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亀裂
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ゲートの近くまで来ると、晶は手を離してくれた。だが清子は納得しないように晶に言う。
「久住さん。あの、困ります。」
「何で?」
晶は清子の方を見ないまま清子に聞く。
「なんでって……。あの人上司になるし、私が在宅勤務になったら一番世話になるから……。」
「たぶん……あいつなんねぇよ。」
「え?」
「IT部門がしっかり動いてねぇのわかるよ。こっちでも。
「……。」
「このままじゃ、個人情報が漏れる。お前、それわかっててそれカバーするために残業してるだろ?」
言葉に詰まった。清子はその言葉に晶を見上げた。
「いっそお前が部長になればいいのに。」
「無理です。そんなことになったら在宅なんて出来ませんから。」
「しなくていいんだよ。こっちにいればいい。」
すると清子は晶のスニーカーをパンプスのヒールで踏みつけた。
「いてぇ。何してんだよ。」
「こっちの台詞です。何のために私がここにいるのかわかって言ってるんですか。」
「わかってるよ。」
「だったら邪魔しないで。」
すると清子はコートを羽織ると、外に出ていく。飲み会まではまだ時間がある。他の人たちは帰って着替えてくるのかもしれないが、そうするためには少し時間がかかる。どこかで時間をつぶしてこようかと思ったときだった。
「清子。」
晶が追うようにやってきた。
「悪かったよ。お前も我慢してやってたのにな。」
「……。」
「でもそれストレス溜まらないか?」
「……それでもしないといけない。楽で楽しい仕事なんかないんだから。」
すると晶はため息を付いて言った。
「人事部って見る目ねぇな。誰が決めたんだ。あの人事。」
「あたしだよ。」
そう言われて二人は振り返る。そこには堀の姿があった。
「あぁ……謝恩会の……。」
清子を見下ろすと、堀は少し笑った。
「朝倉尊はどう?徳成さん。」
「……あのですね……すいません。あの……久住さんが……。」
「言ったことは返らない。言葉は見えない銃だとも言うわ。平気に人の心に傷を付ける。けど、それが真実なら言うのも優しさだと思う。で、あなたはどう思う?」
清子は少し黙ると、堀を見上げていった。
「正直……使えないとは思いません。得手、不得手がエンジニアにはありますから。どれもバランス良く何でも知っている人というのは居ませんから。」
「あなたは何が得意?」
「セキュリティ関係です。でもウィルス自体にはそこまで詳しいわけではないので、他の方に聞いたりしてます。」
「そう……。万能選手はいないって事かしら。だったら他の所はどうしているの?」
「ITの専門の業者が居ます。そこに丸投げしているところも多いですね。一からそろえようと思うと、時間も労力もかかりますから。それにすべて出来るような人が一人居ても無理ですね。」
「どうして?」
「一日は二十四時間しかありませんから。」
「仕事量が膨大になるって事か。何人か同じくらい出来る奴がいればいいだろうな。しかも違うモノに特化した奴。」
すると堀は清子に聞いた。
「朝倉尊は何に特化していると見える?」
「データの分析ですね。良く数字を追っているように見えます。うまくやれば、どこに力を入れれば売れるかというのがわかっているようです。株かデイトレードとかしているのかもしれません。」
「商売をするのには利用価値はあるわね。ただ、あなたのように万能ではない。」
「私が万能だと思ったことはありませんが。」
「いいえ。だから……社長が欲しがっている。無理矢理な手を使ってでもあなたを欲しいと思っているのよ。」
それだけだろうか。わからない。もっと違うところにねらいがあるような気がした。
「そうだ。清子。時間があるなら、ちょっと連絡しないか。こいつに。」
晶は清子に携帯電話を見せる。それを見て清子は首を横に振った。
「無駄です。」
「は?」
昼間に了に言われたことを告げる。すると晶は頭をかいて清子に言った。
「マジか。」
「この人は私の父にしては若すぎるんです。」
「十三か十四なら作れねぇことはねぇけど……。話するだけするか?二十時以降なら事務所にいるって言うし。」
「いいえ。たぶん違うから。」
「清子。」
意地になっているような気がする。わざと父親のことを知りたくないようだ。堀はそう思い、清子に聞く。
「徳成さん。あなたもしかして……知っているんじゃないの?ご両親のこと。」
しかし清子は首を横に振る。
「知らないです。」
その時頭がずきっとした鈍痛がした。そしてゆっくりと地面に倒れ込んでいく。
「清子?」
最後に暖かい腕に抱き上げられる。その感触がした。
小さい頃、清子は良く近所に住む浅海夏と春の姉妹とよく遊んでいた。岩場を駆けめぐり、小さい蟹や巻き貝などを捕って茹でて食べたりしていたものだ。
そんなある日。清子はいつものように遊びに出かけようとした。その時、祖母が帰ってきた。いつもよりも早い時間だった。
「どうしたの?おばあちゃん。早いね。今日。」
すると祖母は、こう言った。
「今日は人攫いがくるんだよ。清子も今日は外に出てはいけないよ。」
そんな話を信じるわけがない。だが数時間もしないで、清子は祖母の言葉が現実だとわかった。外は嵐が吹き荒れた。雨風が強く、まるで台風だと思った。
「台風じゃないよ。一時的なものだ。」
この土地には良くある夏の嵐だった。それを無視して出ていこうとするモノは、命を落として出てくるという。だからこの日は大人しく家にいないといけないのだ。
清子はその嵐を珍しそうに見ていた。
「そんなに見ると清子までさらわれるよ。」
「ねぇ……おばあちゃん。外に誰か居るよ。」
その言葉に祖母があわててやってきた。そして庭を見ると確かに人がいる。黒い合羽を着た男だった。
「誰もいないよ。さ、清子。お風呂に入ってしまいなさい。」
そう言われた。だが確かにいたのだ。その人は黒い合羽と、手には変わった形のバッグを持っていた。
「久住さん。あの、困ります。」
「何で?」
晶は清子の方を見ないまま清子に聞く。
「なんでって……。あの人上司になるし、私が在宅勤務になったら一番世話になるから……。」
「たぶん……あいつなんねぇよ。」
「え?」
「IT部門がしっかり動いてねぇのわかるよ。こっちでも。
「……。」
「このままじゃ、個人情報が漏れる。お前、それわかっててそれカバーするために残業してるだろ?」
言葉に詰まった。清子はその言葉に晶を見上げた。
「いっそお前が部長になればいいのに。」
「無理です。そんなことになったら在宅なんて出来ませんから。」
「しなくていいんだよ。こっちにいればいい。」
すると清子は晶のスニーカーをパンプスのヒールで踏みつけた。
「いてぇ。何してんだよ。」
「こっちの台詞です。何のために私がここにいるのかわかって言ってるんですか。」
「わかってるよ。」
「だったら邪魔しないで。」
すると清子はコートを羽織ると、外に出ていく。飲み会まではまだ時間がある。他の人たちは帰って着替えてくるのかもしれないが、そうするためには少し時間がかかる。どこかで時間をつぶしてこようかと思ったときだった。
「清子。」
晶が追うようにやってきた。
「悪かったよ。お前も我慢してやってたのにな。」
「……。」
「でもそれストレス溜まらないか?」
「……それでもしないといけない。楽で楽しい仕事なんかないんだから。」
すると晶はため息を付いて言った。
「人事部って見る目ねぇな。誰が決めたんだ。あの人事。」
「あたしだよ。」
そう言われて二人は振り返る。そこには堀の姿があった。
「あぁ……謝恩会の……。」
清子を見下ろすと、堀は少し笑った。
「朝倉尊はどう?徳成さん。」
「……あのですね……すいません。あの……久住さんが……。」
「言ったことは返らない。言葉は見えない銃だとも言うわ。平気に人の心に傷を付ける。けど、それが真実なら言うのも優しさだと思う。で、あなたはどう思う?」
清子は少し黙ると、堀を見上げていった。
「正直……使えないとは思いません。得手、不得手がエンジニアにはありますから。どれもバランス良く何でも知っている人というのは居ませんから。」
「あなたは何が得意?」
「セキュリティ関係です。でもウィルス自体にはそこまで詳しいわけではないので、他の方に聞いたりしてます。」
「そう……。万能選手はいないって事かしら。だったら他の所はどうしているの?」
「ITの専門の業者が居ます。そこに丸投げしているところも多いですね。一からそろえようと思うと、時間も労力もかかりますから。それにすべて出来るような人が一人居ても無理ですね。」
「どうして?」
「一日は二十四時間しかありませんから。」
「仕事量が膨大になるって事か。何人か同じくらい出来る奴がいればいいだろうな。しかも違うモノに特化した奴。」
すると堀は清子に聞いた。
「朝倉尊は何に特化していると見える?」
「データの分析ですね。良く数字を追っているように見えます。うまくやれば、どこに力を入れれば売れるかというのがわかっているようです。株かデイトレードとかしているのかもしれません。」
「商売をするのには利用価値はあるわね。ただ、あなたのように万能ではない。」
「私が万能だと思ったことはありませんが。」
「いいえ。だから……社長が欲しがっている。無理矢理な手を使ってでもあなたを欲しいと思っているのよ。」
それだけだろうか。わからない。もっと違うところにねらいがあるような気がした。
「そうだ。清子。時間があるなら、ちょっと連絡しないか。こいつに。」
晶は清子に携帯電話を見せる。それを見て清子は首を横に振った。
「無駄です。」
「は?」
昼間に了に言われたことを告げる。すると晶は頭をかいて清子に言った。
「マジか。」
「この人は私の父にしては若すぎるんです。」
「十三か十四なら作れねぇことはねぇけど……。話するだけするか?二十時以降なら事務所にいるって言うし。」
「いいえ。たぶん違うから。」
「清子。」
意地になっているような気がする。わざと父親のことを知りたくないようだ。堀はそう思い、清子に聞く。
「徳成さん。あなたもしかして……知っているんじゃないの?ご両親のこと。」
しかし清子は首を横に振る。
「知らないです。」
その時頭がずきっとした鈍痛がした。そしてゆっくりと地面に倒れ込んでいく。
「清子?」
最後に暖かい腕に抱き上げられる。その感触がした。
小さい頃、清子は良く近所に住む浅海夏と春の姉妹とよく遊んでいた。岩場を駆けめぐり、小さい蟹や巻き貝などを捕って茹でて食べたりしていたものだ。
そんなある日。清子はいつものように遊びに出かけようとした。その時、祖母が帰ってきた。いつもよりも早い時間だった。
「どうしたの?おばあちゃん。早いね。今日。」
すると祖母は、こう言った。
「今日は人攫いがくるんだよ。清子も今日は外に出てはいけないよ。」
そんな話を信じるわけがない。だが数時間もしないで、清子は祖母の言葉が現実だとわかった。外は嵐が吹き荒れた。雨風が強く、まるで台風だと思った。
「台風じゃないよ。一時的なものだ。」
この土地には良くある夏の嵐だった。それを無視して出ていこうとするモノは、命を落として出てくるという。だからこの日は大人しく家にいないといけないのだ。
清子はその嵐を珍しそうに見ていた。
「そんなに見ると清子までさらわれるよ。」
「ねぇ……おばあちゃん。外に誰か居るよ。」
その言葉に祖母があわててやってきた。そして庭を見ると確かに人がいる。黒い合羽を着た男だった。
「誰もいないよ。さ、清子。お風呂に入ってしまいなさい。」
そう言われた。だが確かにいたのだ。その人は黒い合羽と、手には変わった形のバッグを持っていた。
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