのだよ。夫としてね。」
 いすをくるりと回し、彼は初めて彼女を見る。
「せめて指輪をして行きなさい。」
「……わかりました。」
 いすから立ち上がる。そして彼女に近づいてきた。そしてその頬に手が触れてきた。無骨な手だった。そして彼は屈んで彼女の顔に顔を近づけようとしてきた。
 その時外から幸の声がした。
「旦那様。担当者の方が見えましたよ。」
「少し待たせてくれ。」
 そのままそう答えると、彼は彼女の唇に唇を重ねた。ふっと軽く触れて、彼は少し微笑んだ。
「行ってきなさい。」
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