不完全な人達

神崎

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ゴーストライター

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 ビールを飲み干して、結局一杯だけと言っていたのに熱燗を頼んでしまった。まだ話さないといけないことがあるからだ。
「今日……社長にも会いました。」
 史はその言葉に少しため息を付く。そんなところまで清子たちは知ってしまったのだ。清子が徳成清吾の娘だから、そして英子の娘だから、清子はきっと消されることはない。だがそれを知ってしまった晶は危険だ。
 史は酒を口に運んで晶をみる。その物事の大きさに晶は気が付いていないのだろう。
「と言うことは、英子さんのことも知ってしまったのか。」
「史は知っていたのですか。」
「誰が娘なのかというのは知らなかった。だけど、社長の一番上のお嬢さんが今オペラ歌手をしていることや、十代の時の出産で子供が出来なくなった体になっているというのは聞いたことがある。」
 父親が誰なのかということもわからなかった。だが想像はしたことがある。十代の頃というのは、男はやりたいだけだし女は性に目覚めかけているときだろう。そんな女性を組み敷くのは、簡単なことだ。
「そうか……清子がその娘だったとはね。」
「……娘として三島の家に入ることは出来なかったのでしょう。だから祖母の元に置かれた。」
 そんな理由なら、清子をどこかに追いやる理由はわかる。だが無碍には出来なかったのだろう。だから「三島出版」に籍を置くことで、生活の保障だけはしてやろうと、今の社長は思ったのかもしれない。
「……そうか。でもそれを久住も知っているのだろう?大丈夫なのか?」
「何で?」
 晶はのんきに鶏のもも肉の炭火焼きに箸をのばしていた。どれだけ危険なことをしているのかわかっていない。
「あの社長が必要以上の家の秘密を知って、何をするのかわかってるのか?」
 その様子に清子は驚いたように史を見ていた。こんなに焦っているのを見るのは初めてだったから。
「史……もしかして、何か脅されていたのですか?」
 その言葉に史も口を押さえた。知られるわけにはいかなかったのに。
「……社長に?それとも村上組に?」
 すると史は少しため息を付いていった。その顔は少し青い。
「社長に……。」
 史の役割は、清子を情で落として「三島出版」に籍を置かせること。そのためには体を使ってでも縛り付けること。しなければ、史の過去を公表するという脅しをかけられていたのだ。
「史の過去って……自殺をした恋人のことですか。」
 その言葉に晶は驚いて史をみる。そんなことがあったのかと驚いたのだ。
「……そんなことが世に公表されれば、俺は……。」
「ろくでなしの最低男だな。」
「久住さん。」
「……結局あんた、今までの地位を捨てられなかったから、社長の言いなりになってただけじゃん。」
 すると史は堰を切ったように晶に向かって言う。
「お前も同じだろう。何か脅されるネタがあったはずだ。」
 晶は首を横に振る。
「確かに脅されたよ。でも俺自身にはそんなネタはねぇ。だから兄貴を脅してきやがった。あいつ。」
「兄貴?」
「夏生をまたAVに出させるって、脅された。」
「……。」
「そんなことさせられるかよ。せっかく幸せになろうとしてのに。」
 晶にとっても大切なのは、家族なのだ。だから必死で歯を食いしばって金を稼いだのだ。その結果がとんでもないことになっても。
「だから……俺も幸せになりたい。あの二人の幸せを願うように、俺にも幸せになって欲しいっていってる。だから……編集長。」
「何だ。」
「清子を俺にくれよ。」
 その言葉に清子は驚いたように史の方をみる。すぐに駄目だと言うだろうと思った。だが史はお猪口を手に持ったまま、手が少し震えていた。
「史?」
 清子に声をかけられるまで、史はぼんやりとしていたようだった。どこか悪いのだろうか。清子は心配するように史の方をみる。
「清子……。もしかして……H道で何かあった?」
 すると清子は震える唇をかみしめて、史の方を向いたまま言った。
「……はい。」
 すると史はふっと息を吐く。やはりそうだったのか。予想もしていたし、最悪そうなのかもしれないと思っていたのだが、やはり何かしらあったのだろう。
「ごめんなさい。史……あの……。」
「清子。君はどうしたい?」
 その言葉に清子は晶の方をみる。晶も何もいわずに清子を見ていた。自分を取って欲しいと思う。だが選ぶのは清子だ。それは史も一緒のことだったかもしれない。史も冷静に話を進めているように見えるが、その手が震えていたから。
「私……史に言わないといけないことがあって。」
「ん?」
 清子はぽつりぽつりと話を始める。
「私……久住さんがずっと絵を描いていたことを知ってたんです。」
 小さい頃、晶は地面にずっと絵を描いていた。余裕があるときは、落書き帳に何か絵を描いていた。
「家をでて……写真を見ました。」
 晶が撮った写真だった。それを知ったのはさっきだったが。
「焼酎のポスターの写真を見たんです。見事な雲海でした。名義は久住さんじゃなかったかもしれない。だけど……間違いなく久住さんが撮ったものだと思った。」
 いくらゴーストをしていても、それが晶が撮ったものだとはすぐにわかった。
「……私はずっと、久住さんの写真を見てたんです。」
「清子……。」
 その言葉に史はふっと息をはいた。
「清子。俺のことは気にしなくても良い。正直に言って。」
「……。」
「俺ではなく、久住を取るのか?」
 すると清子は首を横に振る。
「え?」
 晶が驚いたように清子をみた。
「ここでどちらかを取ると、おそらく……取られた方が不幸になる。父はそれを狙っているから。」
「……。
 晶は舌打ちをして視線をそらせた。そうだ。そういうヤツだったのだ。
「社長はおっしゃっていた。どうしようもないサディストなのだと。母のことも、冬山さんのことも……確たる証拠はないですけど、おそらく一番最高潮に幸せな時を狙って、不幸に陥れるのが好きな人です。」
 だったらやはりそうなのか。史は清子の方を見て言う。
「清子。実は……。」
 そのときだった。ドアの向こうで店員がノックする音が聞こえた。
「お客様。お時間ですが、どうなさいますか。」
 延長するかどうかなのだろう。ここは延長料が高い。ならラブホテルでも行った方がまだましかもしれない。
「出るよ。会計してくれないか。」
 晶はそう言うと、店員が去った気配がする。
「いいの?」
「一言で言えよ。何だよ。編集長。」
「……父親らしい人が、「三島出版」に入っていった。首に竜の入れ墨の男だ。」
「どうして父親だと?」
「冬山祥吾さんが着ていた着流しを着ていたからだ。」
 父が「三島出版」に入っていった。それが何を意味するのか。
 明日になれば、それがはっきりするのだろうか。その下準備が必要だろう。
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