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行方
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清子に連絡を入れると、こちらに付くのは後一時間ほどかかるらしい。交通状況にもよるが、あまり関係のない電車で帰るのでそんなに時間はかからないと思っていたが、予想は違っていた。どうやら人身事故があったらしく、電車はあまり進んでいないらしい。
一度、会社に戻ってパソコンのSNSをチェックしようかと、史はそのまま会社の方へ向かった。すると玄関ホールでも、忙しそうに文芸誌の人たちや週刊誌の人たちが動き回っている。
「記者会見って明日ですか。」
「その女性の姿ってまだわかりませんか。」
冬山省吾のことだろう。表だってゴーストライターを雇っているとは言えなかったがコレで表立ってしまうのだから、芯でも騒がしい人だと思っていた。
また清子の周りが騒がしくなるのだろうか。いいや。それはない。清子は本当に何も知らないのだから。聞いたところで情報は得られないのは、冬山省吾が死んだときにはっきりしているはずなのだから。
ふと、そのとき会社にはいるためのパスを発行する発券機の前で、和服の男が画面を見ながら首を傾げているのが見えた。出版社なのだから、高齢の人も来ることはあるのだろうにやはりこういうシステムはわかりづらいのだろう。
「お困りですか。」
史は声をかけると、男は史の方を振り返る。グレーの髪と、切れ長の目は、どこかの役者のようにも見えるような男だと思う。
「何か、パスを発行しないといけないと聞いたのですが、どうやって発行するのか。」
「最初の画面に戻りますよ。」
ホームと書いているところを指で触れ、ゲストというところに触れる。
「どこの階に用事ですか。」
「文芸誌です。」
「八階です。」
「なるほど。」
不器用ながらも無事に発券を終えて、そのパスを手渡す。
「助かりました。ありがとう。」
「いいえ。お役に立てて。」
すると男はじっと史の方をみる。それにつられて史も男を見た。どこかで見た顔だと思う。そうだ。
「あなた……もしかして……。」
「失礼。時間が迫っているので。」
そういって男は、ゲートの方へ向かう。そして史もゲートをくぐって、中に入っていった。
「あの……。」
「何か?」
「もしかして……清子の……。」
その名前に男は驚いて史をみる。そうか。清子にけしかけた男がいるといっていたのは、こっちの方だったのか。
「人違いでしょう。」
「その着物……。」
「着物?私の趣味ですが。」
「冬山省吾さんがまだご存命の時、会ったことがあります。その着物を着ていたときも見たことがある。」
その言葉に男はすっと目を細めた。
「省吾兄さんの、君は担当ですか。」
「いいえ。俺は……文芸誌でも何でもないです。」
「エロ本の編集長。でしょう。」
その言い方にはとげがある。ろくな人ではないのだろうと思っていたが、初対面にその口の効き方はない。
「文芸誌に何を?」
「さぁ……何の用事でしょうね。想像も付きません。」
想像は付いているはずだ。冬山省吾のニュースはずっと流れているのだから。
「もうすぐ清子が帰ってきます。」
「どこかへ行っていたというわけですか。」
「仕事です。」
「やれやれ。そうやって仕事ばかりしている女になったとは。きっと可愛らしさのかけらもない女になったのだろう。」
その言葉にさらにむっとした。口が悪い人というのは、晶で慣れているつもりだった。だがそれ以上に人の逆鱗にわざと触れているのではないかと思うくらいとげがある。もし晶がこの場にいたら、間違いなく喧嘩になっていただろう。
「あなたは何をしていたんですか。」
「俺?」
「産まれた子供を母親の所に置き去りにして、その母親が死んだときもあなたは出なかったそうですね。清子がそれからどうやって生きて来たかも知らないで。」
「女は女というだけで売り物になる。エロ本だってそうでしょう。」
「なっ……。」
食えないなら女を売り物にして稼げとでもいいたいのか。それでも父親だろうか。
「男は稼ごうと思えば汗水垂らさないといけないが女は違う。どんな不細工でもデブでも売り物になる。全く、女というのは特だ。」
「あなた……それでも父親ですか。」
「父親になどなった覚えはない。」
「……。」
「あなたが勝手にそうだろうと決めつけただけでしょう。」
確かにそうだ。この男が徳成清吾だという証拠は何一つ無い。史が勝手に言っているだけだ。
そのときエレベーターがやってきた。それを開くと数人の人たちが降りていった。そして男はエレベーターに乗り込んでいく。
「乗らないんですか。」
頭がいい男だ。そして清子によく似ている。頭の回転も、顔も、清子によく似ている気がした。
エレベーターに乗ると、扉が閉まる。中は二人しかいない。横に並んでいると、ちらっと男を見た。首のあたりに黒いものが見える。それは見覚えがある。入れ墨だ。
その入れ墨を入れている男が別にも居たはずだ。誰だ。よく思い出せ。
エレベーターが八階に到着して、男が降りていく。そして残された史は壁にもたれ掛かると、ため息を付いた。清子に会わせなくて良かったと思う。
誰もいないオフィスで史はSNSのチェックをしていると、とんでもない書き込みを見つけた。コレに清子は気が付いているのだろうか。
あわてて清子に連絡を入れる。するとすぐに清子は電話に出た。
「清子。SNSを見たか。……そう。わかった。削除要請をかけているんだね。」
それは「pink倶楽部」のウェブ担当が、別サイトを立ち上げて無料のAVを流しているという噂だった。
そのサイトのリンク先も載っていて、そこをクリックするとセキュリティソフトが作動した。どうやらスパムらしい。清子はそれを携帯でチェックして、書き込んだ人物に削除するように言っているらしい。ここのSNSを利用してスパムに引き込もうなど、そんな安易な手が通用するとでも思っているのだろうか。
だが次々とあらぬ噂が書き込まれている。ウィルスを作っているだの、ヤクザと手を組んでいるだの、顔が見えないことで言いたい放題だ。
こう言うのも覚悟をしていないといけないのかもしれない。だが清子が居ないところであらぬ噂を立てられるのは気分が悪い。
そのとき新しい書き込みが目に留まった。
「冬山祥吾の親戚が「pink倶楽部」のウェブ担当だ。冬山祥吾のゴー図と問題も一役買っているに違いない。」
デマだ。だが親戚なのは事実だ。とにかく清子がこちらに帰ってきたらどうするのか聞いてみよう。そのときだった。
「正木編集長。ここにいたんですか。」
入ってきたのは、朝倉だった。朝倉も今日は休みだったので、私服姿だ。
「あぁ。お疲れさまです。」
「SNSが荒れてますね。対処が徳成さんから追いつかないと聞きました。」
「えぇ。」
「俺から対処をしておきます。それから……知り合いにも声をかけました。」
「知り合い?」
「えぇ。性格には少し難があるけれど、頼りになります。」
朝倉はそういって、少し笑った。そうだ。しばらくすればここは清子が居なくなるのだ。こう言うときは、朝倉なり、IT部門の人を頼らないといけないのだ。今まで、清子一人に押しつけていた問題を解決することが出来るのだから。
一度、会社に戻ってパソコンのSNSをチェックしようかと、史はそのまま会社の方へ向かった。すると玄関ホールでも、忙しそうに文芸誌の人たちや週刊誌の人たちが動き回っている。
「記者会見って明日ですか。」
「その女性の姿ってまだわかりませんか。」
冬山省吾のことだろう。表だってゴーストライターを雇っているとは言えなかったがコレで表立ってしまうのだから、芯でも騒がしい人だと思っていた。
また清子の周りが騒がしくなるのだろうか。いいや。それはない。清子は本当に何も知らないのだから。聞いたところで情報は得られないのは、冬山省吾が死んだときにはっきりしているはずなのだから。
ふと、そのとき会社にはいるためのパスを発行する発券機の前で、和服の男が画面を見ながら首を傾げているのが見えた。出版社なのだから、高齢の人も来ることはあるのだろうにやはりこういうシステムはわかりづらいのだろう。
「お困りですか。」
史は声をかけると、男は史の方を振り返る。グレーの髪と、切れ長の目は、どこかの役者のようにも見えるような男だと思う。
「何か、パスを発行しないといけないと聞いたのですが、どうやって発行するのか。」
「最初の画面に戻りますよ。」
ホームと書いているところを指で触れ、ゲストというところに触れる。
「どこの階に用事ですか。」
「文芸誌です。」
「八階です。」
「なるほど。」
不器用ながらも無事に発券を終えて、そのパスを手渡す。
「助かりました。ありがとう。」
「いいえ。お役に立てて。」
すると男はじっと史の方をみる。それにつられて史も男を見た。どこかで見た顔だと思う。そうだ。
「あなた……もしかして……。」
「失礼。時間が迫っているので。」
そういって男は、ゲートの方へ向かう。そして史もゲートをくぐって、中に入っていった。
「あの……。」
「何か?」
「もしかして……清子の……。」
その名前に男は驚いて史をみる。そうか。清子にけしかけた男がいるといっていたのは、こっちの方だったのか。
「人違いでしょう。」
「その着物……。」
「着物?私の趣味ですが。」
「冬山省吾さんがまだご存命の時、会ったことがあります。その着物を着ていたときも見たことがある。」
その言葉に男はすっと目を細めた。
「省吾兄さんの、君は担当ですか。」
「いいえ。俺は……文芸誌でも何でもないです。」
「エロ本の編集長。でしょう。」
その言い方にはとげがある。ろくな人ではないのだろうと思っていたが、初対面にその口の効き方はない。
「文芸誌に何を?」
「さぁ……何の用事でしょうね。想像も付きません。」
想像は付いているはずだ。冬山省吾のニュースはずっと流れているのだから。
「もうすぐ清子が帰ってきます。」
「どこかへ行っていたというわけですか。」
「仕事です。」
「やれやれ。そうやって仕事ばかりしている女になったとは。きっと可愛らしさのかけらもない女になったのだろう。」
その言葉にさらにむっとした。口が悪い人というのは、晶で慣れているつもりだった。だがそれ以上に人の逆鱗にわざと触れているのではないかと思うくらいとげがある。もし晶がこの場にいたら、間違いなく喧嘩になっていただろう。
「あなたは何をしていたんですか。」
「俺?」
「産まれた子供を母親の所に置き去りにして、その母親が死んだときもあなたは出なかったそうですね。清子がそれからどうやって生きて来たかも知らないで。」
「女は女というだけで売り物になる。エロ本だってそうでしょう。」
「なっ……。」
食えないなら女を売り物にして稼げとでもいいたいのか。それでも父親だろうか。
「男は稼ごうと思えば汗水垂らさないといけないが女は違う。どんな不細工でもデブでも売り物になる。全く、女というのは特だ。」
「あなた……それでも父親ですか。」
「父親になどなった覚えはない。」
「……。」
「あなたが勝手にそうだろうと決めつけただけでしょう。」
確かにそうだ。この男が徳成清吾だという証拠は何一つ無い。史が勝手に言っているだけだ。
そのときエレベーターがやってきた。それを開くと数人の人たちが降りていった。そして男はエレベーターに乗り込んでいく。
「乗らないんですか。」
頭がいい男だ。そして清子によく似ている。頭の回転も、顔も、清子によく似ている気がした。
エレベーターに乗ると、扉が閉まる。中は二人しかいない。横に並んでいると、ちらっと男を見た。首のあたりに黒いものが見える。それは見覚えがある。入れ墨だ。
その入れ墨を入れている男が別にも居たはずだ。誰だ。よく思い出せ。
エレベーターが八階に到着して、男が降りていく。そして残された史は壁にもたれ掛かると、ため息を付いた。清子に会わせなくて良かったと思う。
誰もいないオフィスで史はSNSのチェックをしていると、とんでもない書き込みを見つけた。コレに清子は気が付いているのだろうか。
あわてて清子に連絡を入れる。するとすぐに清子は電話に出た。
「清子。SNSを見たか。……そう。わかった。削除要請をかけているんだね。」
それは「pink倶楽部」のウェブ担当が、別サイトを立ち上げて無料のAVを流しているという噂だった。
そのサイトのリンク先も載っていて、そこをクリックするとセキュリティソフトが作動した。どうやらスパムらしい。清子はそれを携帯でチェックして、書き込んだ人物に削除するように言っているらしい。ここのSNSを利用してスパムに引き込もうなど、そんな安易な手が通用するとでも思っているのだろうか。
だが次々とあらぬ噂が書き込まれている。ウィルスを作っているだの、ヤクザと手を組んでいるだの、顔が見えないことで言いたい放題だ。
こう言うのも覚悟をしていないといけないのかもしれない。だが清子が居ないところであらぬ噂を立てられるのは気分が悪い。
そのとき新しい書き込みが目に留まった。
「冬山祥吾の親戚が「pink倶楽部」のウェブ担当だ。冬山祥吾のゴー図と問題も一役買っているに違いない。」
デマだ。だが親戚なのは事実だ。とにかく清子がこちらに帰ってきたらどうするのか聞いてみよう。そのときだった。
「正木編集長。ここにいたんですか。」
入ってきたのは、朝倉だった。朝倉も今日は休みだったので、私服姿だ。
「あぁ。お疲れさまです。」
「SNSが荒れてますね。対処が徳成さんから追いつかないと聞きました。」
「えぇ。」
「俺から対処をしておきます。それから……知り合いにも声をかけました。」
「知り合い?」
「えぇ。性格には少し難があるけれど、頼りになります。」
朝倉はそういって、少し笑った。そうだ。しばらくすればここは清子が居なくなるのだ。こう言うときは、朝倉なり、IT部門の人を頼らないといけないのだ。今まで、清子一人に押しつけていた問題を解決することが出来るのだから。
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