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姉
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結局英子は波子の役を降りてしまった。主役に近いヒロインの役であるのに、彼女のシーンだけがぜんぜん進まなかったのだ。牧原も映画を作るのであれば妥協はしたくなかったし、厳しいことを言うこともあったが、どうしても彼女はそれを理解できない。
最終的に聞くに絶えない捨て台詞を吐いて、スタジオを出て行ってしまったのだ。
お陰で映画の撮影はストップし、スタジオに併設してある会議室で主要キャストとスタッフが集まっていた。
「今更波子の役を変えるなんてねぇ。」
「でも誰か勤まる人います?脱いでも良い若い女なんて、それこそAV女優くらいしかいなくないですか。」
「AVを撮る気はないよ。」
牧原はそう言って煙草を消した。その様子を桂は黙ってみていた。最悪、お蔵入りになるかもしれない。それだけは避けたかった。
「そう言えば、原作者の春川さんは何て言ってるんですか?」
すると牧原は、頭をかいて彼らに言う。
「何も言っていない。自分の手を放れた作品は、もう自分のモノではないスタンスを貫いている。」
「卑怯ですよ。」
「肝心なときに出てこないし、本当に原作者っていうことであぐらをかいている人だな。」
その言葉に桂がくってかかりたかった。だが彼は、牧原の様子を見る。すると彼はそんな声とは無縁そうに、携帯電話を取り出した。
「うん。今どこだ?……そうか、それは身動きがとれないな。え?あぁ。そのことでみんなと話をしている。あんたの意見を聞きたい。」
電話の内容からして春川からだろう。スタッフたちはしんとしてその様子を聞き入っていた。桂だけが手に汗をかいてそれを見守っている。
「あぁ。それで良いのか?わかった。俺から話してみよう。あんたの推薦だったら、その子も受けるかもしれない。実際話してみるか?」
笑いが起きるほどの穏やかな会話だった。そして彼は電話を切る。
「実はな。春川さんは実際この現場で撮影を見ている。」
その言葉にスタッフがざわついた。
「どこにいたんだ。」
「黙ってみてるなんて……。」
「挨拶一つしないなんて、本当に非常識な人だ。」
挨拶はしなかったが、差し入れの一つは持ってきただろうにと桂は呆れていた。
「それでこの状況はだいたい予想がついていたそうだ。波子の役はきっと降りるだろうとね。それでもし降りたら、花の役である片桐愛美を持ってきたらどうだろうかとね。」
「まさか!あの子がそんな役……。」
そのときポンと桂の携帯電話が鳴った。
「すいません。」
そして彼は謝ると、メッセージを見る。相手は春川だった。
「……動画?」
それを再生してみて、彼は顔色が変わった。
「どうした?桂。」
「コレ見てくださいよ。」
桂は立ち上がり、牧原に携帯を差し出す。するとそこには波子役をしていた愛美の姿があった。くるくると表情が変わり、そこには天真爛漫な波子がいた。
そして別の動画では、恋をした波子の姿がある。譲二を忘れるために、逃げるように恋をした醜い恋の形を作った波子。
「……こりゃ……。」
そのころ春川は携帯電話を手にして、少し笑っていた。
自分の作品が映画になろうとドラマになろうとどうでもいい。だけど粗末にはされたくない。
片隅にある演技のレッスンスタジオ。そこに愛美は足繁く通っていた。英子の様子を見て、きっと波子の役を降りるだろうとおおかた予想を付けていた愛美は、ここに来て波子の演技を勉強していたのだ。
もちろん即戦力になるために。
したたかな女。春川はそう思いながら、そのスタジオを後にした。そして地下の駐車場にやってくる。すると彼女の後を追って、一人の男が彼女に近づいた。
「春川さん。……イヤ。今は名前変えたんだっけな。」
それは充だった。
「秋野。春川さんの名前が大きくなってきたので、改名して欲しいといわれたんです。」
「あんたの方が改名したのか?引き下がるねぇ。」
「名前を変えたところで何もないでしょう?」
「いっそ、同一人物だって正直に言った方があんたも楽になれるんじゃねぇの?」
その言葉に彼女はふっと笑う。
「春川さんに失礼でしょう?」
「あくまで違うって言い張るんだ。」
「違いますから。」
「ま、いいや。今日はそれが目的出来た訳じゃねぇし。」
「何ですか?」
「……俺も連れてってくれねぇか?」
「どこに?」
「次の現場。」
「AVの撮影現場ですけど。」
「知り合いがでてんだよ。久しぶりに見てやるかって思ったけど、車のタイヤがパンクしてな。今修理に出してんだよ。」
「大変ですね。では。私は失礼します。」
そう言って彼女は車に乗り込もうとした。
「おい。おい。連れて行かねぇのかよ。」
「そもそもそんな繋がりありましたっけ?」
「冷てぇな。」
「人のスキャンダルを撮ろうって人に親切にする人がどこにいますか。バカじゃないの?」
すると彼は頭をかいて、彼女にいう。
「わかったよ。礼ならするから。」
「いりません。さようなら。」
「春川。」
「秋野です。」
「どっちでもいいや。実は嵐さんがさ、俺がついてた方がいいんじゃねぇかって言ってたんだ。」
嵐の名前に彼女の手が止まる。そして彼を見上げた。
「何で?」
「たぶん、今日SMだからじゃねぇの?」
「縛ったり、殴ったりしようっていうの?それなら行かないわ。スカトロにも興味がないし。」
「ノーマルなもんばっかみても仕方ねぇだろ?人それぞれの趣味があるんだしさ。」
しかし嵐とは約束をしているし、一度仕事を断ったこともある。スカトロだから、SMだからといって行くのを断ると後々よくないだろう。
それに桂とセックスをする度に自分が淫らになる。彼に言わせればMの素質があるらしい。そして彼もSの素質がある。
「何ぼんやりしてんだよ。」
「うるさいな。」
「良いから連れて行ってくれよ。」
半ば無理矢理、充は車に乗り込んだ。彼女はため息をついて運転席に乗り込む。そして今日のスタジオの場所を確認した。
最終的に聞くに絶えない捨て台詞を吐いて、スタジオを出て行ってしまったのだ。
お陰で映画の撮影はストップし、スタジオに併設してある会議室で主要キャストとスタッフが集まっていた。
「今更波子の役を変えるなんてねぇ。」
「でも誰か勤まる人います?脱いでも良い若い女なんて、それこそAV女優くらいしかいなくないですか。」
「AVを撮る気はないよ。」
牧原はそう言って煙草を消した。その様子を桂は黙ってみていた。最悪、お蔵入りになるかもしれない。それだけは避けたかった。
「そう言えば、原作者の春川さんは何て言ってるんですか?」
すると牧原は、頭をかいて彼らに言う。
「何も言っていない。自分の手を放れた作品は、もう自分のモノではないスタンスを貫いている。」
「卑怯ですよ。」
「肝心なときに出てこないし、本当に原作者っていうことであぐらをかいている人だな。」
その言葉に桂がくってかかりたかった。だが彼は、牧原の様子を見る。すると彼はそんな声とは無縁そうに、携帯電話を取り出した。
「うん。今どこだ?……そうか、それは身動きがとれないな。え?あぁ。そのことでみんなと話をしている。あんたの意見を聞きたい。」
電話の内容からして春川からだろう。スタッフたちはしんとしてその様子を聞き入っていた。桂だけが手に汗をかいてそれを見守っている。
「あぁ。それで良いのか?わかった。俺から話してみよう。あんたの推薦だったら、その子も受けるかもしれない。実際話してみるか?」
笑いが起きるほどの穏やかな会話だった。そして彼は電話を切る。
「実はな。春川さんは実際この現場で撮影を見ている。」
その言葉にスタッフがざわついた。
「どこにいたんだ。」
「黙ってみてるなんて……。」
「挨拶一つしないなんて、本当に非常識な人だ。」
挨拶はしなかったが、差し入れの一つは持ってきただろうにと桂は呆れていた。
「それでこの状況はだいたい予想がついていたそうだ。波子の役はきっと降りるだろうとね。それでもし降りたら、花の役である片桐愛美を持ってきたらどうだろうかとね。」
「まさか!あの子がそんな役……。」
そのときポンと桂の携帯電話が鳴った。
「すいません。」
そして彼は謝ると、メッセージを見る。相手は春川だった。
「……動画?」
それを再生してみて、彼は顔色が変わった。
「どうした?桂。」
「コレ見てくださいよ。」
桂は立ち上がり、牧原に携帯を差し出す。するとそこには波子役をしていた愛美の姿があった。くるくると表情が変わり、そこには天真爛漫な波子がいた。
そして別の動画では、恋をした波子の姿がある。譲二を忘れるために、逃げるように恋をした醜い恋の形を作った波子。
「……こりゃ……。」
そのころ春川は携帯電話を手にして、少し笑っていた。
自分の作品が映画になろうとドラマになろうとどうでもいい。だけど粗末にはされたくない。
片隅にある演技のレッスンスタジオ。そこに愛美は足繁く通っていた。英子の様子を見て、きっと波子の役を降りるだろうとおおかた予想を付けていた愛美は、ここに来て波子の演技を勉強していたのだ。
もちろん即戦力になるために。
したたかな女。春川はそう思いながら、そのスタジオを後にした。そして地下の駐車場にやってくる。すると彼女の後を追って、一人の男が彼女に近づいた。
「春川さん。……イヤ。今は名前変えたんだっけな。」
それは充だった。
「秋野。春川さんの名前が大きくなってきたので、改名して欲しいといわれたんです。」
「あんたの方が改名したのか?引き下がるねぇ。」
「名前を変えたところで何もないでしょう?」
「いっそ、同一人物だって正直に言った方があんたも楽になれるんじゃねぇの?」
その言葉に彼女はふっと笑う。
「春川さんに失礼でしょう?」
「あくまで違うって言い張るんだ。」
「違いますから。」
「ま、いいや。今日はそれが目的出来た訳じゃねぇし。」
「何ですか?」
「……俺も連れてってくれねぇか?」
「どこに?」
「次の現場。」
「AVの撮影現場ですけど。」
「知り合いがでてんだよ。久しぶりに見てやるかって思ったけど、車のタイヤがパンクしてな。今修理に出してんだよ。」
「大変ですね。では。私は失礼します。」
そう言って彼女は車に乗り込もうとした。
「おい。おい。連れて行かねぇのかよ。」
「そもそもそんな繋がりありましたっけ?」
「冷てぇな。」
「人のスキャンダルを撮ろうって人に親切にする人がどこにいますか。バカじゃないの?」
すると彼は頭をかいて、彼女にいう。
「わかったよ。礼ならするから。」
「いりません。さようなら。」
「春川。」
「秋野です。」
「どっちでもいいや。実は嵐さんがさ、俺がついてた方がいいんじゃねぇかって言ってたんだ。」
嵐の名前に彼女の手が止まる。そして彼を見上げた。
「何で?」
「たぶん、今日SMだからじゃねぇの?」
「縛ったり、殴ったりしようっていうの?それなら行かないわ。スカトロにも興味がないし。」
「ノーマルなもんばっかみても仕方ねぇだろ?人それぞれの趣味があるんだしさ。」
しかし嵐とは約束をしているし、一度仕事を断ったこともある。スカトロだから、SMだからといって行くのを断ると後々よくないだろう。
それに桂とセックスをする度に自分が淫らになる。彼に言わせればMの素質があるらしい。そして彼もSの素質がある。
「何ぼんやりしてんだよ。」
「うるさいな。」
「良いから連れて行ってくれよ。」
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