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出張ホスト
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どんな洒落た店に連れて行くのかと思ったら、北川が指定した食事屋はビルの上にある夜景の綺麗なダイニング居酒屋だった。周りには同じようなカップルやグループが多い。
この中に春川が一人でいるというのは、彼女にとっては普通の事かもしれないが、他から見れば目立つだろう。
桂が居てくれて良かった。彼女はそう思っていた。
「きれーい。すごい。」
「彼氏から連れてきたもらったことないの?」
「ないない。いつも居酒屋とか。酔えればいいって所ばっかりで。」
そんな会話をしているようだ。確かにあまりそういうところに気が回らない彼氏のようだった。十年も恋愛をしているとそんなモノなのだろうか。
「あなたは旦那と外出しないんですか?」
「しないですね。旦那は外が嫌いな人なので。」
それだけを言うと、彼女はジンジャエールを口に運ぶ。
「それにしてもすごい。夜景の綺麗なダイニング居酒屋だっていうのに、夜景見えなくていいんでここでって……。」
桂は笑いながら、春川を見ていた。
「意味ないじゃないですか。観察するためにここに来てるのに。」
「まぁ、確かにそうですけど。」
店員が不思議そうな顔をしながら、サラダを持ってきてくれた。そしてその場を離れる。でこぼこなカップルだとでも思ったのだろうか。それとも吊り合わないとでも思ったのかもしれない。
「二十六?あまり俺と歳変わらないんだ。」
「達哉さん。いくつ?」
「俺二十八。童顔だろ?未だにさ、初めて行く居酒屋とか免許証を見せてとか言われるし。」
「マジで?もうすぐ三十なのに?若く見られるのも困ったものよねぇ。あたし逆だから。よくおばさんって言われる。」
「え?そう?すごい若く見えるよ?」
「そう?ありがと。お世辞でも嬉しいな。」
「お世辞じゃないよ。ホント、大学生くらいに見える。」
「ふふっ。彼女にもそんなこと言ってる?」
「ううん。彼女居ないしさ。大学の時に別れて、ちょっと会社員してたけどすぐ辞めたんだ。」
「どんな会社?」
「本が好きでね。出版社。」
「そっか。あたし出版社勤務だから。どこの会社?」
「○○書房って。」
「あー。あそこかぁ。辞めて正解じゃない?あそこもう少しでつぶれるし。」
「マジで?じゃあ良かったのかな。」
もうすっかり心を許しているようだ。そんなことを普段は守秘義務とか何とか言っていわないのに、すっかり達哉には話をしているから。
「達哉もあまりそういうことを言わないですからね。結構気に入ってるみたいですよ。ほら。あんたも飯食ったらどうですか?」
「ありがとう。いただきます。」
そう口では言ったモノの、彼女はそれに箸をつける気はないように、じっとそれを観察しているようだった。そして急に彼の方を向く。
「ほかのホストもあんな感じですか?」
「俺は知らないな。誘われてるけど、あんな言葉は素で出ないし。」
「役だと思えば出るんでしょ?そういう即興芝居とかあるじゃないですか。」
「まぁね。やる人はやるけど。」
「出来ないことはない。でしょ?」
「じゃあ、あんた相手にやっていい?」
「え?」
「あんたを口説く芝居。」
「今はダメ。今はあの二人を見たいから。」
彼女はそういって誤魔化した。今言われたら、絶対転んでしまうから。
百八十分のデート。夜二十二時まで、ショッピングと食事、そしてバーへ行ってお酒。もう終わった頃には、北川は「帰りたくない」といったくらいメロメロになっていたように見える。
そして達哉も「帰したくない」といった感じだ。初めて買ってこうなるのを見ると、達哉もそういう腕は確かなのだろうと桂も感心していたようだった。
「このままホテルでも行くんですかね。」
「あー。たぶんそれはないですね。」
「何で?」
「ホテルに行くのはまた別料金になるし、プライベートで行きたいっていうんだったらまた別の日に、プライベートで会えばいいけど。達哉はその辺きっちりしてるから、たぶんそれはないかと思いますよ。」
桂の宣言通り、会った公園で二人は別れた。それでも二人は名残惜しそうに北川はじっと彼を見ていたし、達哉も何度も振り返っていた。
そしてやっと北川は携帯電話を取り出して、電話を始めた。
「もしもし?」
春川は電話に出ると、少し笑っていた。
「どこにいますか?」
「結構側にいますよ。来ます?」
「うん。」
「えっと、やっぱ私たちが行きますから。」
「たち?誰かと一緒にいるんですか?」
すると電話を切り、春川は桂を一緒に出てきた。その桂の姿に彼女は驚きを隠せない。
「何で桂さんと?」
「んー。一人でも大丈夫だって言ったんですけどね。」
「まぁ、ちょっと危ないなと思って。つきあってました。」
「でもさ、でもよ……。春川さん旦那さんいましたよね。」
「居ますよ。でも旦那がつき合ってくれないから、他の人に頼んだんです。」
「えー。マジで?だったら桂さんもずっと見てたんですか?」
「えぇ。楽しそうでしたね。うちの後輩相手に。」
「後輩?」
「えぇ。うちの後輩です。」
「ってことは?あの人……。」
「俺と同じ職種ですよ。試します?あいつ結構早漏だけど。」
「いいや。結構です。」
どおりで手慣れているわけだ。と思いながら北川は彼らを見ていた。
「ありがとうございました。北川さん。お金はもう振り込み済みです。あとの食事代とかは領収書ください。」
「えぇ。そうします。では、お疲れさまでした。」
まだ終電には時間がある。それに駅前だ。彼女はそう思いながら、彼らと離れた。
しかしどうも気になり振り返る。そこにはどう見てもカップルである二人がいた。笑顔のまま話しかけている桂と、それを迷惑そうに振り払う春川。
無理して年上の人と夫婦にならなくてもいいのに。彼くらいの方が安定して見えるのに。どうして彼女は祥吾から離れないのだろう。それに祥吾の噂もある。本当だとしたら彼女は相当辛いはずだ。
「本名なんて言うんですか?」
缶コーヒーでも飲んで帰ろうと、コンビニに寄ったとき桂に不意に聞かれた。春川はふっと笑うと、いつも飲んでいる缶コーヒーを手にする。
「聞きたいですか?」
「えぇ。是非。」
「だったらあなたの本名も知りたいです。」
「俺、あんまり本名で呼ばれないからなぁ。」
彼も缶コーヒーを手にすると、彼女がそれを手にした。
「あー。春川さん。それくらい俺が……。」
「いいんです。あ、すいませーん。」
検品をしている店員に声をかけて、彼女はそれを二つ手にするとレジを打ってもらった。
そして二人でコンビニを出て、車を止めている駐車場まで歩いていった。
「せーので言います?」
「いいですよ。」
足を止めて、言い合った。
「原田啓治。」
「浅海春。」
その答えに、二人は笑い合った。
「マジで桂って付いてるし。」
「春って本名だったんだ。」
「確かに馬並だったわ。って。何すんのよ。」
その長い足でふくらはぎを軽く蹴られた。すると彼は少し笑う。
「春か。今から春って呼んでいいですか?」
それには答えられない。彼女は首を横に振る。
「何で?」
「旦那が呼んでる名前だから。」
そのときの顔を何というのだろう。さっきまで笑っていた顔が急に、暗くなった。
この中に春川が一人でいるというのは、彼女にとっては普通の事かもしれないが、他から見れば目立つだろう。
桂が居てくれて良かった。彼女はそう思っていた。
「きれーい。すごい。」
「彼氏から連れてきたもらったことないの?」
「ないない。いつも居酒屋とか。酔えればいいって所ばっかりで。」
そんな会話をしているようだ。確かにあまりそういうところに気が回らない彼氏のようだった。十年も恋愛をしているとそんなモノなのだろうか。
「あなたは旦那と外出しないんですか?」
「しないですね。旦那は外が嫌いな人なので。」
それだけを言うと、彼女はジンジャエールを口に運ぶ。
「それにしてもすごい。夜景の綺麗なダイニング居酒屋だっていうのに、夜景見えなくていいんでここでって……。」
桂は笑いながら、春川を見ていた。
「意味ないじゃないですか。観察するためにここに来てるのに。」
「まぁ、確かにそうですけど。」
店員が不思議そうな顔をしながら、サラダを持ってきてくれた。そしてその場を離れる。でこぼこなカップルだとでも思ったのだろうか。それとも吊り合わないとでも思ったのかもしれない。
「二十六?あまり俺と歳変わらないんだ。」
「達哉さん。いくつ?」
「俺二十八。童顔だろ?未だにさ、初めて行く居酒屋とか免許証を見せてとか言われるし。」
「マジで?もうすぐ三十なのに?若く見られるのも困ったものよねぇ。あたし逆だから。よくおばさんって言われる。」
「え?そう?すごい若く見えるよ?」
「そう?ありがと。お世辞でも嬉しいな。」
「お世辞じゃないよ。ホント、大学生くらいに見える。」
「ふふっ。彼女にもそんなこと言ってる?」
「ううん。彼女居ないしさ。大学の時に別れて、ちょっと会社員してたけどすぐ辞めたんだ。」
「どんな会社?」
「本が好きでね。出版社。」
「そっか。あたし出版社勤務だから。どこの会社?」
「○○書房って。」
「あー。あそこかぁ。辞めて正解じゃない?あそこもう少しでつぶれるし。」
「マジで?じゃあ良かったのかな。」
もうすっかり心を許しているようだ。そんなことを普段は守秘義務とか何とか言っていわないのに、すっかり達哉には話をしているから。
「達哉もあまりそういうことを言わないですからね。結構気に入ってるみたいですよ。ほら。あんたも飯食ったらどうですか?」
「ありがとう。いただきます。」
そう口では言ったモノの、彼女はそれに箸をつける気はないように、じっとそれを観察しているようだった。そして急に彼の方を向く。
「ほかのホストもあんな感じですか?」
「俺は知らないな。誘われてるけど、あんな言葉は素で出ないし。」
「役だと思えば出るんでしょ?そういう即興芝居とかあるじゃないですか。」
「まぁね。やる人はやるけど。」
「出来ないことはない。でしょ?」
「じゃあ、あんた相手にやっていい?」
「え?」
「あんたを口説く芝居。」
「今はダメ。今はあの二人を見たいから。」
彼女はそういって誤魔化した。今言われたら、絶対転んでしまうから。
百八十分のデート。夜二十二時まで、ショッピングと食事、そしてバーへ行ってお酒。もう終わった頃には、北川は「帰りたくない」といったくらいメロメロになっていたように見える。
そして達哉も「帰したくない」といった感じだ。初めて買ってこうなるのを見ると、達哉もそういう腕は確かなのだろうと桂も感心していたようだった。
「このままホテルでも行くんですかね。」
「あー。たぶんそれはないですね。」
「何で?」
「ホテルに行くのはまた別料金になるし、プライベートで行きたいっていうんだったらまた別の日に、プライベートで会えばいいけど。達哉はその辺きっちりしてるから、たぶんそれはないかと思いますよ。」
桂の宣言通り、会った公園で二人は別れた。それでも二人は名残惜しそうに北川はじっと彼を見ていたし、達哉も何度も振り返っていた。
そしてやっと北川は携帯電話を取り出して、電話を始めた。
「もしもし?」
春川は電話に出ると、少し笑っていた。
「どこにいますか?」
「結構側にいますよ。来ます?」
「うん。」
「えっと、やっぱ私たちが行きますから。」
「たち?誰かと一緒にいるんですか?」
すると電話を切り、春川は桂を一緒に出てきた。その桂の姿に彼女は驚きを隠せない。
「何で桂さんと?」
「んー。一人でも大丈夫だって言ったんですけどね。」
「まぁ、ちょっと危ないなと思って。つきあってました。」
「でもさ、でもよ……。春川さん旦那さんいましたよね。」
「居ますよ。でも旦那がつき合ってくれないから、他の人に頼んだんです。」
「えー。マジで?だったら桂さんもずっと見てたんですか?」
「えぇ。楽しそうでしたね。うちの後輩相手に。」
「後輩?」
「えぇ。うちの後輩です。」
「ってことは?あの人……。」
「俺と同じ職種ですよ。試します?あいつ結構早漏だけど。」
「いいや。結構です。」
どおりで手慣れているわけだ。と思いながら北川は彼らを見ていた。
「ありがとうございました。北川さん。お金はもう振り込み済みです。あとの食事代とかは領収書ください。」
「えぇ。そうします。では、お疲れさまでした。」
まだ終電には時間がある。それに駅前だ。彼女はそう思いながら、彼らと離れた。
しかしどうも気になり振り返る。そこにはどう見てもカップルである二人がいた。笑顔のまま話しかけている桂と、それを迷惑そうに振り払う春川。
無理して年上の人と夫婦にならなくてもいいのに。彼くらいの方が安定して見えるのに。どうして彼女は祥吾から離れないのだろう。それに祥吾の噂もある。本当だとしたら彼女は相当辛いはずだ。
「本名なんて言うんですか?」
缶コーヒーでも飲んで帰ろうと、コンビニに寄ったとき桂に不意に聞かれた。春川はふっと笑うと、いつも飲んでいる缶コーヒーを手にする。
「聞きたいですか?」
「えぇ。是非。」
「だったらあなたの本名も知りたいです。」
「俺、あんまり本名で呼ばれないからなぁ。」
彼も缶コーヒーを手にすると、彼女がそれを手にした。
「あー。春川さん。それくらい俺が……。」
「いいんです。あ、すいませーん。」
検品をしている店員に声をかけて、彼女はそれを二つ手にするとレジを打ってもらった。
そして二人でコンビニを出て、車を止めている駐車場まで歩いていった。
「せーので言います?」
「いいですよ。」
足を止めて、言い合った。
「原田啓治。」
「浅海春。」
その答えに、二人は笑い合った。
「マジで桂って付いてるし。」
「春って本名だったんだ。」
「確かに馬並だったわ。って。何すんのよ。」
その長い足でふくらはぎを軽く蹴られた。すると彼は少し笑う。
「春か。今から春って呼んでいいですか?」
それには答えられない。彼女は首を横に振る。
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