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告白
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IT部門の仕事を終えて、清子はゲートをくぐろうとしたときだった。
「清子。」
声をかけられて、振り向く。そこには、史の姿があった。
「遅かったね。」
「史も今終わったんですか?」
「人事部にね。用事があった。」
清子はパスをかざして外に出ると、史もまた一緒に出る。そして外に出ると、雨が降っていたことにやっと気が付いた。
「雨か。」
「降るとは言ってなかったんですけどね。」
携帯電話の予報も当てにならないものだ。そう思いながら、清子は折り畳みの傘をバッグから取り出した。
「入れていってよ。」
「折り畳みの傘は狭いですよ。」
「コンビニまでだから。」
そのとき後ろから晶がやってきた。二人をじゃまするように割ってはいる。
「お、雨か。さっき曇ってたもんな。」
「久住。」
邪魔をしにきたのか。そう思って史は少し不機嫌な顔になる。
「清子、お前用意良いな。」
「いつも入ってますから。」
「俺も見習ったよ。ほら。」
そう言って晶はバッグから傘を取り出す。そして史を見るとにやっと笑った。
「何?編集長持ってないの?傘。」
「今朝のあの天気で傘を持ってこないよ。」
「ふーん。コンビニまで入れようか?」
「いいよ。清子のにはいるから。」
「清子の折りたたみ、超小さいよ。一人で精一杯。俺のに入れば?」
「男同士で入ってもな。」
「傘忘れたヤツが何言ってんだよ。」
そう言って晶は傘を広げる。本当は清子と二人にさせたくなかった。表向きには清子は史の恋人なのだ。横恋慕しているのは自分で、邪魔をしているのも自分で、でも誰よりも清子を愛している。その自信だけで隣にいた。
雨の中、三人は駅へ向かって歩いていると、向こうから目立つ女性が歩いてきている。それは仁だった。今日は紫のレースがふんだんに付いたドレスを着ているようだった。肩からは白いショールを掛けている。
「あら。お揃いで。」
この雨でもばっちりしたメイクだった。
「仁。」
「今帰り?この間まで校了だったんでしょう?」
「あぁ。明神の帰りが遅かっただろう?」
「あたしと同じ時間に帰ってきたわ。それでシャワーだけ浴びてまた出て行ったんだから、今度の職場ではそんなことはないように願いたいものね。」
仁はとても香子を大切にしている。だから生活が不規則なこの仕事場をあまりよく思っていないようだ。
「校了前だけだよ。仁はライブハウスの様子はどうだ。」
「そうね。夏くらいに開店できそう。出来たらいらしてね。」
「あぁ。そうするよ。」
そう言って清子の方に目を向ける。清子はあの謝恩会の時以来、店には来ていない。だが清子には気になることがある。
「徳成さん。ちょっと相談があるのよ。会ったらで良いかとは思ってたんだけど。」
「どうしました?」
「立ち上げるライブハウスのホームページを作ったの。でもほら、今はあまりパソコンのウェブ上ではみんな見ないでしょう?だから、スマホ用のページを作りたいと思って。」
「あぁ。そうでしょうね。今はパソコンよりも、スマホで見る人が多いでしょうから。パソコンはどこにありますか?」
「お店。よかったら見てくれないかしら。」
「そうですね。わかりました。」
そう言って清子は駅へ行きかけた足をまた逆に進める。
「おい。清子。」
この行動には、晶も史も驚いた。あっさり仁についていく清子の後ろ姿を見て、ため息をつく。ふと見ると、晶も呆れたように清子を見ていた。
「あいつ、頼まれたら断らないな。」
「それだけ必要だって思われたいんだろう。いつか言っていた。派遣先でどうしても若かったし、技術が伴わない時はいらないと言われたこともあるそうだ。」
「でもまぁ……言われるよな。俺も言われたことがあるし。」
「だからだろうな。必要だと言われることがとても嬉しいらしい。」
史はその辺をあきらめているところがある。AVに居たときも、自分の代わりはいくらでもいると思われていたから。実際沢山いる。AV載せ会は椅子取りゲームで、我先にという考えがないと生きていけないのだ。
史はその辺ががつがつしていなかったから、五年も汁男優だったのだ。そしてその根性は今でも変わらないのかもしれない。
「編集長さ。」
「ん?」
「あの新しい編集長、ちょっと考えた方が良いかもな。」
「あぁ。だから違う人が良いと言いに行ったんだ。」
「え?」
「悪いけど、男はこうではないといけないとか、女はこうではないといけないと言う考え方は、今の世の中にはあっていない。出来ればこれから編集長になるような人は、LGBTの世界も踏み込める根性がある人が良いと思う。」
「……そっか。」
割と腹黒いところがある。晶はそう思いながら、コンビニで史と別れた。そして繁華街の方へ目を向ける。
清子は仁と一緒に行ってしまったのだ。仁と何があるとは思えない。だが、この間香子にはばれてしまったのだ。清子とただならぬ関係であること。
清子はもう開店しているバーの片隅で、ノートパソコンを前に作業をしていた。そしてそれが一段落付くと、携帯電話を手にする。
「もう終わったの?」
仁は驚いて清子をみる。
「えぇ。こだわりがあるようであれば、一から作った方が良いかもしれませんが、とりあえず簡易的なスマホ用のページを作りました。」
携帯電話を差し出して、画面を見せる。
「ここをタップすると、カレンダーが出ます。管理者ページから、ライブの予定を入れることが出来ますし、こっちをタップするとメッセージを送ることが出来ます。それから、パソコンのウェブページにQRコードと、スマホ用のリンク先を載せてます。」
「ありがとう。後でじっくり見させてもらうわ。それにしてもこんなにあっという間に出来るのね。」
「えぇ。元々ページがあったので、後は縮小しただけですけど。」
「ううん。あたしも、蓮もこういったことにはぜんぜん詳しくなくてね。あ、何か飲む?お礼にご馳走するわ。」
「いいんですか?遠慮しませんよ。」
「一杯だけね。ジンが好きっていってたかしら。」
「ジンライムを。」
「これね。」
水色のボトルを取り出して、氷とジンを注ぐ。そしてライムを少し絞って、コースターとともに清子の前に差し出した。
「これ、あまり癖がないわよね。」
「でも美味しいです。」
放っておいたら、何杯でも飲んでしまうのだ。一杯だけといっておいて良かった。
まだ早い時間なのであまり客はいない。だがちらほらと外国人がいる。
「史とはうまくいっている?」
蓮と言われた男はその外国人と、音楽について話をしているようだ。それがかえって都合が良い。
「えぇ。私にはもったいないくらい。」
清子は灰皿を受け取ると、煙草を取り出して火をつける。そしてそのジッポーを見た。前のジッポーを見ると祖母のことを思いだして苦しかったが、今のジッポーを見ても晶のことを思い出す。それが少し苦しい。
「史は一途だものね。でもその分、恋人を自分のものにしようとするところがある。嫌ね。恋人であっても、一個人であることは変わらないのに。」
「はぁ……。」
「香子はそういうところが嫌だったっていってたわ。」
そういえば香子は史とつきあっていた時期があったのだ。
「徳成さんは窮屈にならない?」
「わからないです。あの……私には、何が良いとか、何が良くないとかよくわからなくて。」
「お洋服とか?」
「そうですね。縁がなく育ってきたので。」
「だったら初めて「好きだ」って思ったってこと?」
「……史のことですか?そうですね。」
「だったらこれから一つ一つ、手にとって自分が好きなのか、嫌いなのか、何の感情もないのか、そう言うことが今から増えてくるわ。よく見極めることね。」
仁はそう言って少し笑った。きっと香子の恋人であれば、何もかも知っているだろうに、仁は何も言わない。そういうところが、偽善者なのだろうか。
「清子。」
声をかけられて、振り向く。そこには、史の姿があった。
「遅かったね。」
「史も今終わったんですか?」
「人事部にね。用事があった。」
清子はパスをかざして外に出ると、史もまた一緒に出る。そして外に出ると、雨が降っていたことにやっと気が付いた。
「雨か。」
「降るとは言ってなかったんですけどね。」
携帯電話の予報も当てにならないものだ。そう思いながら、清子は折り畳みの傘をバッグから取り出した。
「入れていってよ。」
「折り畳みの傘は狭いですよ。」
「コンビニまでだから。」
そのとき後ろから晶がやってきた。二人をじゃまするように割ってはいる。
「お、雨か。さっき曇ってたもんな。」
「久住。」
邪魔をしにきたのか。そう思って史は少し不機嫌な顔になる。
「清子、お前用意良いな。」
「いつも入ってますから。」
「俺も見習ったよ。ほら。」
そう言って晶はバッグから傘を取り出す。そして史を見るとにやっと笑った。
「何?編集長持ってないの?傘。」
「今朝のあの天気で傘を持ってこないよ。」
「ふーん。コンビニまで入れようか?」
「いいよ。清子のにはいるから。」
「清子の折りたたみ、超小さいよ。一人で精一杯。俺のに入れば?」
「男同士で入ってもな。」
「傘忘れたヤツが何言ってんだよ。」
そう言って晶は傘を広げる。本当は清子と二人にさせたくなかった。表向きには清子は史の恋人なのだ。横恋慕しているのは自分で、邪魔をしているのも自分で、でも誰よりも清子を愛している。その自信だけで隣にいた。
雨の中、三人は駅へ向かって歩いていると、向こうから目立つ女性が歩いてきている。それは仁だった。今日は紫のレースがふんだんに付いたドレスを着ているようだった。肩からは白いショールを掛けている。
「あら。お揃いで。」
この雨でもばっちりしたメイクだった。
「仁。」
「今帰り?この間まで校了だったんでしょう?」
「あぁ。明神の帰りが遅かっただろう?」
「あたしと同じ時間に帰ってきたわ。それでシャワーだけ浴びてまた出て行ったんだから、今度の職場ではそんなことはないように願いたいものね。」
仁はとても香子を大切にしている。だから生活が不規則なこの仕事場をあまりよく思っていないようだ。
「校了前だけだよ。仁はライブハウスの様子はどうだ。」
「そうね。夏くらいに開店できそう。出来たらいらしてね。」
「あぁ。そうするよ。」
そう言って清子の方に目を向ける。清子はあの謝恩会の時以来、店には来ていない。だが清子には気になることがある。
「徳成さん。ちょっと相談があるのよ。会ったらで良いかとは思ってたんだけど。」
「どうしました?」
「立ち上げるライブハウスのホームページを作ったの。でもほら、今はあまりパソコンのウェブ上ではみんな見ないでしょう?だから、スマホ用のページを作りたいと思って。」
「あぁ。そうでしょうね。今はパソコンよりも、スマホで見る人が多いでしょうから。パソコンはどこにありますか?」
「お店。よかったら見てくれないかしら。」
「そうですね。わかりました。」
そう言って清子は駅へ行きかけた足をまた逆に進める。
「おい。清子。」
この行動には、晶も史も驚いた。あっさり仁についていく清子の後ろ姿を見て、ため息をつく。ふと見ると、晶も呆れたように清子を見ていた。
「あいつ、頼まれたら断らないな。」
「それだけ必要だって思われたいんだろう。いつか言っていた。派遣先でどうしても若かったし、技術が伴わない時はいらないと言われたこともあるそうだ。」
「でもまぁ……言われるよな。俺も言われたことがあるし。」
「だからだろうな。必要だと言われることがとても嬉しいらしい。」
史はその辺をあきらめているところがある。AVに居たときも、自分の代わりはいくらでもいると思われていたから。実際沢山いる。AV載せ会は椅子取りゲームで、我先にという考えがないと生きていけないのだ。
史はその辺ががつがつしていなかったから、五年も汁男優だったのだ。そしてその根性は今でも変わらないのかもしれない。
「編集長さ。」
「ん?」
「あの新しい編集長、ちょっと考えた方が良いかもな。」
「あぁ。だから違う人が良いと言いに行ったんだ。」
「え?」
「悪いけど、男はこうではないといけないとか、女はこうではないといけないと言う考え方は、今の世の中にはあっていない。出来ればこれから編集長になるような人は、LGBTの世界も踏み込める根性がある人が良いと思う。」
「……そっか。」
割と腹黒いところがある。晶はそう思いながら、コンビニで史と別れた。そして繁華街の方へ目を向ける。
清子は仁と一緒に行ってしまったのだ。仁と何があるとは思えない。だが、この間香子にはばれてしまったのだ。清子とただならぬ関係であること。
清子はもう開店しているバーの片隅で、ノートパソコンを前に作業をしていた。そしてそれが一段落付くと、携帯電話を手にする。
「もう終わったの?」
仁は驚いて清子をみる。
「えぇ。こだわりがあるようであれば、一から作った方が良いかもしれませんが、とりあえず簡易的なスマホ用のページを作りました。」
携帯電話を差し出して、画面を見せる。
「ここをタップすると、カレンダーが出ます。管理者ページから、ライブの予定を入れることが出来ますし、こっちをタップするとメッセージを送ることが出来ます。それから、パソコンのウェブページにQRコードと、スマホ用のリンク先を載せてます。」
「ありがとう。後でじっくり見させてもらうわ。それにしてもこんなにあっという間に出来るのね。」
「えぇ。元々ページがあったので、後は縮小しただけですけど。」
「ううん。あたしも、蓮もこういったことにはぜんぜん詳しくなくてね。あ、何か飲む?お礼にご馳走するわ。」
「いいんですか?遠慮しませんよ。」
「一杯だけね。ジンが好きっていってたかしら。」
「ジンライムを。」
「これね。」
水色のボトルを取り出して、氷とジンを注ぐ。そしてライムを少し絞って、コースターとともに清子の前に差し出した。
「これ、あまり癖がないわよね。」
「でも美味しいです。」
放っておいたら、何杯でも飲んでしまうのだ。一杯だけといっておいて良かった。
まだ早い時間なのであまり客はいない。だがちらほらと外国人がいる。
「史とはうまくいっている?」
蓮と言われた男はその外国人と、音楽について話をしているようだ。それがかえって都合が良い。
「えぇ。私にはもったいないくらい。」
清子は灰皿を受け取ると、煙草を取り出して火をつける。そしてそのジッポーを見た。前のジッポーを見ると祖母のことを思いだして苦しかったが、今のジッポーを見ても晶のことを思い出す。それが少し苦しい。
「史は一途だものね。でもその分、恋人を自分のものにしようとするところがある。嫌ね。恋人であっても、一個人であることは変わらないのに。」
「はぁ……。」
「香子はそういうところが嫌だったっていってたわ。」
そういえば香子は史とつきあっていた時期があったのだ。
「徳成さんは窮屈にならない?」
「わからないです。あの……私には、何が良いとか、何が良くないとかよくわからなくて。」
「お洋服とか?」
「そうですね。縁がなく育ってきたので。」
「だったら初めて「好きだ」って思ったってこと?」
「……史のことですか?そうですね。」
「だったらこれから一つ一つ、手にとって自分が好きなのか、嫌いなのか、何の感情もないのか、そう言うことが今から増えてくるわ。よく見極めることね。」
仁はそう言って少し笑った。きっと香子の恋人であれば、何もかも知っているだろうに、仁は何も言わない。そういうところが、偽善者なのだろうか。
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