不完全な人達

神崎

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北と南

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 宿のロビーには暖炉があり、ソファーやテーブルがある。片隅にはバーカウンターがあり、そこで酒を飲んでいる人もいた。だが史の興味は酒というよりも、棚に置いてあった本だった。それを手にすると、春川の新刊が置いてあった。それを手にすると、赤い表紙が目に留まる。そして和服の着崩した女性の後ろ姿があり、後れ毛が顔を見なくても色っぽいと思った。
 官能小説に部類するが、女性向けに作っているらしくその内容は体の快感もさることながら、心情の動きも見事に表現刺されていると話題になっている。そして「時代劇は時代遅れだ」と言われているのに、この作品はドラマになるらしい。深夜枠だがこの間の濡れ場のシーンはどうやって映像にするのだろう。
 そう思っていたときだった。後ろからコップを持った安西が史の所へやってくる。
「いい本がそろってますね。」
 安西も数並んでいる本を手にした。安西が手にしたのは、文芸の世界では重鎮と言われている男の小説で、ヨーロッパの方を舞台にした恋愛小説だった。
「誰の趣味なんですかね。春川さんのものもあるなんて。」
「あら。でも、春川さんはきっとこれから十八禁の小説以外でも書いていきますよ。この間の文芸誌に載っていた話も面白かったし、評判も良かったのでしょうね。」
「そうなんですか。」
「あまり興味はありませんか?」
「いいえ。ただ……AVなんかに出ていた人が普通の映画に出るのも結構難しい時代ですし、官能の部類を書いていた人がそんなに簡単に全年齢ものを書けるのかなと思って。」
「文芸の世界は結構そう言う人は多いですよ。日下部芳郎先生って知ってますか。」
「あぁ。絵本を書いている人でしょう。」
「その方も、昔は官能小説を書いていたんですよ。」
「え?」
 それは意外だった。子供向けの絵本を書いている人だと思っていたのに、昔は官能の部類を書いていたとは思っても見なかった。
「まぁ……日下部先生は、まだましな方ですね。」
「まし?」
「去年でしたかね。春川さんは冬山祥吾先生の模倣をしてたかもしれないと疑いがかかったでしょう?」
「あぁ……。噂では。」
 冬山祥吾の噂が立ち、連載している文芸誌に連載を載せられなくなったことがある。その穴を埋めるのに、春川が小説を書いたのだ。しかしその話は、別雑誌の冬山祥吾の話によく似ていると噂が立ち、結局、春川は全くテイストの違う話を載せたのだ。
 つまり、春川は冬山に譲歩した形になる。
 しかし春川に疑いが晴れたわけではない。慎重な出版社は、春川の作品を載せたり出版したりすることを、未だに躊躇しているようだ。
「私は、冬山先生が春川さんを模倣したと思っています。」
「え?」
 それが真実なら、大きな騒ぎになるだろう。春川が表に出て主張したのは、夫婦のように同居していたこと。自分が妻であると信じていたこと。だが、実際は戸籍にも入っていなかったこと。だが妻であると信じて、冬山の浮気癖を黙認していたことであり、模倣のことはいっさい話をしていなかった。
 そこまで冬山の権威を地に落としたくなかったのだろう。
「冬山先生は、昔からゴーストライターを使っていましたから。」
「ゴースト?」
「そういう専門の人がいるんです。その人が書いたものを修正して、あたかも自分が書いたように発表する。私はずっと冬山先生の担当をしていたし、作風が変わったら代えたんだなと思っていたくらいですから。」
 それでも祥吾を止められなかったのは、会社のためだろうか。それとも自分のためだろうか。
「もう亡くなった人のことですよ。」
「そうですね。今更グダグダ言っても仕方ない。」
 史は本を棚に戻すと、安西の手に持っているカップをみる。薄い黄色の液体で、湯気が立っていた。
「それは何ですか?」
「ハーブティーです。この時間にコーヒーとか紅茶を飲むと、カフェインが気になるから。」
「そうですね。じゃあ、俺ももらおうかな。」
 清子なら迷わず酒を飲んでいたかもしれない。だが今は酒を飲む気分にもなれないし、紅茶やコーヒーを飲むよりは確かにハーブティーなどが良いかもしれない。
 歳が近いからかもしれないが、あまり気を追うこともなく無理しないで話の出来る相手だと思う。昔から母親がいなかった。だからこういう色気のない女性に惹かれるのかもしれない。

 その深夜。史はトイレに行きたくなって、部屋を出た。部屋それぞれにトイレはあるが、他の人が入っていたので外に出たのだ。
 廊下の窓からは、光が見えない。都会ではないので外は真っ暗なのだろう。わずかに見えるのは街灯の光だけだった。
 そして用を足すと、隣の女性トイレからも人が出てきた。それは安西だった。
「あ……。」
「……寝る前にお茶を飲んだからかもしれませんね。ちょっと近くなっちゃって。」
 歳を取るとトイレも近くなる。安西はそう思いながら、部屋に戻ろうとした。だがふと足を止める。
「何?」
「どうしました?」
 史はそういって足を止めた安西の視線の先を見る。ドアが少し開いていて向こうから何かの音がしたのだ。それは水の音のような音と、苦しそうな女性の声。
「……ここって……部長の部屋でしたっけ。」
 部長ほどの地位になると個人の部屋が割り当てられていたのだ。部長とは、今回の新規の雑誌の立ち上げの総責任者だった。
 その部屋から何かの音がする。それが気になったのだろう。安西はそのままその開いている部屋をのぞき見た。史もそれに習ってそこをみる。
「あっ……あっ……。部長……深い……。奥まで来てる!」
「堀さんもこんなに乱れるとはな。普段のつんとした顔と然違う。くっ!持って行かれそうだ……。そんなに絞めるな。」
「んっ!だって!あっ!」
「ほら。上になるんだ。自分で腰を振って見ろ。」
 腹が出ている部長の、その上に堀は全裸の状態で乗りかかる。そしてその性器に再び入れ込むと、自ら腰を振った。その度に堀の豊かな胸が揺れる。
 昔よりももっと淫乱になった。史はそう思いながら、安西をみる。しかし安西は顔を青くしてそのドアを閉めた。
「部長も……堀さんも結婚なさってますよね。」
「えぇ。」
「でも……何でこんな事……。」
「……。」
 史は頭をかいて、安西にいう。
「好きで結婚したのでしょう。でも、感情だけではどうにもならないことは、沢山あるんですよ。」
「え?」
「体の相性というか……。」
「……。」
 常に史は清子に対してもやもやしたものがあった。確かに清子は、ベッドの上で相当乱れる。だが、それが清子にとって望んでいるのか。それにこの間、どうして入れ込んだ後にくわえてきたのだろう。そんなことを教えた覚えはないのに。
「正木編集長?」
「あ。すいません。ちょっと考え事を。」
 安西はため息を付いてドアをみる。
「まぁ……本人たちが良ければ、私たちが言うことではないですよね。」
 言葉ではそういうが、安西は冷静ではなかった。このままおとなしく部屋に帰って、布団の中に入っても寝れないかもしれない。
「水でも買ってこようかな。」
 そういって安西は階段を下りようとした。そのときだった。階段の脇にある倉庫からも音がした。
「え?」
 気になってそこをそっと開ける。するとやはりここでも今度は、スポーツ雑誌担当の男と、文芸誌の女性がセックスをしている。誰かに見られるかもしれないというスリルが、さらに二人を乱れさせるのだろう。
「……。」
 夏に、清子とのぞきをしたことがある。そのときとよく似ていた。安西は冷静になろうとしているのに、頬が赤い。それだけ清子ほど冷静になれないのだ。
「……。」
 困ったように安西は史を見上げる。すると史はその顔を見て、清子とかぶらせた。清子も同じように史を見上げていたからだ。
 思わずその体を抱きしめた。清子よりももっと肉が付いていて、柔らかい体だった。
「あの……。」
「静かにしてもらえますか。気づかれるし。」
 お互いの鼓動が聞こえる。安西は史を見上げると、そのまま吸い寄せられるように唇を重ねた。
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