セックスの価値

神崎

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海に叫ぶ

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 今日の相手は幼く見えるが、歳は二十一歳だという。本当の年齢はわからないが、そうだと言われればそう見えるかもしれない。ショートボブの髪は薄い茶色。身長はあまりない。
 彼はスタジオになる一室で初めて会ったとき、戸惑いを隠せなかった。どことなく春川に似ている女だったから。
「お願いします。」
 丁寧にお辞儀をしてくる。本当はこんな場所にいるような人じゃないのかもしれない。
「よろしく。」
 それを悟られないように、わざと視線を逸らした。わざとかどうなのかわからないが、彼女の格好はこの間春川が着ていた洋服にどことなく似ている。それがさらにやるせなかった。
 でも自分は彼女とこれからシないといけないのだ。それが仕事なのだから。
「じゃあ、ソファに座ってください。早紀ちゃんが向かって右で。」
 ピンク色のソファに座ると、彼女の手が震えているのがよくわかる。緊張しているのだろう。それをほぐしてあげるのも彼の仕事だ。
「桂さん。あまり時間は考えないでいいんで、あくまで自然にお願いします。」
「はい。」
「では始めます。」
 東の声がして、「本番!」と声がかかる。
「緊張してる?」
「はい。」
「最初はみんなそうだよ。名前からとりあえず教えてくれない?」
「早紀です。」
「早紀ちゃん。歳はいくつ?」
「二十一歳です。」
「若いね。ねぇ。これからする事ってわかる?」
「はい。」
「初めてじゃないでしょ?初めてっていつ?」
「……中学二年の夏。」
 自分も似たようなものだが、こんな童顔の子が中学生ですでに処女を捧げているというのは、ちょっと意外な気がした。
「そっか。相手は?」
「お兄ちゃんの友達の人。その人も体が大きくて。」
「俺も大きいよ。ちょっと立ってみる?背比べしてみようか。」
 セックスとは無縁そうな話をして、彼女を和ませる。身長差を売りにした話ではないので、そこで背比べをする必要はないのだがそれも彼女の緊張をほぐすためだった。
 彼女に覚悟があってこの行為をするとわかっていても、いざとなって無理矢理すれば「いや」と言って拒否されることもあるのだ。
「小さいね。ほら。手もこんなに小さい。」
 立ち上がって居るまま、彼は彼女の手を握る。そしてその手の甲にキスをした。すると彼女の頬がぱっと赤くなる。
「座らないとキスできないかな。」
「うん……。」
 手の甲一つのキスで、彼女はやっと覚悟を決めたようだ。好奇の視線がある。ライトがまぶしい。数台のカメラもこちらを見ている。その中で彼女は全裸になること自体が、怖かったのかもしれない。
 ソファに座ると、彼は彼女の後ろ頭に手を置いた。そしてそれを引き寄せて、口づけをする。唇を割り、舌を絡ませた。
 最初は春川に似ていると思った。だけどやはりこんなところにいる女だ。キス一つ慣れていて、彼女とは違う。
 首元に舌を這わせると、彼女の吐息と共に甘い声が漏れた。

 一時間ほどかけて、シーンを取り終わる。桂は射精はしていないが、彼女の方が限界だったのだろう。気絶しそうなくらい、絶頂に達していたのだ。
「もう少し落ち着いてから続きを撮りましょう。」
 バスローブに身を包んで、彼は控え室に戻っていこうとした。そのとき、見慣れたショートボブの女を見た気がして、彼の足は早足になる。
「あっ!」
 廊下にでて、その人を追う。しかし彼女は控え室とは違う部屋に入っていく。そこがどんな場所なのかは知らない。でも彼女だったら。彼女であれば。その気持ちだけが彼を奮い立たせる。
 ドアを開けると、遮光カーテンで仕切られていて昼間なのに暗い部屋だった。その中に人影が見える。
「……誰?」
 逆光で彼が見えなかったのかもしれない。間違いない。彼女だ。
「春。」
「誰のことですか?」
 遮光カーテンが引かれて、その人をみる。それは春とは違う別の人だった。今日の相手の早紀のメイクさんらしい。
「すいません。人違いでした。」
 そう言って彼は部屋を出る。
 そして自分の部屋に帰っていった。幻覚でも見えたのだろうか。あまりにも会えなくて、彼女の幻覚を見た気がした。
 そのとき、部屋のドアがノックされる。
「はい。」
 ドアを開けると、そこには東の姿があった。
「思ったよりも敏感な子でしたね。」
「それをくみ取れば良かったんですけど。」
 彼女は中に入り、そのショートカットの髪をくしゃくしゃとかきむしった。
「撮影、明日までもつれ込んでも大丈夫ですか?」
「えぇ。何とかしますよ。それに俺、今日まだイってないし。優しくしますよ。」
「でも今までのでもいい感じになってるのよねぇ。ほんと、父が言ってたけれど色気のある男の人ですね。」
「どうも。」
 彼はそう言ってまたプロットに目を移す。
「素では無気力そのものにみえますけど。」
「フェラ、必要ですか?」
「えぇ。させてもらえますか?」
「女が見るヤツなら、クンニの方がいいかって思ったんだけど。」
「好き?それ。」
「まぁ、嫌いじゃないですね。」
「頼もしい人ですね。でもフェラで切なそうな顔をしてるのも、女はタギるものですよ。」
「あんなに稚拙なのに?」
「だったら指導しながらすればいいと思いません?」
 参ったな。彼はそう思いながら、またプロットに目を落とした。
「そう言えば、さっき、ここじゃないところの部屋に入ろうとしてましたね。部屋でも間違えました?」
「いいえ。知り合いが来てたのかと思ったんですけど、違う人でした。」
「この現場に一般人は来ないですよ。」
 そう言って東は笑う。だが彼女の父は、春川を入れた。それほど春川を気に入っていたのかもしれない。
「恋人ですか?」
「いいえ。あなたには関係ない。」
 彼はそう言ってその紙を置いた。
「監督。」
 外から声がかかり、東は外に出て行った。それを見て、彼はソファに置いてあったバッグを手にする。そして携帯電話を見た。着信もメッセージも彼女からのものは相変わらずない。
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