セックスの価値

神崎

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 ふっと目を開ける。やばい。寝てたらしい。合い鍵を持っていたから部屋にはいるのは特に問題はなかったが、肝心の春川は仕事モードに入っていて桂がやってきても目を上げもしなかったのだ。
 彼はいつか気が付くだろうと向かいのソファに座ると、仕事をしていた彼女を見ていたのだがそのうち眠っていたらしい。
 肝心の彼女は眠っていた彼に気が付いていなかったのか、寝る前と同じ体勢だった。ずっと仕事をしていたのだろうか。いいや違う。彼の肩には毛布が掛けられていた。それは彼女がかけてくれたのだろう。
「ルー。」
 声をかけると、彼女はぐっと背伸びをした。
「やっと終わった。あー進んだー。」
 春川はそういって微笑んだ。
「あ、起きた?」
「ずっと仕事?」
「うん。そうね。修正があったから。でもコレで納品する。でも次があるし……。」
 次々と締め切りがやってくる。仕事があるのは嬉しいことだが、正直疲れる。それに浜崎のように勘違いする人も多い。それを振り払うのは結構面倒だ。担当を次々に変えられると、めんどくさい作家のレッテルを貼られるし、かといって担当の言うことをはいはいと聞く気もない。
「撮影は今日もあったの?」
「うん。まぁ、映画が終わっていったからこの時間になった。今日は企画ものだったから楽だったな。」
「あぁ。レイプとか、野外セックスみたいなヤツ?」
「まぁな。人妻のナンパものだったけど。」
「ふーん。人妻ね。私も人妻だけど。」
「あんたはいずれ俺のものになるから。」
「相変わらず、自信たっぷりよね。でも期待してる。」
「そう?」
 前ならやってみればいいと笑い飛ばしたかもしれない。だがその気持ちは確実に変わった。彼女は彼とこうした時間が好きだと思う。セックスをしなくても抱き合えるだけでもいい。それは昔、祥吾がいった言葉だった。
「体の繋がりだけじゃないよ。春。心で通じていればそれでいい。」
 彼は確かにそういって、彼女に手を出さなくなった。だがこの間彼は彼女を求めた。しかも以前の彼じゃない。優しく、まるで桂としているようにさえ感じた。
「どうしたの?ぼんやりして。」
 彼には正直でありたい。だから彼女は隠さないで彼に言う。パソコンの画面を保存すると、それをシャットダウンした。
「……啓治。この間ね……。」
 セックスレスではなくなった。だが彼はそれ以来求めては来ない。だが若い編集者とは相変わらず逢瀬を重ねているようだという。
 すると彼は髪をくしゃくしゃとかいた。
「そっか。」
 彼女と会える場所はある。だが彼女も彼も忙しすぎた。こうして会うことはほぼほぼ無い。
「……正直に言いたかったから。」
「お前は人妻だから、旦那とセックスする方が自然なんだろうな。だが、正直歯がゆい。」
「……でも私、最低なことをしたわ。」
「何をしたの?」
「口先だけの「愛してる」を言った。祥吾さんの目を見ることはなかった。だけど彼は信じたのよ。」
 すると彼は少し笑う。
「何?何で笑うの?」
「俺はいつでも嘘で「愛してる」って言ってる。でも本気で思ってんのはあんただけだから。」
 その言葉に彼女は少し笑った。
「本当、口が上手いわね。信じるところだったわ。」
「信じてよ。」
「そうだったわね。」
「あんたはどう思ってる?」
「あのさ……今更言わせるの?」
 彼女は眼鏡を外して、彼を見据える。
「言って。」
「たまに子供っぽいわよね。わかったわ。あなたのこと大好きよ。」
 すると彼は席を立ち、彼女の隣に座る。そして手を重ねて眼鏡をテーブルに置いた。
「もっと言って。」
「まだ言うの?」
「何度でも聞きたい。俺も好きだから。」
 顔を赤くさせている。その頬を撫でて、彼は彼女を見下ろす。
「愛してるわ。啓治。」
「もっと。」
 羞恥心と、言葉でもう顔が赤くなっている。彼女は目を逸らしたかったが、彼はそれを許さない。
「好き。だめ。もう恥ずかしすぎるから。」
 息を付いたように彼女は笑うと、彼は彼女の唇にキスをする。唇を割り、舌を絡ませた。彼はそのまま彼女の首に手を添えて、倒れ込みそうな彼女を支える。彼も倒れ込まないようにと彼の体に手を伸ばした。
「仕事終わってる?」
 唇を離すと、彼は耳元で聞いた。すると彼女は少し笑う。
「人の寝息ってとても落ち着くわ。すごく仕事がはかどるの。」
「だったらずっと一緒にいれればいいな。」
 すると彼女は彼に倒れ込むように、胸に顔を埋めた。
「啓治。お願い。今日してくれる?」
「どうしたんだ。あんたから求めてくるなんて。」
「忘れないように、深く、あなたを感じたいから。」
 祥吾とセックスをするのが自然だろうに、彼女はそれを求めていなかったのだ。なのに体は悲しいくらい感じ彼女は祥吾とのセックスの後、啓治に連絡をした。だが彼は連絡が付かなかった。
 後から聞けば、撮影があったらしい。
「ルー……。ううん。春。」
「何?」
「朝までいてもいいのか?」
「朝に帰ると言ってるから。」
 すると彼は彼女を抱き抱えると、ベッドルームへ向かった。広めのベッドを選択したのは、彼が来てくれるかも知れないと言う期待から。
「春。やっぱり春と呼びたい。」
「……良いよ。あなたの呼びたいようで。」
「あいつがそう呼んでいるから辞めて欲しいと言ったが、俺もお前の本名を呼びたい。春。好きだ。」
 唇を重なる前、彼女はそっと口走る。
「啓治、好きよ。大好きよ。」
 手が触れそれが互いに握り合い、彼女はその温もりを感じた。パーカーとシャツを脱がされて、下着一枚になる。それも外されると上半身は何も覆うものがない。
「春。俺も脱がせて。」
 彼のジャケットとシャツを脱がせる。そして彼の上半身も一糸まとわぬ姿になった。
 お互いに服を脱がせ合い、裸になると桂は春川を抱き寄せる。
「人は温かいな。」
「そうね。」
 彼女は幸せそうにその胸に顔を埋める。しかし彼はそんな彼女を見て、つっと背中に指をはわせた。
「やだ。気持ち悪い。」
 思わず体を離してしまった。
「背中もいいのか?」
「もうっ。啓治ったら。」
 彼女は逃げるようにベッドの布団の中に潜り込む。それを追うように彼もその中に入っていく。
「逃げないで。」
「やだ。」
 そう言いながら背中を向ける。彼はその背中に手を触れて、指でなぞった。
「んっ……。」
 唇が這い、そして首もとに舌が這う。彼女は振り返ると、再び彼の唇にキスをする。
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