不完全な人達

神崎

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香水

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 チャイムが鳴り、清子は眼鏡をかけ直すと晶から離れる。そして玄関ドアへ向かった。のぞき穴から向こうを見ると、普段はしないチェーンをして、ドアを開ける。
「はい。」
「あー。三〇五の駐車場に入れてるのここの人?赤のの軽自動車。」
 男の声だった。清子は後ろを振り向くと、晶はうなづいた。
「あ……すいません。たぶん間違えて入れてるんだと思います。」
「困るよ。車停まってるからさ。」
「うちの駐車場に入れて下さい。」
「頼むよ。」
 そう言って男は行ってしまった。ドアを閉めると少しほっとした自分が居る。史ではなかった。その罪悪感がある。そのとき後ろから声がかかった。
「清子。ビールが温くなる。残ってるし飲もう。」
 振り向くと、晶がテーブルの席に置いてあるビールを手にしていた。清子もいすに座るとビールを手にした。まだあと半分くらい残っている。
「悪いな。今日代行で来たから、たぶん駐車場間違えて入れてる。」
「やってしまったモノは仕方ないですよ。次からお願いします。」
 晶はその言葉に少し笑った。
「次があるんだ。」
「……。」
 頬を少し赤らませて、清子はそのビールに口を付けた。
「これ飲んだら風呂借りていい?」
「その間寝てますよ。」
「だったら起こすよ。それか、寝ながらするってのも良いな。AVとかでは良くあるけど。」
 すると清子は呆れたように晶をみる。
「それしかないんですか。」
「だって、会社で触ることも出来ないんだから、二人っきりになれるときがねえじゃん。だから二人の時くらいは思いっきり抱きたい。」
 その言葉に、清子は軽くため息を付く。だが本心から嫌なのではない。少しでも感情があるから。

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、清子は本当にベッドに横になって眠っていた。晶は少し笑って、その頬に手を添えた。すると吐息を漏らして、清子は寝返りを打つ。静かな寝息に、晶は少し笑った。
 ふと見ると、姿見の鏡がある。そこを前にして、晶は濡れた前髪をあげた。色素の薄い目の色と、額の傷。高校生の時に付けられた傷だった。
 傷をつけた男はナイフを握ったままがたがたと震えていて、教師に取り押さえられていた。だが流れる血を見ながら、晶の方が冷静だったのはどうしてだろう。
 清子がハンカチを差し出してきた。だが、それを受け取ることはなかったのは、晶の意地だったのかもしれない。
 ずっと清子を見ていた。周りに人が集まってそれを拒否しない晶と、わざと人を遠ざけているような清子。清子はいじめにあっていたような節があるが、それすら気にしていないというか相手にしていなかったので、次第にいじめっこたちも相手にしなくなった。やがて清子は空気のような存在になったと思う。群れることなく休み時間には机にうっつぶして寝ているか、本を読んでいるだけだった。
 人と群れることで自分が必要だと思ってくれると信じていた晶にとって、清子は異質そのものだった。だが同時に羨ましかった。
 一人で生きていけるのだといっているようだと思った。
 だから手に入れたいと思う。それが恋心だと気が付いたのは、初めてあの家で唇を重ねたときだった。
「そんなに髪を伸ばして目を隠してたら、伝わるもんも伝わらないわ。晶の人間性を知って欲しい、信用して欲しいって思うんだったら、目を見て話せるようになりなさいよ。」
 昔愛から言われたことだ。説教臭いと思っていたが、今は身に沁みてわかる。清子に伝えたい。自分が本気で清子を好きだと言うことを。
 そのとき、晶の携帯電話が鳴った。音を消していたが、食卓のテーブルの上でバイブ音が鳴っている。それに気が付いて晶は携帯電話を手にした。
「もしもし?」
 寝ている清子を起こさないようにそっと声を出した。
「今?うん……清子の家。何言ってんだよ。何もしてねぇよ。」
 史が心配だったのか電話をかけてきたのだ。
「……まぁ……好きにすればいいって言ってくれたけどさ、どっちにしても俺はあの家に住まないし。……何でって、お前さ、好きな女が他の男に抱かれてあえいでる声を聞きながら、オ○ニーしろって?拷問かよ。かといってうちの実家はいずれ夏生が住むだろうし、俺の居場所なんかないんだよ。」
 晶はそう言って灰皿をテーブルに置くと、煙草を取り出した。そして火をつけようとしてふとジッポーをみる。それは清子の祖父のモノだったと思った。祖母が大事にしていたものだからだ。
「……そこまで譲歩する?」
 史はあの家を社宅にするからには、あの家で恋人として清子に接しないと言うのだ。だから晶にも来て欲しいという。
「ったく……わかった。わかったよ。新聞社には俺から言うから。多分、こっちの方で撮ってきてほしいヤツばっかりになるだろうけど、それでいいならってことで。……その代わりさ、俺にも条件があるんだよ。」
 煙を吐き出して、晶は史に言う。
「シェアする?清子を。……俺の居た土地には結構あるんだよ。誰の子供でもいい。誰が親じゃなくて、この土地の子供ってことでみんなが親代わりってこと……冗談だよ。もっと違うこと?んー。いいよ。もう。俺、清子からもらってるモノもあるし、それで良いから。」
 ジッポーを手にする。それは清子からもらったものだ。大事にしていたのだが、それは晶の元にある。それだけで十分だ。
 史は話が終わったのだったら、早く帰れといって電話を切ってしまった。だが帰る気はない。煙草を灰皿に消すと、晶は静かに眠っている清子の隣で横になった。電気をそのまま手を伸ばして消すと、清子は寝ぼけたように晶の体に体を寄せる。
「拷問かよ。」
 好きな女が隣で寝ている。体をすり寄せられて無事なわけがない。だが晶はその小さな温もりを抱きしめると目を閉じた。

 ふと目を覚ますと、清子は驚いたように晶をみた。晶はまだ眠っているようだった。周りを見るとまだ薄暗い。いつもよりも早く起きてしまったようだ。
 アルコールを飲み過ぎたりすると、トイレが近くなって結局起きてしまったりするが、夕べはビールを一本あけただけだ。それくらいがちょうどいいのかもしれない。すっと眠りにつけたからだ。
 だが晶の腕が邪魔をして起きれない。無理にふりほどこうとすると、晶の腕の力が強くなる。
「起きてるんでしょう?離して下さい。」
 すると晶は目を閉じたまま笑う。
「良い匂いだな。清子。」
 そう言って晶は目を開けると清子の唇にキスをする。軽くキスをして、そして深く唇を舌でこじ開ける。それと同時に着ているシャツ越しに胸に触れた。
「何?お前、ノーブラなの?前の時はそんなこと無かったじゃん。誘ってんのかよ。」
「さすがに他人の家に行ったときは、ちゃんとしますよ。ん……自分の家まで、気を入れたくないから……。やだ。そんなに触らないで。」
 晶の手がシャツ越しに嫌らしく動く。捜し当てたように乳首に触れると、清子の顔が赤くなった。
「時間あるよな。」
 シャツをまくり上げると、肌が露わになった。そのままシャツを脱がせると、乳首がつんと立っている。
「する気ですか?」
「俺立ってんだよ。」
「朝だからでしょう?」
「お前だって立ってんじゃねぇかよ。ほら。ここ。」
 つんと立っているその乳首に触れると、清子の顔がさらに赤みを増した。
「や……。」
 赤くなる顔。甘い声。清子はそのまま恨めしそうに晶を見るが、内心はもっとして欲しいと思う。どちらが本当の自分なのかわからない。
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