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対面
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目を覚ますとまだ周りは暗かった。徐々にだが夜明けは遅くなっている。寝ぼけ眼だったが、桂はすぐに目を覚まして体を起こす。春川がいなかったのだ。
「春?」
声をあげて彼女を呼ぶ。すると春川は下着だけ身につけていて、リビングから出てきた。
「今日の仕事、何時から?」
「春。急にいなくならないでくれ。びっくりする。」
すると彼女はベッドに腰掛けて、彼の唇にキスをした。
「お風呂に入りたかったから、今沸かしてる。」
「そっか。だったら一緒にはいるか?」
「え?」
「恥ずかしいか?」
「あなたのことだから、お風呂の中でもしたいとか言い出しかねないなって思って。」
「よくわかってるな。」
そう言って彼は彼女の頭をなでた。
「今日はAVの撮影無いの?」
「今日はないな。映画の撮影と、インタビューかな。」
「そう。」
「春。風呂場が悪かったら、ここでしていい?」
「本当、元気ね。」
「まだ朝立ち来るし。」
「だったらせめてお風呂に入ってからにして。」
「じゃあ、風呂場だな。コンドーム持って行くか。」
「やだ。やる気満々で。」
「だったら、生で良いのか?」
耳元で囁く声に彼女は少し黙ってしまった。
「ゴム持って行って。」
「生の方が気持ちいいのにな。あんただってそうだろ?」
「良いから。持って行って。」
ベッドから彼女は立ち上がると、部屋を出ていった。そしてその後を彼がついて行く。
着替えは仕事場に持って行っているが、洗濯機はない。昨日来ていたモノを手にして、春川は家に帰ってきた。
まだ幸さんが来る時間ではないので、洗濯機に夕べ祥吾が来ていたモノやタオルなどを一緒に洗濯機に入れる。そしてその間に、食事の用意をしようと台所へ行く。玄関に夕べみた可愛らしいパンプスはなかった。おそらく春川が帰ってくる前に、女は帰っていったのだろう。まぁいてもいなくても同じだ。台所からでは誰が来て、誰が帰ったかなどわからないのだから。
「春。」
米を研ぎ終わり炊飯器の中に入れたとき、祥吾の声がした。
「おはようございます。」
「あぁ。おはよう。いつ帰ったのかな。」
「朝方です。すいません。昨日警察署の方へ行って、そのまままた仕事場で仕事をしてました。」
「寝てないの?」
「少しは寝たと思います。少し意識がないときもありましたし。」
「無理をしないで。」
シャツの袖をめくり、彼女は里芋の皮を剥き始める。そのとき後ろから見た彼女の手に違和感を感じた。
「君。」
「どうしました?」
「指輪をどうしたの?」
左手の薬指にしていた指輪。お風呂にはいるときも、何をするときもはずしたことはなかったのに、今日はそれがなかったのだ。
「あぁ。ちょっと仕事場でとったんです。」
「仕事場で?」
「軽率でしたね。だからあんな勘違いをさせてしまった。」
そうだった。彼女の元に訪れた担当者が自殺をしてしまったのだ。そのことで彼女は夕べ警察署へ行った。彼女にとっては苦しい場所だったに違いない。だが彼女は気丈だ。しっかりといつもの時間に、食事の用意をしている。
「側にいてやれなくて悪かったね。」
わずかにため息をつく。そんなことを祥吾に期待していないのだ。
「いいえ。大丈夫です。無理を言えませんよ。お仕事がありますし。」
「仕事をしているのはお互い様だ。私は結局君の夫にはなり切れていないよ。」
「祥吾さん。朝からそんな話はやめましょう。私、食事が終わりましたら洗濯物を干してまた出かけますから。」
里芋のぬめりを取るのに、ざるの中で水洗いをする。そして出汁のはった鍋の中に入れる。
やがて厳しい冬がやってきた。ジャンパーに身を包み、春川は町をでる。
春川の新刊である「花雨」は評判が良く、ハードカバーだけではなく文庫本でも出さないかとか、映画にさせてくれないかとか、そのような話がちらちらと出てきている。
有名になればなるほど、彼女は身動きがとれなくなる。前のように自由に出版社に出入りすれば、あの人が春川なのではないかと噂を立てられる。
「せめてライターの方で偽名を使ってくださいよ。」
北川はそう言って、彼女に勧めた。
「春川も偽名ですよ。偽名はかまいませんけど、何にしますかねぇ。」
「だったら夏川とか。」
「夏って安易ですよねぇ。だったらせめて秋で。」
「枯れてますよ。秋じゃ。せめて実りがあるとか。」
「うーん。」
左手を顎に置いた春川を見て、北川はため息をつく。彼女のその左手の薬指にもう指輪がないのだ。いつもしていた指輪なのに、結婚指輪だろうに、どうしてもうしなくなったのだろうか。
理由は何となくわかる。桂の存在がそうさせたのだろう。
「秋川。」
「まぁ。何でも良いですよ。」
あきれたように、北川は資料を取り出した。
「そう言えば、今度AVの現場をまた見に行くんですか?」
「えぇ。いつも同じ人を見てても仕方ないんじゃないのかって嵐さんが言ってくれたんです。」
「桂さんを見るの辛いんですか?」
「別にそうじゃないんですよ。ただAV男優っていろんなタイプがいるから、どんな人たちがいるのかって見てみたいと思っただけですよ。」
「達哉のは?」
「あぁ、北川さんも見たいですか?」
「やだ。ほかの女とセックスしてるのなんか見て、なにが面白いのよ。」
その言葉に春川は少し笑った。本当に達哉に惚れているんだろうなと。
「よく平気ですよね。」
「何が?」
「だから、ほかの女とセックスしてるのを見て、よく平気だなって。」
「……どの相手でも他の女とセックスしているからじゃないですか?」
「えっ?」
旦那だと言っている祥吾も、体の関係にある桂も。二人とも形が違っても他の女とセックスをしているのだ。それは平気なんじゃない。きっと彼女が麻痺しているのだ。
「春?」
声をあげて彼女を呼ぶ。すると春川は下着だけ身につけていて、リビングから出てきた。
「今日の仕事、何時から?」
「春。急にいなくならないでくれ。びっくりする。」
すると彼女はベッドに腰掛けて、彼の唇にキスをした。
「お風呂に入りたかったから、今沸かしてる。」
「そっか。だったら一緒にはいるか?」
「え?」
「恥ずかしいか?」
「あなたのことだから、お風呂の中でもしたいとか言い出しかねないなって思って。」
「よくわかってるな。」
そう言って彼は彼女の頭をなでた。
「今日はAVの撮影無いの?」
「今日はないな。映画の撮影と、インタビューかな。」
「そう。」
「春。風呂場が悪かったら、ここでしていい?」
「本当、元気ね。」
「まだ朝立ち来るし。」
「だったらせめてお風呂に入ってからにして。」
「じゃあ、風呂場だな。コンドーム持って行くか。」
「やだ。やる気満々で。」
「だったら、生で良いのか?」
耳元で囁く声に彼女は少し黙ってしまった。
「ゴム持って行って。」
「生の方が気持ちいいのにな。あんただってそうだろ?」
「良いから。持って行って。」
ベッドから彼女は立ち上がると、部屋を出ていった。そしてその後を彼がついて行く。
着替えは仕事場に持って行っているが、洗濯機はない。昨日来ていたモノを手にして、春川は家に帰ってきた。
まだ幸さんが来る時間ではないので、洗濯機に夕べ祥吾が来ていたモノやタオルなどを一緒に洗濯機に入れる。そしてその間に、食事の用意をしようと台所へ行く。玄関に夕べみた可愛らしいパンプスはなかった。おそらく春川が帰ってくる前に、女は帰っていったのだろう。まぁいてもいなくても同じだ。台所からでは誰が来て、誰が帰ったかなどわからないのだから。
「春。」
米を研ぎ終わり炊飯器の中に入れたとき、祥吾の声がした。
「おはようございます。」
「あぁ。おはよう。いつ帰ったのかな。」
「朝方です。すいません。昨日警察署の方へ行って、そのまままた仕事場で仕事をしてました。」
「寝てないの?」
「少しは寝たと思います。少し意識がないときもありましたし。」
「無理をしないで。」
シャツの袖をめくり、彼女は里芋の皮を剥き始める。そのとき後ろから見た彼女の手に違和感を感じた。
「君。」
「どうしました?」
「指輪をどうしたの?」
左手の薬指にしていた指輪。お風呂にはいるときも、何をするときもはずしたことはなかったのに、今日はそれがなかったのだ。
「あぁ。ちょっと仕事場でとったんです。」
「仕事場で?」
「軽率でしたね。だからあんな勘違いをさせてしまった。」
そうだった。彼女の元に訪れた担当者が自殺をしてしまったのだ。そのことで彼女は夕べ警察署へ行った。彼女にとっては苦しい場所だったに違いない。だが彼女は気丈だ。しっかりといつもの時間に、食事の用意をしている。
「側にいてやれなくて悪かったね。」
わずかにため息をつく。そんなことを祥吾に期待していないのだ。
「いいえ。大丈夫です。無理を言えませんよ。お仕事がありますし。」
「仕事をしているのはお互い様だ。私は結局君の夫にはなり切れていないよ。」
「祥吾さん。朝からそんな話はやめましょう。私、食事が終わりましたら洗濯物を干してまた出かけますから。」
里芋のぬめりを取るのに、ざるの中で水洗いをする。そして出汁のはった鍋の中に入れる。
やがて厳しい冬がやってきた。ジャンパーに身を包み、春川は町をでる。
春川の新刊である「花雨」は評判が良く、ハードカバーだけではなく文庫本でも出さないかとか、映画にさせてくれないかとか、そのような話がちらちらと出てきている。
有名になればなるほど、彼女は身動きがとれなくなる。前のように自由に出版社に出入りすれば、あの人が春川なのではないかと噂を立てられる。
「せめてライターの方で偽名を使ってくださいよ。」
北川はそう言って、彼女に勧めた。
「春川も偽名ですよ。偽名はかまいませんけど、何にしますかねぇ。」
「だったら夏川とか。」
「夏って安易ですよねぇ。だったらせめて秋で。」
「枯れてますよ。秋じゃ。せめて実りがあるとか。」
「うーん。」
左手を顎に置いた春川を見て、北川はため息をつく。彼女のその左手の薬指にもう指輪がないのだ。いつもしていた指輪なのに、結婚指輪だろうに、どうしてもうしなくなったのだろうか。
理由は何となくわかる。桂の存在がそうさせたのだろう。
「秋川。」
「まぁ。何でも良いですよ。」
あきれたように、北川は資料を取り出した。
「そう言えば、今度AVの現場をまた見に行くんですか?」
「えぇ。いつも同じ人を見てても仕方ないんじゃないのかって嵐さんが言ってくれたんです。」
「桂さんを見るの辛いんですか?」
「別にそうじゃないんですよ。ただAV男優っていろんなタイプがいるから、どんな人たちがいるのかって見てみたいと思っただけですよ。」
「達哉のは?」
「あぁ、北川さんも見たいですか?」
「やだ。ほかの女とセックスしてるのなんか見て、なにが面白いのよ。」
その言葉に春川は少し笑った。本当に達哉に惚れているんだろうなと。
「よく平気ですよね。」
「何が?」
「だから、ほかの女とセックスしてるのを見て、よく平気だなって。」
「……どの相手でも他の女とセックスしているからじゃないですか?」
「えっ?」
旦那だと言っている祥吾も、体の関係にある桂も。二人とも形が違っても他の女とセックスをしているのだ。それは平気なんじゃない。きっと彼女が麻痺しているのだ。
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