セックスの価値

神崎

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正直な気持ち

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 お風呂から上がり、部屋に戻ってきた。時計を見るともう日付は変わっている。まだ今日しないといけない仕事があるのだ。タオルで髪を拭いて、髪をドライヤーで乾かしているとき、ふと本をおいている棚を見た。そこには自分の本、祥吾の本と、資料用の本、そしてAVが置いてある。その中には桂が出ているモノもある。
 ドライヤーを止めて、それに手を伸ばした。彼の顔はジャケットに写ることはないし、内容を見ても写っているのはちらっと写っているだけだった。
 彼はそれでいいという。あくまで男優はわき役であり、女優がどう反応するか、どう色っぽく写るか、それは男優の腕なのだからと言う。
 正直、これを見るのは辛い。自分の体に触れていたときのことを思い出すから。触れてくる手、囁く声、自分をみる視線。それを思い出すと、体が熱くなるようだ。
 いつか言っていた。セックスの時に出る「愛している」は嘘だと。だが自分は少なくともあのとき心の底から、愛してると思ったし、桂を欲しいと思った。
 会いたい。
 だけど会えるわけがない。そのときだった。
「春。」
 ドアの向こうで声がする。春川は棚にDVDをしまうと、ドアの方へ向かった。
「はい。」
 そこを開けると、寝間着姿の祥吾がいた。優しい微笑みで彼女を見下ろしている。
「どうしました?」
「まだ仕事をするのかな。」
「えぇ。プロットを詰めたいと思ってました。」
「そうか。」
「何かありましたか?」
「いいや。最近まともに話していないと思ってね。」
 その言葉に彼女は少し微笑む。
「珍しいですね。そんな理由でここへ来るのは。お茶でも淹れましょうか。」
「大丈夫だよ。中に入れてくれないか。」
「はい。どうぞ。」
 彼はそういって部屋の中に入ると、置いているベッドに腰掛けた。彼女はいすに座る。少し距離を置いた。今は彼の視線が痛いから。
「この間、久しぶりに外出したよ。」
「そう言っていましたね。池田さんから聞きました。冬山祥吾が外に出ているのを初めて見たと。」
「あぁ。そうだね。外の空気のリアリティを忘れかけていたよ。小説に生かせそうだ。」
 そんな話をしにきたのだろうか。たぶん違う。何か狙いがあるはずだ。彼が彼女の部屋に来るときは、何か大事な話をするときだから。
「何かありましたか?」
 じらされるのが限界だ。彼女は思いきって聞き出す。すると彼は少し笑って言う。
「役者に会ってね。」
「役者ですか?」
「あぁ。男優だ。君のその……。」
 棚に視線をやる。それで彼女は少しぞっとした。まさか会ってしまったのだろうか。
「AVに出演してた方ですか?」
「あぁ。AV男優というのかな。ずいぶん男前だったし、若く見えた。」
 当たりだ。唇を引き締めると、彼女はあくまでいつも通りを装う。
「たぶん、それは桂さんという人ですね。」
「あぁ。そんな名前だった。桂馬の桂だと本人が言っていた。そう言うことには百戦錬磨なのだろうね。」
「……一度、対談をしました。北川さんのところの雑誌の企画で。それから彼の現場を見せていただきましたね。」
「どうだったかな。」
「演技とは言え、他人のセックスはあまり気持ちいいものではありませんね。ただ私が書くのはそういったことですから、それも肥やしになります。」
「頼もしい人だ。」
 彼はそういって少し笑う。そして彼女に視線を合わせる。嘘は全て見抜くように。
「彼はどういう人だろうか。」
「どういう……とは?」
「君から見た印象だ。」
 好きなんだろう?そういわれているようだった。だけどそれを言うわけにはいかない。
「……そうですね。元々役者になりたかったと言っていたので、その辺の演技力には自信があるようです。人間的には……そうですね……真面目な人。そんな印象です。」
「あぁ。私にもそういう印象だ。あのような男優では世間からは白い目で見られるだろうに、それを誇りにすら思うのだろう。」
「えぇ。」
「いい男だ。」
 珍しいこともあるモノだ。彼が男性を誉めるなんて。
「祥吾さん。彼が気になりますか?」
「あぁ。そうだね。彼は「蓮の花」の次男のイメージにぴったりだと思ったんだ。」
「祥吾さんが言えば、キャスティングするかもしれませんよ。おっしゃってみればいいのに。」
「ただ、彼はAV男優という仕事に誇りを持っている。その彼が役者に趣旨換えをするかと言われると微妙ではないのかな。」
「……でも今度、「薔薇」でキャスティングされましたよ。」
「ほう。どの役で?」
「波子の婚約者です。」
「あの汚れた役か。」
 彼は少し笑い、手を組んだ。
「どうしました?」
「彼にはぴったりだと思ったんだ。だが彼のようなタイプは、きっといい役者にもなれるだろう。だがそのときAV男優だったということは、少なからず足かせになるだろうね。」
「そんなに恥ずべき仕事ではないと思いますけどね。」
「そう思っているのは君みたいな一部の人間だ。それとも……君は彼に何か特別な感情を持っていて、贔屓の目で見ているのかな。」
 ドキリとした。しかし押さえろと心の中で思う。いつもの自分になれと言い聞かせた。
「そんなわけはありませんよ。私はあなたの妻です。誰に何を言われようと、あなたしか見ていませんから。」
「結構。それでいい。春。こっちへ来なさい。」
 彼は手招きをして、ベッドに彼女を呼んだ。まさかセックスをするつもりなのだろうか。ここ数年はレスだったはずなのに。
「仕事が残ってますが。」
「君を小間使いに出さないために、今日は自分で外に出たんだ。明日の朝でも間に合う仕事だろう?」
「……。」
 行きたくなかった。だけど拒否も出来ない。彼女は黙って立ち上がると、彼の隣に座った。
「春。君はどんどん綺麗になる。出会ったときはまだ子供だと思っていたのに。すっかり大人の女性だ。」
「……祥吾さん。」
 彼は彼女の頬に手を置くと、その顔をゆっくりと近づけてきた。そして唇を重ねる。触れるだけのキスをして、ゆっくりと彼女を抱き寄せた。
「君を愛しているよ。」
 この温もりが、自分だけのモノだったはずなのに。彼は違う人も抱いている。そして彼女も彼以外人の温もりを求めている。それが滑稽だと思った。
 だが彼女はその体にゆっくりと手を伸ばした。
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