不完全な人達

神崎

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遺書

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 やっと仕事が終わり、時計を見ると二十時を過ぎている。最近残業をし過ぎだと、派遣会社から忠告を受けたばかりだ。清子の給与は、まだ派遣の会社から出ている。元々は「三島出版」が派遣会社に清子を派遣してくれたので、「三島出版」から派遣会社に派遣寮としてそれ相当の金額が支払われているはずだ。そこから清子の給与が渡されている。
 だから清子が残業をする分、派遣会社は手元に残る金が少ない。元々、清子が派遣されると普通の派遣よりも多い金額をもらうことが出来る。それは清子が持っているスキルと実績からによるものだ。
 だが春から清子はその派遣会社を辞める。この会社に入るためだ。決まっていた自動車会社からは清子の評判を聞いて派遣してもらおうと期待していたのに、それを蹴られたと憤慨しているらしい。だが清子の代わりは派遣会社に沢山いるのだ。特に清子ではなければいけないということもないだろう。
 清子はそう思いながら、パソコンをシャットダウンするとカップを手にして給湯室へ向かう。この部署はあまり外部の客が来ることはない。だが各部署に作られている給湯室を、ここだけ作らないわけにもいかなかったのだろう。外部の人が来るときは、どうしてもてに終えないウィルスが発生したときの為に、我孫子のような外部のエンジニアを呼んだときだ。そのときにお茶を入れるくらいで、普段は自分たちのお茶やコーヒーを飲むためのお湯を沸かしたり、カップラーメンなどを食べるときのお湯だけだった。
 この部署にもカップを用意していた。と言っても、近所の百円ショップで買ったカップだが。それを手にすると、給湯室のドアを開いた。
 するとそこにはキスをしている朝倉と川西の姿があった。清子は驚いてそちらを見ると、二人はやっと気が付いてさっと離れる。
「あー。徳成さん……。」
 すぐに清子は冷静になり、水道でざっとカップを洗い水気をとる。
「気にしませんよ。おつきあいするようになって良かった。」
 いつもこういうシーンは「pink倶楽部」のページを作るときに見ていた。キスどころかセックスをしているシーンもあり、それは修正される前のものだから、きっと清子はもう一年近くその部署にいて少し麻痺しているのだろう。
「……ありがとう。」
 川西は少し頬を染めて清子にお礼を言う。
「このあと、改めて徳成さんにお礼がしたい。」
「別に私はお礼をされるようなことをしてませんが。」
「でもきっかけを作ってくれたわ。」
 川西はそう言うと、清子はそんなものなのかと首を傾げる。
「食事を奢りたいな。この間倒れたんだろう?」
「貧血だと言われました。」
「だったら尚更行かない?この間の飲み会で徳成さんだけが居なかったもの。楽しみにしてたのに。」
「楽しみ?」
「この間の年末の飲み会。すごい面白かったもの。」
「え?」
「沢木さんと二人だけで一升は空けてたじゃない。」
「人を酒豪みたいに……。」
「それを酒豪と言うんだよ。徳成さん。」
 めんどくさい二人だな。清子はそう思いながら、カップをしまった。
「すいません。今日は予定があって。」
「明日は?」
 明日は史と東二の所へ行く予定だ。首を横に振る。
「わかった。都合の良いときに奢らせてよ。」
「……今度ですね。あぁ……そう言えば、これをどうぞ。」
 清子は手を拭くと、ポケットから可愛らしいビニールにくるまれた包みを朝倉に手渡す。
「何?」
「そこで配ってました。私は必要ないので。」
 半透明のビニールにくるまれたその包みを開けると、そこにはコンドームが入っていた。
「徳成さんは必要ないの?」
「あぁ、何かこだわりがあるみたいで。」
「そうみたいだね。うちの叔父も、こういうものにはこだわりがあるみたいだ。」
「東二さんですね。」
「知ってたんだ。」
 すると川西が置いてけぼりを食らったように、朝倉を見上げる。
「東二って誰?」
「あぁ。AV男優だったんだ。うちの叔父。父の弟だけど。」
「へぇ……あたし知ってるかな。」
「夕っていう名前でしたね。」
 その名前に川西が驚いたように朝倉を見上げる。あまりにも似ていないと思ったのだろう。
「あの夕?」
「そう。今そこの公園で、朝のうちにコーヒーの屋台を出している。」
「気が付かなかったな。」
 何度も公園でテイクアウトの弁当などを買っていたのに、夕の姿には気が付かなかった。それくらいもう普通のおじさんになってしまったのだろう。
 給湯室を出ると、清子は荷物をまとめてダウンコートを着る。そしてバッグを持った清子に、また朝倉が声をかけた。
「徳成さん。講習会の申し込みはすませた?」
「あ、はい。今日のうちに。」
「タイミング良かったよね。セキュリティーの講習。ホームページを強化したかったんだろう?」
「えぇ。この間、朝倉部長に言われてどうしようかと思っていたので助かります。」
「そうだね。それが会社全体で通用できればいいと思うよ。」
 今度の講習会は、会社が負担する。いつも講習会と言えば清子が手出しでしていたが、金額が大きな講習会だと諦めたりすることもあったのだが、会社が負担してくれるならそれはそれで助かる。
「あたしも行きたかったな。」
 そう言って川西は頬を膨らます。
「行けないんですか?」
「土日で、実家に帰らないといけないから。」
「そうでしたか。」
「祖母の法事なの。四十九日で。」
「それはそちらを優先させた方が良いですね。講習会は、いくらでもこれからチャンスがありますが、そういったものはこれから先はないでしょうし。」
「うーん。でもさ、一緒に住んでなかったから、いまいち悲しいとか思わなくて。」
 そんなものなのだろうか。しかし、自分もそうだった。祖母の葬儀の時、喪主は空席だった。未成年である清子がするわけには行かないし、子供が誰一人帰ってこなかったのだから。
 清子はその準備や手続きを一人でこなした。葬儀屋に言われるまま手続きをして、小さな骨壺に祖母が納められたときやっと実感したものだった。
 なのに涙は出なかった。自分が非情だと思いながら。
「清子。」
 オフィスをのぞいてきたのは、晶だった。その姿に朝倉が苦笑いをする。
「何だ。晶。迎えにきたのか?」
「じゃねぇよ。時間になったから様子を見に来たんだ。」
「あぁ……すいません。待たせてしまって。」
 すると晶は少し笑って、清子を手招きする。
「何だ。デートか?」
「違うよ。編集長もいるから。」
「三人でデート?」
 川西の言葉に、晶はへらっと笑う。
「三人でする気はねぇな。男のチ○コ見ながらするのって、萎えないか?」
「経験はないな。AVでは良くある設定だけど。」
 その会話に行いだした川西の顔が赤くなる。そんなところが初なのだ。
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