1 / 172
セックスしたい相手
1
しおりを挟む
町中にあるカフェには、洒落ている小物や観葉植物が置いている。イケメンがいるというカフェ。その雰囲気とその店員に惹かれて、女性たちが集まってきているようだった。
そこに一人の男が入ってきた。サングラスをした緩い癖毛の背の高い男。体格がよく、Tシャツを着ていてもそれがよくわかる。
「誰?あれ。芸能人?」
「わかんないけど、格好いい。」
彼の後ろにはグレーのスーツを着た女性が付いてきた。もし彼が芸能人であれば、その女性はきっとマネージャーか何かだろう。しかしそうではないようで、四人掛けの席に案内された彼らだったが、女性は彼の斜め前に座る。
「ご注文をお伺いします。」
冷静に注文を取っている女性も、その男性の様子に僅かに頬を赤らめている。それくらい彼の容姿は完璧だったのだ。
「コーヒーを二つ。」
女性が答え、男性は口一つ開かない。ウェイトレスが去っていき、男はため息を付いた。
「待たせるなんて、大した大物だ。」
「すいません。別の出版社から呼び出しがあったようですので。」
またため息を付くと、彼はサングラスをはずした。
「でも結局一時的なものだろ?こんなに春川が売れているのは。」
「まぁ……所詮、女性向け官能小説ですからね。」
「出版社がそんなことでいいのか?まぁ、売れれば何でもいいんだな。」
「そんなことは言ってませんよ。」
そのとき、店内に一人の女性が入ってきた。飾りっ気のないショートボブの髪。背が小さく、飾りっ気のない色あせたジーパンと白いTシャツは、おしゃれなこの店には全く合っていない。
だがそのグレーのスーツを着た女性は、そのショートボブの女性を見ると手を振って呼び寄せた。
「お待たせしました。」
笑顔が印象的な女性。それが官能小説家である春川。
大きな荷物を抱えた女性だった。まるで家出でもしてきたように見える。
「春川さん。そんなに急がなくても、さっきコーヒー頼んだばかりなので。」
息を切らせて汗ダクの彼女。きっとすっぴんだ。女らしさのかけらもない。今までで会ってきた女性の中でももっとも女を感じなかった。
こんな人が今一番売れている官能小説家なのか。
紙の媒体が売れない時期に、二、三年前からハードカバーの本の頃から徐々に売れ出して、今では推しも推されぬ人気官能小説家の春川。
顔出しは出来ないのはきっと女性だからだろう。
本の内容が生々しく、ジャンルは官能小説でありながら、時代物、現代劇、ミステリーと多岐にわたる。そのせいでどの出版社からも引っ張りだこで、時間は一分一秒と惜しい。
インタビューすら珍しいのだ。
「お待たせしました。」
コーヒーが二つ運ばれて、春川もウェイトレスに声をかける。
「コーヒーをもう一つください。」
「かしこまりました。」
いぶかしげに男は春川を見ていた。本当に彼女が春川なのかと。
「春川さん?」
「はい。春川です。あなたは?」
「今度あなたの小説「薔薇」が映画化するので、その相手役をする事になった桂といいます。」
「けい?将棋の桂馬?」
「はぁ。まぁそうです。」
すると春川は意味ありげに含み笑いをする。
「嘘。あなたのことは知ってます。それに私、楽しみにしてたんですよ。なかなかそういう方とお話しできることもないし。」
そういう方というのはどういうことだろうか。彼はぎゅっと拳を握るのを見て、スーツの女性はハラハラしながら、彼を見ていた。
春川もそうだが、桂もわりと気分屋でインタビュー中に帰ったことも結構あるのだ。
「既婚者ですか?」
その目の先には左手がある。その薬指には銀色のリングが光っていた。それが既婚者である証拠だろう。
「えぇ。あなたは?」
「独身です。」
「だから若々しいのですね。私の旦那と歳は変わらないはずなのに。あなたの方がとてもいい男に見えますよ。」
「どうも。」
お世辞だろう。それに言われ慣れている。いい男ですね、かっこいいですね。口先だけだ。彼はいつも冷めた目でその言葉を聞いている。
「でも桂って……。」
ウェイトレスが不思議そうに春川を見ながら、コーヒーを置いた。そして去っていくと、彼女は堪えきれないように声を上げて笑う。
「何か可笑しいですか?」
冷静に桂はそれを聞く。
「イヤ……馬って……ははっ。よっぽど自信があるんだろうなって。」
拳をぶるぶると震わせている。この言葉はやはり失礼だ。スーツの女性は春川を止めようと、声をかけようとした。
「は……。」
しかし桂が先に言葉を発する。
「自信がなければAV男優なんか出来ないでしょう?俺はコレでもう十五年してますから。」
「えぇ。知ってます。調べればいくらでもあなたが出演しているアダルトビデオがありますから。」
コーヒーを飲み、彼女はにっこりと笑った。
「あなたも旦那とは激しくしているんですか?」
「いいえ。ウチはセックスをしないんですよ。」
「は?」
その言葉に彼の方が驚いたようだった。サングラスをとり、改めて彼女をみる。まだ若いようだ。二十代ほどに見える。まだ若さがあるようだが、それでも相手がいてセックスをしない。しかも彼女が書いているのは官能小説。
「子供を作る気もないので。」
「子供を作らなくてもセックスくらいするでしょう?」
「時間が合わないので。北川さん。コレ、オフレコにしてもらえます?」
そういってスーツの女性に録音機器を切るように言った。そして彼女は旦那の名前を口に出す。
その名前に桂も、そして北川も驚いて声がでなかった。
彼女の旦那は「冬山祥吾」。文学界の大物だったのだ。
「資料集めやら取材やら、何より、私の小説のリアリティを出すために私は昼間はほとんど家にいません。対して彼はほとんど家を出ませんから。」
「夜は執筆活動を?」
「えぇ。あぁ。時間が推してますね。そろそろ本題にいきましょうか。北川さん。録音機器のスイッチをどうぞ。」
ぼんやりしていた彼女は、あわてたようにスイッチを入れる。
そこに一人の男が入ってきた。サングラスをした緩い癖毛の背の高い男。体格がよく、Tシャツを着ていてもそれがよくわかる。
「誰?あれ。芸能人?」
「わかんないけど、格好いい。」
彼の後ろにはグレーのスーツを着た女性が付いてきた。もし彼が芸能人であれば、その女性はきっとマネージャーか何かだろう。しかしそうではないようで、四人掛けの席に案内された彼らだったが、女性は彼の斜め前に座る。
「ご注文をお伺いします。」
冷静に注文を取っている女性も、その男性の様子に僅かに頬を赤らめている。それくらい彼の容姿は完璧だったのだ。
「コーヒーを二つ。」
女性が答え、男性は口一つ開かない。ウェイトレスが去っていき、男はため息を付いた。
「待たせるなんて、大した大物だ。」
「すいません。別の出版社から呼び出しがあったようですので。」
またため息を付くと、彼はサングラスをはずした。
「でも結局一時的なものだろ?こんなに春川が売れているのは。」
「まぁ……所詮、女性向け官能小説ですからね。」
「出版社がそんなことでいいのか?まぁ、売れれば何でもいいんだな。」
「そんなことは言ってませんよ。」
そのとき、店内に一人の女性が入ってきた。飾りっ気のないショートボブの髪。背が小さく、飾りっ気のない色あせたジーパンと白いTシャツは、おしゃれなこの店には全く合っていない。
だがそのグレーのスーツを着た女性は、そのショートボブの女性を見ると手を振って呼び寄せた。
「お待たせしました。」
笑顔が印象的な女性。それが官能小説家である春川。
大きな荷物を抱えた女性だった。まるで家出でもしてきたように見える。
「春川さん。そんなに急がなくても、さっきコーヒー頼んだばかりなので。」
息を切らせて汗ダクの彼女。きっとすっぴんだ。女らしさのかけらもない。今までで会ってきた女性の中でももっとも女を感じなかった。
こんな人が今一番売れている官能小説家なのか。
紙の媒体が売れない時期に、二、三年前からハードカバーの本の頃から徐々に売れ出して、今では推しも推されぬ人気官能小説家の春川。
顔出しは出来ないのはきっと女性だからだろう。
本の内容が生々しく、ジャンルは官能小説でありながら、時代物、現代劇、ミステリーと多岐にわたる。そのせいでどの出版社からも引っ張りだこで、時間は一分一秒と惜しい。
インタビューすら珍しいのだ。
「お待たせしました。」
コーヒーが二つ運ばれて、春川もウェイトレスに声をかける。
「コーヒーをもう一つください。」
「かしこまりました。」
いぶかしげに男は春川を見ていた。本当に彼女が春川なのかと。
「春川さん?」
「はい。春川です。あなたは?」
「今度あなたの小説「薔薇」が映画化するので、その相手役をする事になった桂といいます。」
「けい?将棋の桂馬?」
「はぁ。まぁそうです。」
すると春川は意味ありげに含み笑いをする。
「嘘。あなたのことは知ってます。それに私、楽しみにしてたんですよ。なかなかそういう方とお話しできることもないし。」
そういう方というのはどういうことだろうか。彼はぎゅっと拳を握るのを見て、スーツの女性はハラハラしながら、彼を見ていた。
春川もそうだが、桂もわりと気分屋でインタビュー中に帰ったことも結構あるのだ。
「既婚者ですか?」
その目の先には左手がある。その薬指には銀色のリングが光っていた。それが既婚者である証拠だろう。
「えぇ。あなたは?」
「独身です。」
「だから若々しいのですね。私の旦那と歳は変わらないはずなのに。あなたの方がとてもいい男に見えますよ。」
「どうも。」
お世辞だろう。それに言われ慣れている。いい男ですね、かっこいいですね。口先だけだ。彼はいつも冷めた目でその言葉を聞いている。
「でも桂って……。」
ウェイトレスが不思議そうに春川を見ながら、コーヒーを置いた。そして去っていくと、彼女は堪えきれないように声を上げて笑う。
「何か可笑しいですか?」
冷静に桂はそれを聞く。
「イヤ……馬って……ははっ。よっぽど自信があるんだろうなって。」
拳をぶるぶると震わせている。この言葉はやはり失礼だ。スーツの女性は春川を止めようと、声をかけようとした。
「は……。」
しかし桂が先に言葉を発する。
「自信がなければAV男優なんか出来ないでしょう?俺はコレでもう十五年してますから。」
「えぇ。知ってます。調べればいくらでもあなたが出演しているアダルトビデオがありますから。」
コーヒーを飲み、彼女はにっこりと笑った。
「あなたも旦那とは激しくしているんですか?」
「いいえ。ウチはセックスをしないんですよ。」
「は?」
その言葉に彼の方が驚いたようだった。サングラスをとり、改めて彼女をみる。まだ若いようだ。二十代ほどに見える。まだ若さがあるようだが、それでも相手がいてセックスをしない。しかも彼女が書いているのは官能小説。
「子供を作る気もないので。」
「子供を作らなくてもセックスくらいするでしょう?」
「時間が合わないので。北川さん。コレ、オフレコにしてもらえます?」
そういってスーツの女性に録音機器を切るように言った。そして彼女は旦那の名前を口に出す。
その名前に桂も、そして北川も驚いて声がでなかった。
彼女の旦那は「冬山祥吾」。文学界の大物だったのだ。
「資料集めやら取材やら、何より、私の小説のリアリティを出すために私は昼間はほとんど家にいません。対して彼はほとんど家を出ませんから。」
「夜は執筆活動を?」
「えぇ。あぁ。時間が推してますね。そろそろ本題にいきましょうか。北川さん。録音機器のスイッチをどうぞ。」
ぼんやりしていた彼女は、あわてたようにスイッチを入れる。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説






会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる