セックスの価値

神崎

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対面

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 南の島から戻ってきた桂は、その足で映画の現場の方へ向かった。控え室に入った彼は、正直体がきついと思う。体力には自信があるが何度も求める外国人の女性を相手にして、そのあと映画の撮影、そのあとは対談。おそらくこの対談が一番疲れるだろう。
 なんせ対談の相手は、冬山祥吾だ。その場に春川がいるとは思えないが、もしかしたらということもある。そのとき彼はどんな反応をすればいいのだろう。そして祥吾に何を言えばいいのだろう。
 そう思いながら彼は衣装に着替えて、メイク室へ向かった。

 そして夕方五時。食事の用意をすませた幸さんは帰って行く。春川もそのころには帰ってきていて、部屋で一人仕事をしていた。仕事場で出来る仕事だったが、今日はここにいなければいけないのだ。
 そのとき玄関のチャイムが鳴った。ドキリとする。桂かもしれない。そう思ったのだ。
 しかし玄関にいたのは、小包を持った配達員だった。
「お届け物です。」
「ありがとうございます。」
 サインをすると、彼は一礼して出て行った。宛先は祥吾宛。おそらく新刊のサンプル本かもしれない。彼女のものは、仕事場に送って欲しいともう言ってあるのだから。そのとき玄関のチャイムが再び鳴る。
「はい。」
 小包を手にドアを開けると、有川の姿があった。
「春さん。今日はお世話になります。」
 有川の後ろには、大きな荷物を抱えた男性と少し疲れたような表情の桂がいた。久しぶりに会う桂は、少し痩せたようにも見える。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
 そう言って三人は家に上がっていく。桂は少し彼女の方を見ると、少し微笑んだ。
「お久しぶりです。」
「その節はお世話になりました。」
 彼らは挨拶だけをすると、部屋に上がっていく。
 それにしても立派な家だ。日本家屋で、玄関に添えられている花や絵もおそらくレプリカなどではない。縁側をわたるときに見えた庭も立派に見えた。おそらく手入れを欠かさないのだろう。
 通されたのは居間だと思う。テレビなんかもあり、この日本家屋には少し合わないと思っていた。
「先生をお呼びしますので、少しお待ちください。」
「あぁ……カメラのセットをしていいですか。」
 男性がそう言うと、春川は笑顔でどうぞといって部屋を出た。
「桂さん。春さんとお知り合いでしたか?」
「えぇ。少し前に。」
「そう言えば風俗ライターをしているといってました。その関係で会われたのですね。」
 有川はそう言って、納得した。
 しばらくすると、髪をきちんとセットして着流しを着た祥吾が春川と共にやってきた。優しそうな微笑みを絶やさない男で、やたら細身だと思う。
「お待たせいたしました。」
 彼は上座に座ると、有川の方をみる。
「お茶をお持ちいたします。」
 春川はそう言って台所へ向かった。
「お久しぶりです。」
「あぁ。そうでしたね。あのときは少しだけしか話せませんでしたが。よく見ると男前ですね。AV男優というのはそう言うタイプが多いのですか。」
「人それぞれだと思いますよ。俺のよりも背が高い人もいるし、小さい人も、太った人も、もっとがっちりした人もいます。」
「人それぞれ、タイプのそれぞれというわけですね。なるほど。桂さん。と呼べばいいですか。」
「はい。あなたのことはどう呼べば?」
「どうとでも。あぁ。ただ先生とは呼ばないでいただきたいのですが。」
「どうして?」
「そのような立場ではありませんからな。私はただの物書きですよ。」
 春川がお茶を運んできてくれた。最初に祥吾に、桂に、有川とカメラマンに置くと、彼女は台所に戻っていった。幸さんに食事の用意をしなくていいと言っていたので、彼女がすることにしたのだ。
「最初に写真を撮っていいですか?」
「えぇ。あぁ。久しぶりだな。写真を撮られるのも。」
「そうですよ。先生。最近は先生の死亡説まで出るくらい、メディアに出ませんもの。たまには出て欲しいわ。」
「有川さんにはかなわないな。」
 祥吾はそう言って笑った。
 こうしてみてみると穏やかな人だ。春川の様子を見ると、とても横暴で、亭主関白な人なのだろうと思っていたがそうではないように見える。
「おいくつですか?」
「あぁ。今年五十です。もう老人と言ってもいい歳ですね。桂さんはいくつになりますか。」
「四十五です。」
「若々しいように見えますが、結構歳ですね。」
 穏やかに対談は進んでいく。それを聞きながら、彼女は料理を進めていった。

「楽しい時間でした。桂さん。」
 祥吾は機嫌良く彼を送るように、玄関先までやってきた。
「いいえ。俺も楽しかったです。」
「今度「薔薇」を観に、映画館まで足を運びましょう。外出も久しぶりですから。」
「本当。先生はほとんど外出しませんもの。私がついて行きますね。」
「頼んだよ。」
 祥吾と春川はそう言って三人を送り出した。出て行く三人に、彼女はため息を付く。再会したのに、もう会えなくなる。そんな関係なのだ。
「春。」
 急に祥吾に声をかけられた。驚いて彼女は彼を見上げる。
「どうしました?」
「いい男だね。桂という男は。」
「そうですか?」
「年齢の割に若々しい。そして……真面目な男だ。フフ。君は聞こえていたかな。」
「さぁ。何をおっしゃっていましたか?」
「私の小説の「蓮の花」を読んだそうだが、不倫がテーマだった。不倫はどう思うかと聞いたのだよ。」
 その言葉に彼女はドキリとした。
「なんと答えたのですか?」
「不貞をするのは不貞に転ぶ妻だけの責任ではなく、妻を管理できない夫にも責任があるのではないかとね。」
「……まぁ。そんなことを?」
「……私は管理を出来ているかな。」
 彼女は少し黙り込み、そして彼を見上げる。
「出来てますよ。私たちは体の繋がりはなくとも、心で繋がっていますから。」
 その言葉に彼は彼女の肩を抱く。
「春。部屋に来なさい。」
「食事が……。」
「あとででいい。心だけとは思って欲しくないのだよ。」
 そのとき玄関のチャイムが鳴った。もうすでに暗くなり始めているときだ。何の来客かと、祥吾は訝しげな表情になる。
「はい。」
 肩に置かれた手を外すと、彼女は玄関ドアを開けた。そこには有川の姿があった。
「すいません。忘れ物があったようです。」
「あぁ。そうでしたか。どうぞ。お取りになってください。」
 忘れ物なら、取ってきて渡せばいい。だが彼女は有川を部屋に入れた。それだけ祥吾を拒否しているのかもしれない。
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