セックスの価値

神崎

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人体改造の男

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 車を運転しながら、バックミラーで確認した。適当に道を走っていっても、着いてくる車がある。黒い軽自動車だ。信号で停まり、後ろを見る。どうやら運転席には充がいるらしい。黒ずくめの格好が徒になった。顔だけが白く浮いている気がする。
 彼女はため息を付き、車を走らせた。そしてコンビニの駐車場に車を入れる。少し離れたところに充も車を置いた。
「私です。」
 車から出ることなく祥吾に電話をする。彼はまだ起きている時間だ。
「どうしたの?」
「記者が私を追っています。どうやら小説家の春川とフリーライターの春川が同一人物だと気づいている人がいるようで、さっきからつけられています。」
 すると祥吾は少し黙る。ライターをつけた音だろう。かちっという音がした。
「フリーライターとしての名声が徒になったわけだ。で……君はどうするの?」
「あなたの妻であることは、世に公言していません。」
「そうだね。」
「しかしこのままではあなたにも迷惑がかかります。今日はこのまま家には帰れないので、今からでも取れるビジネスホテルに泊まりたいと思うのですが。」
「それが良いと思う。一晩そこにいれば、記者も諦めるか。」
「そうあればいいのですが。」
 ちらりと外を見る。黒い車の中で、彼は相変わらず顔だけが白く映し出されている。
「……いいえ。やはりやめておきます。」
「ではどうするの?」
「そうですね……。北川さんに話します。校了前なので、おそらく連絡は付くと思いますし。」
「そう言えばそういう契約をしていたと言っていたね。なにがしの危険があれば、即刻、契約を切ると。」
「えぇ。小説の内容が内容です。勘違いされる方も多いでしょうから。」
「今追いかけてくる人はそう言ったそういった輩に見えるかい?」
「……そうですね。祥吾さんの小説で言えば、「蓮の花」の次男にイメージが似ています。」
「ヤク中なのか。その男は。」
「いいえ。ただ顔が重そうだと。」
 笑い声が聞こえる。彼の笑い声は久しぶりに聞いた。
「わかった。では対処が決まったら、連絡をしてくれないか。」
「わかりました。」
 少し沈黙し、彼は言葉を続ける。
「春。君を愛している。」
「はい。ありがとうございます。」
 そういって彼女は電話を切った。
 だが離れていても愛しているのは、きっと彼ではない。彼に対する感情は、きっと憧れに近いモノだと思うから。

 白い軽自動車が入っていったのは、街にほど近い高い建物の中だった。マンションに見える。ここが彼女の家だというのか。一介のフリーライターがこんなマンションに住めるのだろうか。
 やはり彼女は何かある。充は近くに車を停めると、車を降りた。そして駆け足でマンションの地下駐車場に入っていく。
 まだ彼女はそこにいた。大きな荷物を抱えて、エレベーターを待っているようだった。
「春川さん。」
 彼女は驚いたように彼を見た。
「……こんなところまで追いかけてきたんですか。」
「あなたの家ですか?」
「いいえ。ここはウィークリーです。」
「どうして家に帰らないんですか。」
「あなたが一番知っているはずでしょう?どうぞ、もうお暇してください。」
「春川さん。」
「あなたが傷つきたくなければ、関わらないで。」
「傷つく?何に傷つくと言うんだ。」
「あなたのキャリアです。」
 彼女は携帯電話を取り出して、彼に差し出す。
「これはあなたですね。」
 それを見て彼は顔色が変わった。
 彼女が差し出したのは携帯電話のウェブページだった。さっきコンビニの駐車場で簡単に調べただけで出てきたページ。それは外国の有名なジャーナリストの賞。その中に彼の名前があり、この国の人で取るのは初めてだと一時話題になった。
 写真も載っていて、そこにはまだ綺麗な顔をした彼が写っている。
「ご立派な賞ですね。外国の紛争地域へ行き、女性の性差別についての取材をしたんでしょう。あちらの国の方は、こちらよりも男性の立場が上位で、女は家畜のように働かされますから。」
「やめろ。」
「それがどうしてこんなゴシップのような記事をかき集めてるんですか。」
「やめるんだ。」
 静かな駐車場に、彼の声が響いた。そして彼は頭を抱える。
「……もう一度、言います。私に関わらないで。」
 エレベーターがやって来ると、彼女はそれに乗り込もうと足を踏み入れる。そのとき彼も乗り込んできた。
「何?」
「……あんたにゃわかんねぇよ。あんたのように脳天気に、女と男のアレコレを書いてるだけのヤツにはな。」
 ドアが閉まり、彼は彼女を壁に押しつけた。そして彼女の顎を持ち上げる。
「やめて!」
「どうせ、いろんなヤツにヤられてんだろ?今更カマトトぶるんじゃねぇよ。」
 彼はそういって力付くで、彼女の口元に唇を寄せようとした。
「やだ!」
 それを拒否しようと体を押しのけようとした、そのときエレベーターのドアが開いた。立っていたのは女性で、こちらを見て驚いている。
 どう見ても合意ではない。春川の方が拒否しているように見えるから。そして彼女が叫ぶ。
「助けて!」
「やだ……。警察……。」
 女性は手に持っていた携帯電話で、そこにコールしようとした。しかし彼は、彼女から手を離す。
「警察なんかいらねぇよ。ただの痴話喧嘩だ。」
「……でも……。」
「良いから、あんたも乗るんなら乗りな。」
 彼の雰囲気に押されたのだろう。彼女は首を横に振り、その場から立ち去っていく。
 エレベーターのドアが閉まり、再び二人っきりになった。彼女は少し距離を置く。先程までの続きをされたくなかったから。
「どこで降りるんだ。」
「着いてくる気ですか。」
「あんたのことがわかるまでな。俺が何でたいそうな賞をもらったと思ってんだ。このしつこさでもらった賞なんだよ。」
 チェックインをしないといけない。とりあえず彼女は、壁から離れて一階のボタンを押した。
 そして携帯電話を取り出す。そして桂にメッセージを送った。
「今日は無理かもしれない。」
 次にいつ会えるかわからない。そのチャンスを潰したこの男に水をかけてヤりたい。ただでさえ会えないのに。
 すると桂からメッセージが届く。
「いつでもいい。連絡をくれ。」
 そのメッセージに、彼女は少し微笑んだ。
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