不完全な人達

神崎

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香水

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 まるで鬼の首を取ったような岡田の表情に、清子は少し焦っていた。だが晶は平然としている。晶は岡田に近づくと、その携帯電話を奪い取るように手にした。
「何……。」
 すると晶はその画像を見て少し笑った。
「キスしているように見えるけど、してねぇよ。」
「は?」
「寸前。このあと叩かれたし。」
 そういって携帯電話を岡田に返す。確かに本当に唇に触れているのが確認できるわけではない。晶は清子の頬に手を当てて持ち上げているから、手で肝心なところは隠れている。
「だいたいキスくらいでがたがた言うなよな。高校生じゃあるまいし。」
「この国の人は軽くキスなんかしない。」
「残念。俺は海外に行ってたこともあって、キスは普通の挨拶と変わらない。」
 そう言われれば納得できる。
「お前もそうだろ?」
 清子の方を見て振り返ると、清子も顎に手を当ててうなづいた。
「そうですね。派遣先には外国の方もいらっしゃったので。結局最後まで慣れませんでしたけど。」
 すると岡田は悔しそうに携帯電話を閉じる。
「残念だったな。こいつをネタにするような真似が出来ると思ったのか?」
「どうしても私を男好きにさせたいみたいですね。」
「当たり前だろ。男と女が一緒にいて何もないわけがない。無かったとしたらどちらかが不能なんだ。」
 晶はあきれたように清子をみる。
「聞いたか?男尊女卑だ。」
「えぇ。女は男並に働けない。どちらがどちらを意識する。そう取れます。それで良くジャーナリストと名乗れますね。だから冬山祥吾さんのそばにいる女性たちが、冬山祥吾さんに手を出されたといいたいのでしょう。」
「呆れたジャーナリストだ。だから訴えられるんだろ?あいつの方がよっぽどましだ。」
「西川充でしたかね。」
 西川充まで二人の後ろに立っているのだ。岡田は悔しそうに、二人を見ると悔し紛れに言う。
「また来ます。」
「もう来るな。これ以上何の話があるってんだ。ばーか。二度と来るな。」
 晶はそう言ってその後ろ姿をみる。
「また来ますかね。」
「どうだろうな。どっちにしてもまだお前、一人で歩くなよ。ん……そうだ。今日は俺が送ってやろうか。」
「それは遠慮します。一応、交通費が会社から出てるし。」
「そっか。わかった。」
 史なら強引に送っただろう。だが晶はそんなことをしない。また液の方へ歩いていく。横で歩くその手が触れそうになって、清子はその手を引っ込めた。
「久住さん。今度の土曜日、ウェブ関係の講習があるんです。」
「頑張って。」
 興味が無さそうだ。だが清子は続けて言葉を発する。
「G区で。」
「そんな高級な地域であるのか?」
「えぇ。講習の場所は、まちまちですから。」
「ふーん。その日、俺も撮影があってさ。G区で。」
「ばったり会うかもしれませんね。」
「あんなところで飯なんか食えねぇよ。ランチだけですげぇ取られるぞ。」
 冗談を言いながら、清子たちは駅に着く。そのそばにあるバス停で、清子は人の列に並んだ。
「また明日。」
「あぁ。またな。」
 晶はそう言って手を少し挙げる。やってきたバスに清子が乗るのを見届けると、バスに背中を向けた。
 本当はキスをした。軽く触れただけだったのに、清子を求めていた。そしてもっと求めたくなる。
 しかし清子の気持ちが晶にない。清子は史しか見ていないのだ。わかっているのに止められない。
 そう思いながら会社へ戻ろうとして、裏手の駐車場へ向かおうとしたときだった。
「久住。」
 声をかけられて、晶は振り返る。そこには史の姿があった。やっと仕事が終わったのかもしれない。
「編集長。今終わったの?」
「あぁ。清子をバス停まで送ったのか?記者がまだ来てたか?」
「あぁ。岡田ってヤツ。」
「しつこい人だな。よっぽど記事に飢えているのか。」
 史はそう言って少し笑う。
「久住。ちょっと飲みに行かないか。」
「ん?何?」
「話があるし。俺もこの辺に家があるから、時間を気にしないで飲めるようになったからね。」
「へー。そうだったかな。で、清子のことでまた喧嘩する?」
「じゃないよ。違う話。」
「え?」
 そう言った史の目の下には、また少しクマが出来ている。あまりよく眠れていないのかもしれない。

 前に我孫子に連れて行ってもらった居酒屋は、焼酎が揃っている。おすすめを見ると、南の方の料理が多く揃っていた。
「チャンプルー食べたいな。それとビール。」
「最初はビールか。それでも良いな。」
 晶は車をアパートの駐車場に置いてきた。史も今日は車を使う予定はなかったので、そのまま歩いて帰る予定だ。
「豆腐ようって知ってる?癖があるけど、これ焼酎にすげぇ合うんだよ。」
「食べたことはあるが、発酵したヤツだろう?」
「あとで食おう。」
 別に南にこだわった店ではないが、今はこういうモノがおすすめなのだろう。昔のことを思い出す。
 史は恋人が死んだあと、一ヶ月ほど南の小島にいたことがあった。ゆっくりとして時計をはずし、日がな一日水平線に沈む夕日を見ていた。たまに自転車に乗ったり、海で泳いだり、魚を釣ったりしていたのだ。
 人生は長い。焦って走っていく人生もあるだろうが、疲れてしまうよ。だから一度立ち止まって、思い出に浸ることも必要なんだ。
 そう言ってくれた人がいる。
「おまちどうさん。ビールと突き出しね。」
 テーブルにビールときんぴらゴボウが置かれた。それを手にすると、二人はビールを口に入れる。
「あー。外は寒いのに冷えたビールがしみるなぁ。」
 史も少し笑ってそのビールに口を付ける。
「……久住。少し迷っていることがあってな。」
「へ?」
 きんぴらゴボウに橋をつけた晶に史は切り出した。
「新しく立ち上げるタウン誌のことだが。」
「あぁ。うちの地元でするんだろ?清子の家を改装して。」
「話は進んでいるし、清子の家もリフォームは順調だ。しかし……少し人事に納得いかなくて。」
「この人は嫌だ。なんて人事部には言えないか?」
「まぁ……カメラマンなんだが、都会の方の生まれでね。田舎には行きたくないとごねだした。」
「ふーん。でも通える距離じゃねぇし。でもカメラマンなんて、そのオフィスにずっといる訳じゃねぇのにな。」
 ビールを口に入れると、史は晶の方を見て言う。
「お前が来れないか。」
「俺?」
「あぁ。お前ならあの町の出身だし、フットワークも軽い。悪くないと思うが。」
「……でもさぁ……俺、新聞社とも提携してるし。」
「だから、そっちもやりつつってことだ。」
「身がもたねぇよ。」
 すると店員がチャンプルーを乗せた皿と卵焼きが載った皿をテーブルに置く。
「清子が居てもか?」
 その言葉に晶の箸が止まる。
「お前が居なきゃ俺と清子が一緒にいることになる。そうなればすぐに結婚でもするよ。」
「……清子がそれ望んでんのか?」
「さぁね。」
「あいつはあんたにベタぼれしてるよ。俺が手を出す隙間がないくらいな。悔しいけど。」
 すると史はため息を付いて言う。
「どっちにしてもいい。今は、お前の腕が欲しいところだ。ありふれたタウン誌なんかにしたくない。」
 気を負いすぎている。晶はそう思いながら、卵焼きに手をかけた。
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