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人体改造の男
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世界を見て回りたいと思って、充はある大陸へ向かった。当初は肉体改造の最前線が目的だった。
だが肉体改造と共に彼が見たのは、女性の待遇の悪さだった。女子割礼をされ、馬や牛のように働かされる。ある程度の大人になったら、家畜と引き替えに何番目かの嫁にさせられる。彼女たちに人権はないのだ。
その事実を彼は書き記し、写真に収めた。
やがてその記事は、大きな話題になる。他の国でのジャーナリストの賞を得た。
女性の人権団体が立ち上がり、その国々で女性を助けようと力を合わせた。これで女性の市民権が得られるはずだ。彼はずっとそう思っていた。
しかし実際は逆だった。
「静かに暮らしたかったのに。」
「男には逆らえないのよ。」
「一人でなんて生きていけないわ。」
彼を責める声が多く挙がった。彼は世界的に見れば英雄だったかもしれないが、その国の女性にとっては彼は疫病神だったに違いない。
傷心のまま、彼はこの国に戻ってきた。
そしてジャーナリストとして彼が出来ることは何かと思う。世界を回っていたといっても、そんなキャリアが通じるわけがない。
その上、久し振りに帰ってきたこの国は情報の国に成り下がっている。どこでも携帯一つで情報は得られて、実際にみようとする人はいないように思えた。そんなものでいいのか。そんなもので満足するのか。疑問は心の中で膨らんでいく一方だった。
その疑問から逃げるように、また国外に出る。本来の目的である、肉体改造の最前線を取材するため。
だがあの女性達の視線がちらつき、まともに取材できない自分がいた。
刺青を入れても、ピアスを開けてもボディサスペンションをして、無我の境地を求めてもそれは消えない。
それでも生きていかなければいけない。帰国して、世界中を駆け回っていたとは思えないほどの細々とした仕事をしながら、彼は食いつないでいた。そんなときだった。ある雑誌のウェブページを見る。
いわゆるエロ本のウェブページであり、その読み物の欄に「春川」という人物が書いた記事が載っていた。
「一日数回の射精できるだけの体力、勃起力、ある程度の射精量、そして何より女優に対する雰囲気作りと、ホスト並の気遣い。彼らAV男優はもっと評価されるべき仕事である。」
AV男優なんて、気持ちいいことをして金を貰えている楽な仕事だと思っていた。だが違うらしい。だがそんなことまでこのライターは見ているのだろうか。
気になってほかのページも見てみた。
気が付けばすべての記事を読んでいる自分がいた。この記事を書いているのは誰なんだ。彼は出版社にそれを聞いてみた。しかしガンとして彼らは口を割らない。
そこで彼は世話になっている出版社に「春川」の名前を聞いてみた。すると春川というのは二人いるという。
一人は小説家の春川。もう一人はジャーナリストの春川。ジャーナリストの方は割と取材の関係で顔を知っている人は多いが、小説家の春川は表に出ることはまず無い。男か女かもわからないという。
「よく言われてるのは、春川って名前を別名気にしている有名な小説家じゃないかってことだな。」
気になって彼は言う。
「……そのネタ。俺に探らせて貰えませんか。」
「ただのゴシップだぞ。」
「気になるんです。」
編集者は苦笑いをして、勝手にしろと言った。
いすに腰掛けた充は、逃げられないように達哉に手を握られている。こういうときに達哉がいて良かった。なんせ格闘技にも精通している彼だ。
春川は呆れたように彼の前にしゃがみ込んだ。
「私の旦那が小説家の春川だと思っていたのですか。」
「あぁ。」
「それは違うわ。私には面識はない。ただ……桂さんは会ったことがあると言ってましたね。」
厳しい表情をしていた桂だったが、彼女の声にその表情のまま頷いた。
「はっきり言って難しい人だ。あんた、何で春川が姿を隠して小説を書いていると思ってんだ。」
「え?」
「いつ辞めてもいい。辞めて他の所で別の話を書いてもいい。そう思っているからだ。」
「……え?」
「春川が契約している出版社と切ると言い出したら、あんた、どうするんだ。」
「それこそ、どこの出版社からも見向きもされないだろうな。」
達哉はそう言って彼の手を離した。もう逃げないと思ったからだ。
充が行ってしまったあと、春川はキッチンを片づけた。コップが割れてなかったのが幸いだったようだ。
「それにしても、春川さん。すごい人気なんですね。」
「一部ですよ。」
彼女はそう言ってコップを片づけた。そして二人の前に立つ。
「ありがとうございました。」
「いいや。もう二次会からも俺も帰ろうと思ってたしね。」
「達哉がいて良かったな。」
桂はやっと笑顔になる。それを見て彼女も笑いながら、彼の隣に座った。
「ねぇ。一つ俺から聞きたいことがあるんだけど。」
「何だ。」
桂は持っていたお茶に口を付けた。
「桂さんの彼女って、彼女じゃないの?」
その言葉に桂は持っていたお茶を吹きそうになった。
「彼女って、私のことですか?いいや。ごめんなさいだわ。それ。旦那が……。」
「レスなんでしょ?」
その言葉に彼女は言葉を詰まらせる。
「だったら別に彼氏がいても良いと思うけど。」
「……。」
「それに俺、見てんだよね。」
「何を?」
「ジムから二人で出てくるとこ。仲良さそうだったね。」
その言葉に彼女はため息を付く。
「たまたま会ったのよ。」
「それにさっきの桂さんの態度も、俺ビビっちゃった。さすがに元ヤンだけあるよな。」
「元ヤン言うな。」
狙ったように彼の長い足が、達哉の足を蹴る。それを大げさに痛がりながら達哉は言葉を続けた。
「マジでアレだろ?桂さんって、今じゃ丸いけど大学の時、バイトでホストしてたじゃん。あのとき、ヤクザに因縁つけられたけど逆に半殺しにしてたって聞いた。」
「昔の話だ。でもうざかったな。あれからヤクザからスカウトされてさ。いや、そんなのにはいる気ないんでって逃げ切ったわ。」
桂の知らない顔を見た気がした。それがまた新鮮だと思う。
「話はぐらかされたけどさ、やっぱつきあってんの?」
達哉はそう言って、聞いてきた。
「……別につきあってはない。」
彼女は微笑んで彼にそう言う。
「セックスはした。」
さらっと彼女はそう言った。それで本当に桂はお茶を吹く。溢れたお茶を拭きながら彼女を見るが、彼女は平然ととしている。
「マジ?セフレってこと?」
「違うわ。一度しかしてないし。」
「マジで?じゃあ、やっぱ俺とも……。」
その言葉に桂は大きくせき込み立ち上がる。そして達哉の前に立つ。
「達哉。もうお前帰れ。」
「あー。桂さん。一人でするつもりかよ。」
「そうだ。お前は邪魔。」
「何だったら、俺加わっても……あいたっ!」
さっきよりも強めに足を蹴られた達哉は、桂に追い出されるように玄関へ追いやられた。
「達哉さん。」
それを追って春川は玄関へ向かう。
「今日はありがとう。」
「良いよ。桂さん。本当は自分であんたを助けたかったんだと思うんだけどね。」
「……加減がわからないんでしょうね。クールなふりをしてるけど、一度火がついたら後先考えないみたいだし。」
靴を履いた達哉は少し笑う。
「どうしたの?」
「あんたも桂さんにすげぇ惚れてんだな。良いなぁ。」
「どうしてそう思うの?」
「桂さんのことをすげぇ理解しようとしている。そういう相手がいてうらやましい。」
頬が赤くなる音がした。他人から言われると恥ずかしいモノがある。
「でもばれないようにしないとね。」
「えぇ。」
「じゃあ、俺ともばれないようにつきあう?」
「それは断るわ。でもお礼は今度改めて。」
「ううん。今貰う。」
彼はそういって、彼女の後ろ頭に手を当てて唇に軽くキスをする。
「てめぇ!」
それを奥で見ていた桂が、走ってやってこようとした。それを見て、彼は逃げるように部屋を出ていく。
だが肉体改造と共に彼が見たのは、女性の待遇の悪さだった。女子割礼をされ、馬や牛のように働かされる。ある程度の大人になったら、家畜と引き替えに何番目かの嫁にさせられる。彼女たちに人権はないのだ。
その事実を彼は書き記し、写真に収めた。
やがてその記事は、大きな話題になる。他の国でのジャーナリストの賞を得た。
女性の人権団体が立ち上がり、その国々で女性を助けようと力を合わせた。これで女性の市民権が得られるはずだ。彼はずっとそう思っていた。
しかし実際は逆だった。
「静かに暮らしたかったのに。」
「男には逆らえないのよ。」
「一人でなんて生きていけないわ。」
彼を責める声が多く挙がった。彼は世界的に見れば英雄だったかもしれないが、その国の女性にとっては彼は疫病神だったに違いない。
傷心のまま、彼はこの国に戻ってきた。
そしてジャーナリストとして彼が出来ることは何かと思う。世界を回っていたといっても、そんなキャリアが通じるわけがない。
その上、久し振りに帰ってきたこの国は情報の国に成り下がっている。どこでも携帯一つで情報は得られて、実際にみようとする人はいないように思えた。そんなものでいいのか。そんなもので満足するのか。疑問は心の中で膨らんでいく一方だった。
その疑問から逃げるように、また国外に出る。本来の目的である、肉体改造の最前線を取材するため。
だがあの女性達の視線がちらつき、まともに取材できない自分がいた。
刺青を入れても、ピアスを開けてもボディサスペンションをして、無我の境地を求めてもそれは消えない。
それでも生きていかなければいけない。帰国して、世界中を駆け回っていたとは思えないほどの細々とした仕事をしながら、彼は食いつないでいた。そんなときだった。ある雑誌のウェブページを見る。
いわゆるエロ本のウェブページであり、その読み物の欄に「春川」という人物が書いた記事が載っていた。
「一日数回の射精できるだけの体力、勃起力、ある程度の射精量、そして何より女優に対する雰囲気作りと、ホスト並の気遣い。彼らAV男優はもっと評価されるべき仕事である。」
AV男優なんて、気持ちいいことをして金を貰えている楽な仕事だと思っていた。だが違うらしい。だがそんなことまでこのライターは見ているのだろうか。
気になってほかのページも見てみた。
気が付けばすべての記事を読んでいる自分がいた。この記事を書いているのは誰なんだ。彼は出版社にそれを聞いてみた。しかしガンとして彼らは口を割らない。
そこで彼は世話になっている出版社に「春川」の名前を聞いてみた。すると春川というのは二人いるという。
一人は小説家の春川。もう一人はジャーナリストの春川。ジャーナリストの方は割と取材の関係で顔を知っている人は多いが、小説家の春川は表に出ることはまず無い。男か女かもわからないという。
「よく言われてるのは、春川って名前を別名気にしている有名な小説家じゃないかってことだな。」
気になって彼は言う。
「……そのネタ。俺に探らせて貰えませんか。」
「ただのゴシップだぞ。」
「気になるんです。」
編集者は苦笑いをして、勝手にしろと言った。
いすに腰掛けた充は、逃げられないように達哉に手を握られている。こういうときに達哉がいて良かった。なんせ格闘技にも精通している彼だ。
春川は呆れたように彼の前にしゃがみ込んだ。
「私の旦那が小説家の春川だと思っていたのですか。」
「あぁ。」
「それは違うわ。私には面識はない。ただ……桂さんは会ったことがあると言ってましたね。」
厳しい表情をしていた桂だったが、彼女の声にその表情のまま頷いた。
「はっきり言って難しい人だ。あんた、何で春川が姿を隠して小説を書いていると思ってんだ。」
「え?」
「いつ辞めてもいい。辞めて他の所で別の話を書いてもいい。そう思っているからだ。」
「……え?」
「春川が契約している出版社と切ると言い出したら、あんた、どうするんだ。」
「それこそ、どこの出版社からも見向きもされないだろうな。」
達哉はそう言って彼の手を離した。もう逃げないと思ったからだ。
充が行ってしまったあと、春川はキッチンを片づけた。コップが割れてなかったのが幸いだったようだ。
「それにしても、春川さん。すごい人気なんですね。」
「一部ですよ。」
彼女はそう言ってコップを片づけた。そして二人の前に立つ。
「ありがとうございました。」
「いいや。もう二次会からも俺も帰ろうと思ってたしね。」
「達哉がいて良かったな。」
桂はやっと笑顔になる。それを見て彼女も笑いながら、彼の隣に座った。
「ねぇ。一つ俺から聞きたいことがあるんだけど。」
「何だ。」
桂は持っていたお茶に口を付けた。
「桂さんの彼女って、彼女じゃないの?」
その言葉に桂は持っていたお茶を吹きそうになった。
「彼女って、私のことですか?いいや。ごめんなさいだわ。それ。旦那が……。」
「レスなんでしょ?」
その言葉に彼女は言葉を詰まらせる。
「だったら別に彼氏がいても良いと思うけど。」
「……。」
「それに俺、見てんだよね。」
「何を?」
「ジムから二人で出てくるとこ。仲良さそうだったね。」
その言葉に彼女はため息を付く。
「たまたま会ったのよ。」
「それにさっきの桂さんの態度も、俺ビビっちゃった。さすがに元ヤンだけあるよな。」
「元ヤン言うな。」
狙ったように彼の長い足が、達哉の足を蹴る。それを大げさに痛がりながら達哉は言葉を続けた。
「マジでアレだろ?桂さんって、今じゃ丸いけど大学の時、バイトでホストしてたじゃん。あのとき、ヤクザに因縁つけられたけど逆に半殺しにしてたって聞いた。」
「昔の話だ。でもうざかったな。あれからヤクザからスカウトされてさ。いや、そんなのにはいる気ないんでって逃げ切ったわ。」
桂の知らない顔を見た気がした。それがまた新鮮だと思う。
「話はぐらかされたけどさ、やっぱつきあってんの?」
達哉はそう言って、聞いてきた。
「……別につきあってはない。」
彼女は微笑んで彼にそう言う。
「セックスはした。」
さらっと彼女はそう言った。それで本当に桂はお茶を吹く。溢れたお茶を拭きながら彼女を見るが、彼女は平然ととしている。
「マジ?セフレってこと?」
「違うわ。一度しかしてないし。」
「マジで?じゃあ、やっぱ俺とも……。」
その言葉に桂は大きくせき込み立ち上がる。そして達哉の前に立つ。
「達哉。もうお前帰れ。」
「あー。桂さん。一人でするつもりかよ。」
「そうだ。お前は邪魔。」
「何だったら、俺加わっても……あいたっ!」
さっきよりも強めに足を蹴られた達哉は、桂に追い出されるように玄関へ追いやられた。
「達哉さん。」
それを追って春川は玄関へ向かう。
「今日はありがとう。」
「良いよ。桂さん。本当は自分であんたを助けたかったんだと思うんだけどね。」
「……加減がわからないんでしょうね。クールなふりをしてるけど、一度火がついたら後先考えないみたいだし。」
靴を履いた達哉は少し笑う。
「どうしたの?」
「あんたも桂さんにすげぇ惚れてんだな。良いなぁ。」
「どうしてそう思うの?」
「桂さんのことをすげぇ理解しようとしている。そういう相手がいてうらやましい。」
頬が赤くなる音がした。他人から言われると恥ずかしいモノがある。
「でもばれないようにしないとね。」
「えぇ。」
「じゃあ、俺ともばれないようにつきあう?」
「それは断るわ。でもお礼は今度改めて。」
「ううん。今貰う。」
彼はそういって、彼女の後ろ頭に手を当てて唇に軽くキスをする。
「てめぇ!」
それを奥で見ていた桂が、走ってやってこようとした。それを見て、彼は逃げるように部屋を出ていく。
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