セックスの価値

神崎

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人体改造の男

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 資料集めと行っても、いつも通りにすれば昼頃に出発しても帰れるのは夕方くらいになる。春川は車を家の駐車場に停めた。そして資料と荷物を手にして家に入ろうと、玄関ドアに手をかけた。
 そのとき玄関ドアが勝手に開いた。そこから出てきたのは、紺のパンツスーツに身を包んだ若い女性だった。おそらく彼女とあまり歳は変わらないだろうが、とても綺麗な人だと思う。
 茶色の髪。ばっちりと化粧された顔。だがその頬は、僅かに上気している。おそらく情事の後なのだろう。
「あら。他の会社の編集の方ですか?」
「いいえ。違います。私は先生の助手です。」
「あぁ。話は聞いてますのよ。いつもいらっしゃらないけれど、助手が有能だって先生が仰っていましたから。」
 すると彼女はバッグから名刺ケースを取り出す。
「有川里沙と言いますの。」
「春。です。」
「春?名字は?」
「……必要ですか?」
 その答えに有川の表情がいぶかしげに変わる。そのとき奥から、祥吾がやってきた。
「有川さん。忘れ物がある。」
 春川の姿を見て、彼は少し苦笑いをした。春川と、有川と会わせたくなかったのかもしれない。
「あぁ。すいません。うっかりしてて。」
 そういって彼女は、スティック状の口紅をバッグに入れた。
「では失礼します。またお会いしましょう。春さん。」
 パンプスのヒールを鳴らして、彼女はその場から去っていった。
「……お帰り。」
「ただいま帰りました。」
 春川は玄関にはいると、靴を脱いだ。
「頼まれた資料がありますが、お部屋に運んでおきますか?」
 あくまでいつも通り。彼女はそう思いながら、彼に聞く。
「あぁ。いいや。今貰うよ。」
 リュックを下ろすと、彼女はその中にある大きな封筒を彼に手渡す。
「これです。五十年前、九月十五日の新聞ですね。それから、植物辞典のコピーです。」
「ありがとう。助かったよ。」
「いいえ。」
 仕事ですし。そう口から言い掛けてやめた。そこまで嫌みにならなくてもいいだろうと。
「幸さんが来てるんですね。」
 そこから見える庭には、もう洗濯物はない。家政婦の幸さんが取り込んでくれたのだろう。もしかしたら夕食の用意をしているかもしれない。荷物をおいたら台所へ行こう。
「春。台所へ行くのだったら、お茶を入れてくれないか。」
「あ、はい。」
 彼もいつも通りの様子に見える。女を連れ込んでいるとはいっても、普段通りなのだ。どういう女が好きなのかとか、聞いたこともない。だけど、あんな女性が好きなのだ。だったらどうして自分なんかと結婚したのだろう。それが不思議だ。

 幸さんに食事の用意をして貰えるように伝えると、彼女は「二人で食事をとるのは久しぶりですね」と笑いながら答えた。幸は当然祥吾が女を連れていることを知っている。それを春川も知っていて、それを耐えている古き良き妻だと信じているのだ。
 そんな幸を前にすると、最近後ろめたくなる。桂の顔がちらつくからだ。
「お茶をお持ちしました。」
 湯飲みはなかった。おそらく部屋にあるのだろう。なので彼女は湯を入れた急須を持ってきた。
「入って。」
 部屋の奥から声が聞こえる。部屋のドアを開けると、彼はいつも通り机に向かっていた。先ほどの編集者から言われたことをなおしているのかもしれない。若いなりに、祥吾に意見が言えるというのはきっと彼女が出来る人だからだろう。
 テーブルの上にあった湯飲みにお茶を入れる。そしてその口紅の付いた湯飲みを下げようとした。と、そのとき彼女の足下に何か落ちているのに気が付く。それはコンドームの包みだった。しかもそれはもう破られ、使用済みなのがわかる。
「……。」
 見なかったことにしよう。彼女はそう思い、それに視線をはずした。
「春。」
 急に声をかけられて、彼女は彼をみる。
「どうしました?」
「改名をしたらどうだろうか。」
「改名ですか?」
 予想もしない問いに、彼女は少し呆気にとられた。
「あぁ、さっきの編集者が言っていた。フリーライターの春川と、小説家の春川と、紛らわしいとね。」
「……そうですか。では何としましょうか。」
「そうだね。夏川とかでもいいんじゃないのか。」
「夏……。」
「安易かな。」
「いいえ。でも……夏はやめて欲しいです。」
「どうしてだい?」
 彼は筆を止めて、彼女の方を振り向いた。すると彼女は少し笑って言う。
「姉の名前なので。」
「あぁ。行方不明になっているという?」
「えぇ。」
 それ以上は言いたくなかった。生きているのか、死んでいるのかわからない姉だ。
「……私のコネを使えば、君のお姉さんを捜すことも出来ると言ったことがあったね。」
「必要ありませんよ。身内はいません。そう祥吾さんのおうちに挨拶へ行ったときも、そう私は言いましたし。」
「春。今のところ、身内は私だけか。」
「えぇ。」
「しかし君は、別姓にしたいと言った。戸籍上は君と夫婦かもしれないが、別姓にすることで何かしらの不便があるんじゃないのか。」
「特にありませんよ。仕事は「春川」と言う名前でしか呼ばれませんし。では……私は、私の仕事をします。また夕食の時にでも……。」
「春。言っておくが、AVの脚本の仕事はまだ時期早々だと思う。」
「……そうでしょうか。」
「あぁ。どうしてもやりたいなら、君の担当編集者の北川さんに相談するといい。」
「北川さんからは、反対されました。」
「だろうね。」
「せめて「薔薇」が公開されてからでもいいと。AVはDVDになるまでの期間が短いから、おそらく「薔薇」より先になるだろうと。それが問題になるのではないかと。」
「確かにそれも考えられることだ。」
「夕べ会った、監督さんにも連絡をします。」
「……その監督は誰なんだ。」
「嵐さんと仰っていましたね。」
 その名前に、彼は表情を変えた。
「嵐……。」
「知り合いですか?」
「……あいつが……いいや。何でもない。」
 そういって彼はまた机に向かう。それを見て彼女も部屋を出ていった。
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