不完全な人達

神崎

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葬儀

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 茂の所で風呂と食事をすませ、清子はそのまま葬儀社に戻っていった。そして遺体があるその部屋で、清子は棺桶に入っているその前にいた。身内はいないとその葬儀社の男も知っていて、清子にあまり関わらないようにしていたように思える。
 煙草を吸い終わった晶がその部屋にはいると、清子は用意されている椅子に座って何かを読んでいるようだった。その手元を見ると、手紙のようだった。
「父親の手紙か?」
 晶はそう聞くと、清子はゆっくりうなづいた。そして頬につっと涙がこぼれた。
「どうしたんだ。」
「父は何もかも知ってたんですね。冬山さんが書いていた小説が模倣だったことも、兄が結婚した相手にそそのかされて破滅することも……。」
「そこまで知ってて何で止めないかな。」
「止める気はなかったとあります。」
「お前のことは書いてんのか?」
「……連れ子だったと。」
「え?」
「父が余所で産ませた子供で、父には妻が居たようですがその妻には子供が出来なかったからと。」
「どっかで聞いた話だな。」
 つい最近似たような話を聞いた気がする。どこだったかは覚えていないが。
「妻と一緒に旅に出ると。」
「ずいぶん自分勝手な奴だな。余所で産ませた子供をばーさんに預けておいて、自分は好きな奴と好きなことをしてんのか。」
「探さないで欲しいと。」
「……ふーん。だったらやっぱ、探せねぇな。」
 もう十分だ。それでもう良い。探さないで良いならそれで良い。
「俺もあるんだよ。手紙。」
 晶は隣に座ると、ポケットから折り畳んだ封筒を取り出した。それは茂が見つけた母親の遺書だと茂は言っていたと思う。
「んーと……。」
 晶はその封筒を開けて中の紙を取り出す。そしてそれを広げると、顔がこわばってきた。
「こっちは生きてんな。遺書なんかじゃねぇ。」
 清子にその紙を手渡すと、清子もそれに目を通した。そこには「好きな人がいる。その人とともに行くから、死んだと思って欲しい」と書いてあった。
「死んだと思って欲しいってことは、死んでねぇんだろ。」
「……。」
「勝手な奴。浮気して俺を生んでさ、結局そいつの所に行ったんだぜ。」
「外国の方ですよね。」
「あぁ。多分な。俺、目の色が違うだろ?それに……髪質も違う。純粋にこっちの国の奴じゃねぇよ。」
「……。」
 すると清子は手を伸ばす。晶の額に手をかけたのだ。
「やめろよ。」
「……傷、治しませんか。」
「今更治さねぇよ。」
「でも……。」
「治さない。じゃないと……俺がここにいる意味がない。俺さ……兄貴や了と血が半分しか繋がってねぇんだ。他人だって言われても仕方ないのに、兄貴は「晶、晶」って普通に接してくれるし、了も頼ってくれる。だから……あいつ等のために……してやれることはしたい。」
 すると清子は晶を見上げて言う。
「だったら、あの二人もきっと……あなたの幸せを望んでいるんですよ。してあげられることはしてあげたいと思っているはずです。久住……いいえ、晶の幸せが二人が願わないわけがないでしょう?」
 その言葉に晶は少し笑う。
「俺は、お前が居てくれればいいよ。」
「それは出来ません。」
「言うと思った。」
 少し笑い、晶は清子の手を握る。
「あー。キスしたい。」
「駄目ですよ。こんなところで。」
「ここじゃなきゃ良いってことか?」
「そんな問題じゃないでしょう?」
「ちょっと外出ようぜ。一時間くらい。」
「何をする気ですか。」
「あれ……ほら。俺さ、どこの国だったかな。生まれ変わって云々って言うところにも行ったことがあってさ。この冬山祥吾の生まれ変わり、作る気無い?」
「無いです。くずですよ。この人。」
「死んだ奴似何てことを言ってんだ。罰当たり。」
「セックスの話題をここで出す方が、罰当たりだと思いますが。」
 いつもの調子に戻った。お互いがお互いの傷を舐めあわなければ、きっとどちらかが倒れていたと思う。似たもの同士だから、わかりあえることもあるのだ。

 通夜には史も朝倉も来てくれた。そして意外なことに、春川と桂も来てくれた。情はなかったとは言っても、世話になったのだからとやってきたのだという。
 そこでやはり家を相続することは放棄すると言ってきた。借金まで背負いたくないというのが本音なのかもしれない。
 史も朝倉も行ってしまった後、次の日には葬儀をする。そして火葬場で煙を見ながら、清子は昔を思いだしていた。
 祖母もこうして骨になった。そして後には灰しか残らなかったのだ。
「忌引きは明日まで取って良いから。」
 史はそう言ってくれた。だがここにいる必要はないだろう。清子の居た実家ではもう工事が始まっているらしい。家の周りにシートが張られて、金属的な音がした。
「清子さん。」
 声をかけられて、振り返った。そこには倫太郎の姿がある。
「徳成君の財産はほぼほぼ借金で消えました。が、後は著作権の問題があります。」
「はぁ……。」
「本が売れれば印税が入る。おそらく亡くなったことが公になれば、また本は売れると思いますよ。それはどうしますか。」
「……私には必要ありません。林さん。こう言った場合はどうすればいいですか?」
「そうですね。著作権が誰の元にあるかというのがネックになります。過去の作品はすでに他人の物になっているようですが、最近の物はまだ徳成君の元にあります。」
「そうでしたか。」
「やはり経営は逼迫していたようですね。徳成君の表題になる作品は、徳成君の物ではありませんでしたし。」
「……でしたら微々たる物ですかね。」
「そうだと思います。」
「でしたら、その著作権は出版社に渡すことは出来ませんか。」
 その言葉に倫太郎は驚いたように清子をみる。
「いいんですか?あなたの血筋から見ると、十分あなたが持っていても良いと思いますが。」
「私も何があるかわからないってことです。こんなに簡単に人が死んでしまうのだから、私も明日死ぬかもしれないと思っただけです。」
「そんなことを言うもんじゃないですよ。」
 珍しく倫太郎が清子に叱咤する。
「あなたは生きてください。愛する人が居るのでしょう。」
「……えぇ……。」
「その人のためにも生きなければいけない。」
 その言葉に枯れていたと思っていた涙がこぼれた。そして初めて清子は、「会いたい」と思った。
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