セックスの価値

神崎

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もう一つの恋

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 やはり、と言うか、映画の現場の制作の記者会見で、桂だけが浮いていた。重要なポジションの役どころではあるが、なんせAV男優が起用されたというのは、異質だったのかもしれない。記者の中には「どうして彼を起用したんだ」「彼でなくても出来る人はいるだろう」と言う意見もちらちらと出ている。
 桂はそんな声に一つ一つ答えていた。演じるのは嫌いじゃない。役のことだからと、起用してくれた牧原にもスポンサーにも、何より一緒に演じるキャストにも感謝の言葉を発した。
 記者たちが集まる横で、春川の姿があった。彼女は少し微笑んで、北川の隣にいる。
「役によっては人気が出ますね。」
「どう撮るのでしょうか。面白いことになりそう。」
 彼女は少し笑い、彼を見ていた。その横顔は、あのマンションの中にいた彼女とは別人だと思う。完全に取材モードになっていた。
 好きな人すらも取材対象になるのだ。
「……波子の役もなかなか思いきったキャストにしましたね。」
 元子役で小さい頃はCMなどでよく見ていた長峰英子。それが波子の役だった。全裸にならないといけない、濡れ場がふんだんに入った映画はきっと子役の殻を破りたいからだろうと記者は噂を立てる。
「原作は春川さんが二年前に執筆した「薔薇」ですが、その肝心の春川さんはここに見えていないのですか。」
 記者の質問に、北川に注目が集まる。すると彼女はマイクを受け取り言った。
「春川さんは現在違う作品を執筆していますので、こちらに来られません。」
「顔の無い作者だ。」
「こんな場にも出てこないなんて、お高く止まってるものですね。」
「今だけですよ。」
 そういって噂だけをかき立てられる記者に、桂の拳がぎゅっと握られた。しかし肝心の春川は、それを冷静に聞いているだけだった。

 記者会見が終わると、桂は窮屈なクラバットをはずした。そして控え室へ向かう。
「桂さん。」
 声をかけたのは、出演者の一人である相川秀一だった。もう六十は越しているのに、生き生きとした生命力を感じる人だと思う。しかし大御所と言われるようになったのは、つい最近だった。それまでは端役であったり、悪役ばかりしていたからだ。
「相川さん。今回はお世話になります。」
「あぁ。よろしく。」
 じっと彼をみる。その視線が少し怖いと思った。
「どうしました?」
「いいや。懐かしいと思ってね。」
「ん?」
「いいや。俺も昔はポルノに出てたことがあるんだよ。大きな映画会社がね、それでしか食えない時期があってそれを演じたこともある。懐かしいものだ。」
 意外だった。こんな大御所だって昔は女の股に突っ込んでいたことがあるなんてことが。
「君、いくつなんだ。」
「四十五です。」
「案外歳を取っているんだね。まぁ、そういう仕事をしてればそうなるのかもしれないな。まぁ、病気に気をつけて頑張ってみて。」
「はい。ありがとうございます。」
 病気というのはおそらく性病のことだろう。そういえばそろそろ病院へ行く時期か。彼はため息を付いて、控え室へ戻っていった。

 そのころ春川は、その会場の近所にあるカフェで仕事をしていた。嵐には時期早々だという話をしたが、案だけでも欲しいといくつかのプロットを立てていたのだ。
「女が萌えるねぇ。」
 どんな姿が女が濡れるのだろう。彼女はパソコンを前にして、想像した。それは桂の姿を思い浮かべて首を横に振る。
「あー。もう。」
 思わず口に出してしまった。周りの人がこちらを見ている。恥ずかしそうに、彼女は耳にイヤホンをつけて仕事を始めた。そのとき店に北川が入ってくる。彼女も大きな荷物を持っていた。
「あ、お待たせしました。」
「いいえ。ちょっとプロットを考えてましたので、大丈夫です。」
「あ、コーヒーをください。」
 イケメンの店員に彼女は言うと、荷物から封筒を取り出した。
「一応これができあがった本の見本です。」
 封筒から本を取り出すと、彼女はにやっと笑った。
「いいですね。」
「これも映像化の話出てるんですよ。」
「そうなんですか?でも一つ出るだけで大変です。何で姿を現さないのかとか、そういう話ばっか。」
「それだけ関心があるんでしょうね。だから気をつけてくださいよ。」
「何が?」
「噂にですよ。冬山さんのこともですけど、桂さんのことは特に。」
「……会ってませんから、立てられようがないでしょ。」
「え?」
「あれから会ってません。」
 あのマンションで会ってからずっと会っていなかった。お互い忙しくて、何も出来ない。連絡すら取れない状況が続いていた。
「それでいいんですか?」
「いいんです。それを承知でつきあったんですから。それよりも意見聞かせてくださいよ。」
「何の?」
「北川さんって男性のどういう仕草で萌えます?」
「え?」
「あーいっそ、なんか女性の集まりみたいなので聞きたい。それもちょっとえぐいヤツ。」
「えぐいって……。」
 そういって彼女は笑った。確かに女性の集まりであれば、そういう話に花が咲くこともある。だがそういう話を、初めて会う人に話すだろうか。
「……だったら、ほら、あなたのつてを使えばいいんじゃないんですか?」
「私の?」
 驚いて春川は北川をみる。
「私もついて行くから、ほら、AV女優と飲み会でもしたら?」
「飲み会?私、飲めないんですけど。」
「じゃあ、あたしが飲むんで。行きましょうよ。で、ホストクラブ行きません?」
「まだその話続いてたんですか?」
 呆れたように彼女は聞く。だがそれはいいかもしれない。
「そういえば、なんか……。」
 仕事用の携帯電話を開く。その電話帳に、一人の女性の名前がある。それは真由という女性だった。一番最初に桂の現場を見に行ったときにした、ロリ系のAV女優。彼女がすごく気に入られて、後で電話番号を交換したのだ。
「連絡してみましょうか。」
「ホストクラブの件も言ってください。」
「あーはいはい。」
 そういって春川はその携帯から、電話を始めた。
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