不完全な人達

神崎

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行方

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 夕方頃になり、やっと本社の前に降り立った。ここに来ていた人のほとんどは、明日も仕事をするらしい。史もまた同じだった。遊び半分だった研修旅行みたいなものだし、温泉にも入ってゆっくり出来たが、その分複雑な気持ちになったのは史だけではなかったように思える。
「あの……。」
 荷物を持って帰ろうとした史に、声をかけたのは安西だった。ずっと顔を合わせることもなく、当然声をかけることもなかった安西に声をかけられるとは思ってもなかった。
 夕べのことはそういう態度をとることで、言わなくてもお互い忘れようと言っているようだと思っていたのに、どうして安西の方から声をかけたのかその真意はわからない。
「どうしました。」
「そちらの部署にいる久住さんと連絡を取りたいのですが。」
 意外な名前に、史は少し驚いた。そしてやはり晶と安西は繋がっていたのかという疑問は、徐々に確信へ変わっていく。
「久住?どうして?」
 だが表情には出さない。いかにも今聞いたような態度で聞いた。
「H道へ行って指定した写真を撮ってきて欲しいとお願いしたんです。撮れたら連絡がくるようになってたんですけど、まだ連絡がなくて。」
 その言葉に史は少しほっとした。自分と離して、清子と晶をくっつけようとしたわけではなかったのだ。純粋に安西は晶に写真を撮ってきて欲しいと願っただけだ。清子のことは全く関係なかったのだろう。
「まだ飛行機かもしれませんけど、一応連絡をしてみます。」
 そういって史はポケットから携帯電話を取り出した。そして晶に連絡を取る。
 その口元を見て安西は複雑な気持ちになっていた。夕べ、その口が自分の口を塞いだのだ。恋人はいるが、本当に満足しているのかはわからないと思ったのは本音だった。
 自分の恋人は、AV関係につとめているまだ新米のスタッフだった。将来は監督業につきたいと、必死で動いているように見えるが、今は雑用しかさせてもらっていないらしい。
 その上、男優の都合が悪かったり、女優が男優にNGが出たりすれば、その男が代役をすることもある。それが一番やるせなかった。
 AV女優というのは、自分よりも遙かに経験値は上だろう。何も知らない安西にとっては、男が退屈をするのかもしれないと言うのは本音だった。だから夕べ、史に急にキスをされたときときめかなかったと言えば嘘になる。
「今、飛行機を降りたそうなので、夜には画像を送るそうです。」
「そうでしたか。すいません。お手間をかけました。」
「急いで作るような本を?」
「遺作なんです。冬山先生の。」
「あぁ……。」
 この新聞社でずっと連載をしていた冬山省吾の作品は掲載されていた分と、校閲前のもの、そして省吾の自宅にあった原稿で完結するらしい。それを出版すれば、また大きく売れるだろう。その作品は人気があったのだから。
「……雪国の話だったから、雪の写真を表紙にしたいと冬山先生も生前おっしゃってましたし。」
「だから久住に?」
「あちらの方でスキージャンプの大会とお祭りと、なんだかんだと撮影があったそうなので、ついでに撮ってきて欲しいとお願いしてたんです。」
 だが、安西にはコレを出版していいのだろうかと迷いがあった。この作品の作風は、春川が作っているものに似ている。そして自宅にあった原稿も誰かが書いたものを修正したものだった。つまり、アイデアは春川に。本編の大まかな流れを誰か違う人が書いたとも言える。
「安西さん。夕べおっしゃってたことなんですけど。」
「え?」
 わざとキスをしたり抱きしめたことを避けていたのに、史はそれを掘り起こそうとしているのだろうか。そんな無神経な男だったのだろうか。
「冬山先生のことで。」
「あぁ……。」
 勘違いだったのだ。安西は少しほっとしたように史を見上げる。
「その作品は、冬山先生の遺作とおっしゃってましたが……と言うことは後期の?」
「えぇ。だから迷っているんです。別の出版社は遺作や過去作を新装版として出版していて、そこそこの数字を出しているんです。だからうちの会社も出版しろと言う上からの声があるんです。でもやはり私にはどうしても、盗作のようにしか思えなくて。」
「……春川さん本人は何か言っているんですか?」
「没にした原稿をどう扱われようと知ったことじゃない。とおっしゃっています。」
 春川らしい答えだ。きっときっぱりとそういったのだろう。そして春川自身は、また小説のネタを探しに奔走している。今度、純文学の路線で出版するものがあるらしいが、それと同時に嵐というAVの監督が発売するストーリーセックスの脚本を書くらしい。
「会社が発売しろと言っているのだったら、それに従うしかないですよね。」
「雇われ人ですし。自分が出版社を経営しているなら、そんな作品を出版するとは言いませんけど。」
 やはりそれだけ安西もプロ意識が強いのだ。その辺が清子によく似ている。もし清子が同じ立場になったら、清子ならもっと強く言って出版させないと言うのかもしれない。自分の意にそぐわないことはなるべくしたく無いという女性なのだから。そしてそれは晶の方が強い気がする。
 そのとき、安西の元に一人の女性が駆け寄ってきた。
「安西さん。」
 背の低い少しぽっちゃりとした女性だった。どうやら会社の中にいたらしい。
「どうしました。安藤さん。」
「大変です。すぐに会社に戻ってくださいませんか。」
「今日は休みだったでしょう?どうして……。」
「「白夢」の出版を取りやめだと林田常務が。」
「え?」
 「白夢」というのは冬山省吾の遺作の作品で、コレを出版する予定だったはずだ。そして二の足を踏んでいた安西に、出版しろと発破をかけたのが、林田という上司だったのにどうして今更差し止めると言ってきたのか。
「週刊誌に冬山省吾さんのゴーストをしていたという方のインタビュー記事が掲載されるらしいんです。」
「え?」
「今電子版にはもう掲載されていて……。真実なら、他の作品も差し止めになるかもしれないと。」
「……。」
 恐れていたことが事実になった。安西は手をぎゅっと握り、荷物を手にすると史の方を見上げた。
「すいません。会社に戻りますので。」
「……頑張ってください。」
 そういって安藤とともに安西は新聞社の方へ急ぎ足で駆け出していった。
 やはり表にでたか。史はそう思いながら、携帯電話のニュース記事をみる。そこにはトップニュースで「冬山省吾の裏の顔」と書いてあった。
 春川が表にでて冬山省吾について話をしたのは、女性関係のことについてだけだった。春川が十八の時押し掛けるような形で助手になった。二十になったら結婚したと思いこんでいた。妻だからと我慢していたのだがそれも限界だったと春川は言っていたが、春川は肝心なことを言っていなかったのだ。
 冬山省吾が模倣をしてのし上がった作家であること。
 自分の作品を冬山省吾の作品として公表していたこと。
 それは作家として冬山省吾をそこまで落としたくなかったという、春川の慈悲の心からだったかもしれない。だがそれも崩れた。
 史はそう思いながら、その記事を読んでいた。冬山省吾のゴーストライターは顔こそ出していなかったが、やはり女性だった。体つきや腕の細さから見ると、細身で体の小さな人だと言うことはわかる。
 おそらくこういう人が好きだったのだろう。そしてそれは清子の特長にもよく似ていた。
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