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正直な気持ち
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台本を読むと、桂の役は波子の婚約者、竜之介。だが彼は波子の叔父である譲二に潰された小説家の端くれだった。言葉巧みに波子に手を出し波子を彼から離し、波子まで傷つけようとした最低な男の役どころ。
波子を調教し、従順な奴隷に仕立て上げ、彼は譲二に復讐しようとする。そういう役らしい。
「……ベッドシーンが結構ありますね。」
「お得意でしょう?」
牧原という監督はそういってニヤリと笑った。特に嫌みではないのだろう。そういう人なのだ。
「まぁね。」
「あ、一応本番はしないですよ。それやっちゃ、本気でピンク映画になっちまう。」
「わかってますよ。一応、端くれでしたけど役者もやってたんで。」
「そうでしたな。」
「……でもわざわざ俺じゃなくてもって気もしますけどね。」
「春川さんが押してくれてね。」
「春川さんが?」
その言葉に彼は驚いて彼を見た。
「あなたをキャスティングしたのは私だけど、それから春川さんはあなたの現場なんかを見に行ったらしい。それからすごく気に入ってたようですよ。いい男冥利につきますね。」
「……別にそんな理由で……。」
「そんな理由じゃないですよ。用はあなたの仕事の姿勢ですよ。」
わかってる。そんなことわかってる。でも嬉しかった。
「選んだのは私だ。期待してますよ。あぁ、読み合わせの日は聞いてますか?」
「はい。九月だと。」
「また連絡します。」
台本を片手に、彼はオフィスを出て行った。期待をしている。その言葉が一番嬉しかった。
そしてエレベーターへ向かうと、下へ向かうボタンを押そうとしたとき横にある喫煙所から一人の男が出てきた。それは着流しの男。冬山祥吾だった。
「またお会いしましたな。」
「えぇ。」
「喫煙所がここと三階、あとは一階にしかないそうですよ。喫煙者に厳しい世界だ。」
「えぇ。そうですね。もう用事が終わったんですか?」
「そうですね。簡単な打ち合わせです。ですが、助手ではどうも手が行き届かないところもありましてな。」
「助手?」
奥さんとは言わないのだろうか。それとも言えない理由でもあるのだろうか。
「冬山さん。」
「あぁ。やはりあなたは私のことを知っていたのですね。」
「えぇ。有名ですし。後輩があなたのファンなんで、過去のサイン会の画像で、顔を見せてもらいましたから。」
「フフ。昔の話ですよ。もう七年になりますか。そういうことをしなくなって。」
桂は下へ行くエレベーターのボタンを押した。しかしせわしなく行くエレベーターはなかなか来ないようだった。
「あなたは、役者さんですか?」
「今度そういう仕事をするようになりましてね。」
「だからかっこいいんですね。」
「ありがとうございます。」
どことなく嫌みにもとれるような言葉だ。そう。最初は優しいそうだと思ったが、どうもこの男の言葉のはしには刺がある。そんな気がした。
「お名前を伺っていいですか?」
「桂です。」
「桂とは?」
「将棋の桂馬の桂ですよ。」
「あぁ。なるほど。将棋で言うと変則的な動きをしますね。あなたもそうですか?」
その言葉に、彼はついムキになる。
「どういった意味ですか?」
「どういった意味でしょうね。」
そのとき反対側のエレベーターから人が降りてきた。
「冬山先生。困りますよー。急にいなくなって。どうせ喫煙所だろうって探しに行ったんですから。」
「それは悪いことをしました。では桂さん。失礼しますね。」
彼はそういってその女に連れられて、エレベーターに乗り込んでいく。
さらりと嘘をつく男だと思う。まず打ち合わせが終わっていると言って、ここにいた。そして春川を助手だといった。そしてたぶん冬山は、桂を知っている。
何を?
やはりあいつも「たかがAV男優だ」と思っているのだろうか。春川の言葉を考えるとそれは考えられる。きっと彼は彼女に「たかが官能小説だ」と言っているのだろう。だからあの夜。彼女は海に向かって「負けてたまるか!」と言っていたのだ。
その技量が彼女にあって良かった。弱い人なら落ち込み、もう小説を書けないかもしれない。その強さに彼は惚れたのだ。
だったらどうして冬山は春川と結婚したのだろう。自分より下だと思いたいのか。妻は自分より下ではないといけないという、見下したい感じがあるのだろうか。そんな最低な男とどうして結婚したのだろう。
それはやはり、愛しているからなのかもしれない。そして冬山もきっと春川を愛しているのだ。だから夫婦でいれる。
だけど自分も愛しているのだ。そして彼女もあの日「愛している」と言ってくれた。嘘だとわかっていても。
「桂さん。そろそろ出番ですよ。」
スタッフに声をかけられて、桂はやっと我に返った。そうだ。今からセックスをしないといけない。特に何とも思っていない女のま○こに突っ込むのだ。
「わかった。今行く。」
彼はそういって、スーツのジャケットを着た。今日の設定は教師と生徒。初めてAVに出る女だという。早紀の例もあるからあまり気乗りはしなかったが、美形女優だというので彼を選択されたのだという。
彼女の事務所も期待している新人だ。
「よろしくお願いします。」
高校生のようなブレザーと短いスカートをはいた、茶色のロングヘアの女だった。良かった。春川とは似てもにつかない、女らしい女だった。
「よろしく。」
とりあえずの台本がある。どうやら、今日はSっぽく責めればいいらしい。
「あんたMなの?」
「どMです。言葉責めしてください。」
「遠慮しないよ。」
そういって彼は少し笑った。すると女はまぶしそうに彼を見上げる。きっと彼にあこがれてこの世界にはいったのかもしれない。
だが彼には好きな女がいる。きっと仕事セックスしか彼女には出来ないし、何も答えられない。彼が欲しいのは一人だけなのだから。
波子を調教し、従順な奴隷に仕立て上げ、彼は譲二に復讐しようとする。そういう役らしい。
「……ベッドシーンが結構ありますね。」
「お得意でしょう?」
牧原という監督はそういってニヤリと笑った。特に嫌みではないのだろう。そういう人なのだ。
「まぁね。」
「あ、一応本番はしないですよ。それやっちゃ、本気でピンク映画になっちまう。」
「わかってますよ。一応、端くれでしたけど役者もやってたんで。」
「そうでしたな。」
「……でもわざわざ俺じゃなくてもって気もしますけどね。」
「春川さんが押してくれてね。」
「春川さんが?」
その言葉に彼は驚いて彼を見た。
「あなたをキャスティングしたのは私だけど、それから春川さんはあなたの現場なんかを見に行ったらしい。それからすごく気に入ってたようですよ。いい男冥利につきますね。」
「……別にそんな理由で……。」
「そんな理由じゃないですよ。用はあなたの仕事の姿勢ですよ。」
わかってる。そんなことわかってる。でも嬉しかった。
「選んだのは私だ。期待してますよ。あぁ、読み合わせの日は聞いてますか?」
「はい。九月だと。」
「また連絡します。」
台本を片手に、彼はオフィスを出て行った。期待をしている。その言葉が一番嬉しかった。
そしてエレベーターへ向かうと、下へ向かうボタンを押そうとしたとき横にある喫煙所から一人の男が出てきた。それは着流しの男。冬山祥吾だった。
「またお会いしましたな。」
「えぇ。」
「喫煙所がここと三階、あとは一階にしかないそうですよ。喫煙者に厳しい世界だ。」
「えぇ。そうですね。もう用事が終わったんですか?」
「そうですね。簡単な打ち合わせです。ですが、助手ではどうも手が行き届かないところもありましてな。」
「助手?」
奥さんとは言わないのだろうか。それとも言えない理由でもあるのだろうか。
「冬山さん。」
「あぁ。やはりあなたは私のことを知っていたのですね。」
「えぇ。有名ですし。後輩があなたのファンなんで、過去のサイン会の画像で、顔を見せてもらいましたから。」
「フフ。昔の話ですよ。もう七年になりますか。そういうことをしなくなって。」
桂は下へ行くエレベーターのボタンを押した。しかしせわしなく行くエレベーターはなかなか来ないようだった。
「あなたは、役者さんですか?」
「今度そういう仕事をするようになりましてね。」
「だからかっこいいんですね。」
「ありがとうございます。」
どことなく嫌みにもとれるような言葉だ。そう。最初は優しいそうだと思ったが、どうもこの男の言葉のはしには刺がある。そんな気がした。
「お名前を伺っていいですか?」
「桂です。」
「桂とは?」
「将棋の桂馬の桂ですよ。」
「あぁ。なるほど。将棋で言うと変則的な動きをしますね。あなたもそうですか?」
その言葉に、彼はついムキになる。
「どういった意味ですか?」
「どういった意味でしょうね。」
そのとき反対側のエレベーターから人が降りてきた。
「冬山先生。困りますよー。急にいなくなって。どうせ喫煙所だろうって探しに行ったんですから。」
「それは悪いことをしました。では桂さん。失礼しますね。」
彼はそういってその女に連れられて、エレベーターに乗り込んでいく。
さらりと嘘をつく男だと思う。まず打ち合わせが終わっていると言って、ここにいた。そして春川を助手だといった。そしてたぶん冬山は、桂を知っている。
何を?
やはりあいつも「たかがAV男優だ」と思っているのだろうか。春川の言葉を考えるとそれは考えられる。きっと彼は彼女に「たかが官能小説だ」と言っているのだろう。だからあの夜。彼女は海に向かって「負けてたまるか!」と言っていたのだ。
その技量が彼女にあって良かった。弱い人なら落ち込み、もう小説を書けないかもしれない。その強さに彼は惚れたのだ。
だったらどうして冬山は春川と結婚したのだろう。自分より下だと思いたいのか。妻は自分より下ではないといけないという、見下したい感じがあるのだろうか。そんな最低な男とどうして結婚したのだろう。
それはやはり、愛しているからなのかもしれない。そして冬山もきっと春川を愛しているのだ。だから夫婦でいれる。
だけど自分も愛しているのだ。そして彼女もあの日「愛している」と言ってくれた。嘘だとわかっていても。
「桂さん。そろそろ出番ですよ。」
スタッフに声をかけられて、桂はやっと我に返った。そうだ。今からセックスをしないといけない。特に何とも思っていない女のま○こに突っ込むのだ。
「わかった。今行く。」
彼はそういって、スーツのジャケットを着た。今日の設定は教師と生徒。初めてAVに出る女だという。早紀の例もあるからあまり気乗りはしなかったが、美形女優だというので彼を選択されたのだという。
彼女の事務所も期待している新人だ。
「よろしくお願いします。」
高校生のようなブレザーと短いスカートをはいた、茶色のロングヘアの女だった。良かった。春川とは似てもにつかない、女らしい女だった。
「よろしく。」
とりあえずの台本がある。どうやら、今日はSっぽく責めればいいらしい。
「あんたMなの?」
「どMです。言葉責めしてください。」
「遠慮しないよ。」
そういって彼は少し笑った。すると女はまぶしそうに彼を見上げる。きっと彼にあこがれてこの世界にはいったのかもしれない。
だが彼には好きな女がいる。きっと仕事セックスしか彼女には出来ないし、何も答えられない。彼が欲しいのは一人だけなのだから。
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