セックスの価値

神崎

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正直な気持ち

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 外は嵐が吹き荒れている。だが春川は帰ってこない。祥吾は煙草を消して、いらついたように電話をしてみたのだ。あまり電話はしたくなかった。彼女には彼女の仕事があるし、それに口を出したくはないと思っていた。だが、妻という立場で会ればそれは別だ。
 旦那が妻の心配をして何も悪いことはない。
「出版社の方にも連絡をした。もう誰もいないという。君はどこにいるんだ。」
 彼はそう言って彼女を責めるような口調で聞いた。
 原稿が進まない。それは彼女が居ないから。春川が居ないのはいつものことだが、最近の彼女は様子が違う。どうも男の影がある気がしていた。
「ごめんなさい。」
 遠慮したような声が小さくつぶやいた。
 男のそばにいるのだろうか。そう思うと彼はため息をついた。それは憤りや怒りが込められている。
「紹介していただいた秘書の方とさっきまで一緒にいました。」
「それは女性?」
「えぇ。女性秘書の話なので、女性の方が都合がいいと思ったし。早く情報をまとめようと思って、カフェにいました。」
 女性。それは本当のことだろうか。だがそれを聞けない。聞く権利もない。
「理由はわかった。だけど今日はもう家で仕事をしたらどうだろうか。急ぐ仕事ではないのだろう?」
「えぇ。」
「外はすごい嵐だ。心配しているのだからね。」
「ごめんなさい。」
 そう言って祥吾は電話を切る。本当のことを言っているのか、わからない。だが帰ってくると言う。それを今は信じるしかない。

 春川は電話を切り、ため息をついた。嘘を嘘で重ねて、それでも続けたいのかと自問自答しそうになる。
 だが後ろから桂の腕が彼女を包んだ。
「ルー。行くのか?」
「……うん。」
 離したくない。そして離れたくない。
 彼女はその腕に手を重ねて、そしてその手を持ち上げると自分の唇を重ねる。
「あまり連絡は取れないけれど……。」
「今度撮影を見に来るんだろう?」
「えぇ。まともに見れるかしら。」
「……俺もまともに立つかわからない。お前に見られて、他の女を抱けるかな。」
「出来るでしょ?仕事なんだから。」
 彼は彼女を自分の方へ向かせると、少し屈む。そして頬に、額に、そして唇にキスをする。彼女もそれに答えるように、彼の首に手を伸ばした。

 車のワイパーは最強にしても見えにくい道になっている。道のいくつかは冠水していて、このまま動かなくなるのではないかと思ったくらいだった。
 それでもやっと春川は家に帰り着いた。駐車場に車を停めて、荷物を持つと駆け足で家の中に入っていく。それでも玄関についたときは、体が濡れていた。
「やばい。やばい。」
 彼女はそう言って、玄関で靴を脱ぐ。そこには祥吾の下駄しかない。女性はいないようだ。だから早く帰ってきて欲しいと電話があったのだろうか。
 部屋に戻ると、電気をつけて資料を取り出す。祥吾に頼まれたものだ。良かった。これは濡れていないようだ。
 それを手にして、彼女は廊下を歩く。雨戸は閉まっているのは、きっと家政婦の幸さんが閉めてくれたのだろう。
 ドアをノックすると、祥吾の少ししゃがれた声が聞こえた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
 彼は机の上のライトをつけて、原稿用紙に向かっている。手書きにこだわっている原稿の書き方だ。どうやらそれを担当の女性がパソコンで打ち直している。本来なら春川の仕事だった。しかし彼女は忙しくなりそこまで手が回らなくなり、今は彼の資料を集めることくらいしかできない。
「資料をお持ちしました。」
「うん。そこに置いておいてくれないか。」
 そこと言ったのはいつも担当編集者が手書きの原稿をパソコンに打ち込んでいるローテーブルのことだろう。彼女はそこにその資料をおいた。
「祥吾さん。」
 彼女が声をかけると、彼のペンが止まる。だが彼女の方を振り向かない。
「どうしたの?」
「今日は心配させてごめんなさい。でもありがとうございました。」
「いいよ。夫が妻の心配をするのは当然だ。」
 口ではそう言う。だが彼は彼女の方を振り向かない。
「では、失礼します。」
 彼女はそう言って部屋を出ていこうとした。そのときだった。
「春。」
 急に呼ばれて、彼女は足を止めて彼の方を振り返る。
「何か?」
「濡れてるんじゃないのか。外はすごい嵐だ。」
「はい。駐車場からここまででしたが、少し濡れてしまいました。」
「風呂に入りなさい。風邪を引いてしまうよ。」
「はい。」
 彼女はそれだけを言うと、部屋を出ていった。
 何も気がついていないわけがない。以前の彼の言葉が気になっていたから。
”AV男優とやらと仲がいいのではないのか。”
 そして彼はもう桂に会っている。彼にあったことで何かを感じたのではないかと。
 彼女は自分の部屋に戻ると、着替えを手にして風呂場へ向かう。

 春川を思いながら、桂は自分のモノからでるモノを感じた。ティッシュで押さえて、ため息をつく。
「んっ……。」
 毎日セックスをしていても、ある程度しないと精力が落ちる。そのためにしていることだった。だが最近はずっと春川ばかりを思ってしている。
 自分で感じる声、自分を求める手、そして自分を好きだという声。全てが愛しい。
「ルー。」
 そしてそれをゴミ箱に捨てると、テーブルにおいてあった水を飲む。
「……。」
 そのとき彼の携帯電話が鳴った。相手は知らない番号だ。誰だろう。こんな日に彼にかけてくる人なんて。
「もしもし。」
 知らない番号でも一応電話に出る。重要な人かもしれないからだ。
「桂さんの携帯電話ですか。」
 女の声だった。
「はい。どちら様ですか。」
「私、以前お世話になりました、東というモノです。」
「嵐さんの……。」
 嵐の娘だと言っていた女性だった。
「父から、あなたの番号を聞いてお電話したのですけれど、すいません。突然。」
「……どうしました?」
「気を悪くしないで聞いて欲しいのですが、この間のあなたの相手をしていた早紀さんが、他の監督の元でレズモノの映画にでると。」
「はぁ……何となくそうかなとは思ってましたけど。」
「え?」
「抱いてればわかりますよ。この子は、たぶん男が趣味じゃないんだなとかね。」
「気にしませんか?」
「えぇ。別に。」
「そうですか。」
 あらか様にほっとした声になった。どうやらそれが気になっていたらしい。
「東さん。俺はもうこの世界で十五年してますからね。拒否されたり、蹴られたり、罵倒されることもあります。だから気にしないでください。」
 電話を切り、彼はふっと笑う。
 春川がレズビアンではなくて良かったと。だがもしレズビアンでも、彼はきっと彼女を好きになる。
 体は重ねなくてもいい。
 彼らにとってセックスはあまり重要な価値はないのだ。
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