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プロポーズ
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正月休みが終わって数日。街はいつもの活気を取り戻し、清子はいつものように街に出る。相変わらず寒い。息をはく度に白くなる。
正月の間はいろんな事があった。
春川に会い、コンテナハウスの鍵を渡した。それを春川が見たのかはわからない。忠史から桂越しに話を聞く限り、春川はそのコンテナハウスに入っているものを全て処分したらしい。「過去を振り返りたくない。大事なのはこれからだ。」というのが理由なのだ。前向きでうらやましいと思う。
そして荷物を処分したのは春川だけではなかった。史も今住んでいるところの荷物を処分する。
いつか史が居た社宅に引っ越すらしい。名目は、新聞社と三島出版が競作で作り上げるタウン誌の編集長になるから。そのために打ち合わせや、新聞社とのかねあいもあって少し離れすぎている史の家は不便だという。
本音はそこに清子と暮らしたいからだ。清子も荷物をまとめている。それで良いと自分に言い聞かせながら。
正月明けから、清子は午前中はIT部門に行ったまま戻ることはなく、昼から「pink倶楽部」のオフィスに戻ってくる。それでも双方の仕事をパソコン上でこなしていた。どちらにいても清子への内線や社内チャットは多い。仕事量が倍になった気がする。そう思いながら、眼鏡を外して目を押さえた。
「徳成さん。大丈夫ですか。」
了は当初の通りIT部門に配属された。そしてやってきた部長という人にびしびしと鍛えられているようだ。部長は若い人だが、元々は大学の研究所に籍を置いていた人で、清子は何度かこの人の講習へ足を運んだことがある。そうだ。いつか慎吾と講習会に行ったときの講師がこの人だった。
「あなたこそ大丈夫ですか?目が血走ってますよ。」
パソコンの画面ばかり見ているからだろう。それでなくてもコンタクトなのに。
「俺は別に……。」
「無理をしない程度にやってください。」
自信たっぷりで仕事をしているわけではない。だが頼る相手が居るというのは楽だ。今までどうしたらいいかわからないときは、我孫子や慎吾を頼ることが多かったが、今はこの男が居るから早急に答えも出る。
「徳成さん。」
声をかけられてそちらをみる。ここの部署ではヘッドホンをつけてはいけないと言われているのだ。緊急時に気がつかない場合があるからだろう。
「はい。」
立ち上がると部長の方へ向かう。
「こっちの分は終わったと言っていたけれど、変更があったのは聞いてた?もう一度やり直して。」
「すいません。早急にやり直します。」
去っていく清子の後ろ姿を見て、部長である朝倉尊は少し笑う。へこたれない女だ。少しきつく言えば泣き出したり、「辞める」と言い出したりする女ばかりだったのに、清子はそれが見えない。強引に社長直々にハンティングした女なのだ。それなりにしてもらわないと困る。IT部門は、男が中心だ。女性の姿は珍しい。清子の他は、もう一人女が居るだけだった。話では給料の面で折り合いがつかなかったからここに入社したと言っていたが、真実はその会社の課長と不倫関係にあり居づらくなったらしい。そういう女だ。男関係でごたごたする女はどうせまた男でごたごたする。手の先のきらきらしたマニキュアがそう言っているようだ。
「川西さん。このデーターはどうなっている。」
朝倉はそう言って、川西に聞いた。すると川西は席を立ち、説明を始めた。だが朝倉の表情は険しくなっていく。
「違う。こっちのデーターではなく、こっちを使えと言っておいたはずだ。」
「あっ……。すいません。」
「一度言われたことはしっかり守ってくれないと困る。」
きつい言い方だな。清子はそう思いながら、また自分の仕事の画面に目を移す。まぁ、言われているのは川西だけではない。了も、清子も同じくらい言われているのだ。
だがもう少し言い方があるだろうに。清子はふと史のことを思い出していた。史はもっと言い方がソフトだが、笑顔で冷たいことを言う。ライターが数日かけて取材して文章にしても「やり直し」と言うことは結構あるのだ。
やがて昼休憩になる。清子はぐっと背伸びをすると、パソコンをスリープ状態にする。休憩を挟んで、清子が再びここに来るのは退社時間ぎりぎりの時間だ。それまでここのパソコンと「pink倶楽部」のパソコンを繋げておく。そうすれば、遠隔でも作業ができるからだ。
トイレへ行ってコーヒーでも買ってくるか。清子はそう思いながら、バッグとコートを持った。すると朝倉が清子に近づいてくる。
「何でしょうか。」
「社員食堂へ行くのか。」
「いいえ。昼は食べませんから。このまま「pink倶楽部」へ行きます。」
「あんな低俗の雑誌のためにご苦労なことだ。」
いちいちいらつくようなことを言う人だな。清子はそう思いながら、朝倉から視線を外す。
「ここのセキュリティーを指示したのは徳成さんだと言っていた。」
「そうですね。紙のようなフリーのセキュリティーでは不十分だと思ったので。」
「なるほど……。徳成さん。詳しい話が聞きたいが、今夜は空いていないだろうか。」
「すいません。今日は用事があって。」
やっと我孫子の都合がついたので、今日は晶とともに大学へ行くつもりだ。ハードディスクの復元に何が入っているのかと少し疑問に思っていたのだ。それは個人的な興味かもしれない。
「そんなに四六時中居たいものかな。」
「は?」
「「pink倶楽部」の編集長とは恋人関係だと言っていた。職場でもプライベートでもそんなに一緒にいたいというのが理解できない。」
その言葉に川西の動きが泊まった。色気も何もないように見える清子の恋人が、元AV男優で、今でも人気のある昌樹だと思ってなかったからだ。
「関係ないですよね。プライベートのことなので。」
「結婚でもしたら、関係なくはないだろう。あんたみたいな人が、いきなり子供ができた、辞めると言い出したら困るのはこっちだ。」
「……そんな無計画なことはしません。」
「AVなどに出ていた男が、節操があると思えない。」
その言葉にはさすがに頭に来た。
「取り消してもらえます?」
背の高い男だ。だから清子が見下ろされる感じになる。だが清子は負けていない。
「そんな人ばかりだろう。」
「イメージだけでものを言わないでください。あなたみたいな人が不用意な言葉をネットにあげるから、炎上するのです。」
そう言う男を見た。それが大きな渦になり、犯罪に繋がるのだ。
「荒らしと一緒にするな。」
「どうでしょうね。少し頭が良ければ、そう言ったことに頭を働かせるでしょう。それに……今日の用事は、編集長には関係ありませんから。」
清子はそう言ってコートを手にした。そしてオフィスを出て行く。
正直このオフィスはやりにくい。エンジニアが集まっているのだからここの個性が強すぎるのだ。そしてそれは衝突を招く。
会社をでようとゲートをくぐったときだった。
「よう。お前も外でるのか?」
振り返るとそこには晶の姿があった。最初はぎこちない歩き方だったが、今日はそうでもない。
「久住さんも出ますか?」
「ラーメン食べたい。今朝から今日はラーメンライスの気分なんだよ。」
「お元気ですね。体はいかがですか?」
「今日は痛み止めを飲まなくても生きてられるな。」
「それは良かった。」
額の絆創膏がとれて、傷が残っている。だがもうふさがっているのだろう。
「お前、今日退社何時くらいになりそう?」
「定時とはいかないかもしれません。でも我孫子さんには十九時と言っています。」
「さすがに十九時には終わるだろうな。俺も今日は撮影が午後から一軒あるだけだ。」
「それでもあるんですね。」
「週刊誌のグラビアだって。AVじゃねぇだけ布があるよな。ほらでも見えそうで見えないのがいいんだよ。」
「そんなものですか。」
そう言いながら、会社をあとにする。その二人の後ろ姿を見て、川西は首を傾げた。さっき史が恋人だと言っていたのに、他の男とどうして出て行くのだろう。
「晶兄貴。」
川西の後ろから、了がやってくる。了もゲートをくぐると、二人に近づいていった。
「昼どこに行くの?」
「ラーメン。」
「俺も行くわ。この間兄貴に教えてもらった店美味しかったから。兄貴が言うの外れないわ。」
「だろ?清子も行くか?」
「昼は食べないんですって。」
清子も先ほどまでと表情が違う。力の抜けた顔をしていた。史と居るところを何度か見たが、こっちの方がより自然に見えた。
「どうしてつきあってないのかしら。」
するとその後ろから朝倉がやってきて、やはり川西と同じ事を思っていた。
正月の間はいろんな事があった。
春川に会い、コンテナハウスの鍵を渡した。それを春川が見たのかはわからない。忠史から桂越しに話を聞く限り、春川はそのコンテナハウスに入っているものを全て処分したらしい。「過去を振り返りたくない。大事なのはこれからだ。」というのが理由なのだ。前向きでうらやましいと思う。
そして荷物を処分したのは春川だけではなかった。史も今住んでいるところの荷物を処分する。
いつか史が居た社宅に引っ越すらしい。名目は、新聞社と三島出版が競作で作り上げるタウン誌の編集長になるから。そのために打ち合わせや、新聞社とのかねあいもあって少し離れすぎている史の家は不便だという。
本音はそこに清子と暮らしたいからだ。清子も荷物をまとめている。それで良いと自分に言い聞かせながら。
正月明けから、清子は午前中はIT部門に行ったまま戻ることはなく、昼から「pink倶楽部」のオフィスに戻ってくる。それでも双方の仕事をパソコン上でこなしていた。どちらにいても清子への内線や社内チャットは多い。仕事量が倍になった気がする。そう思いながら、眼鏡を外して目を押さえた。
「徳成さん。大丈夫ですか。」
了は当初の通りIT部門に配属された。そしてやってきた部長という人にびしびしと鍛えられているようだ。部長は若い人だが、元々は大学の研究所に籍を置いていた人で、清子は何度かこの人の講習へ足を運んだことがある。そうだ。いつか慎吾と講習会に行ったときの講師がこの人だった。
「あなたこそ大丈夫ですか?目が血走ってますよ。」
パソコンの画面ばかり見ているからだろう。それでなくてもコンタクトなのに。
「俺は別に……。」
「無理をしない程度にやってください。」
自信たっぷりで仕事をしているわけではない。だが頼る相手が居るというのは楽だ。今までどうしたらいいかわからないときは、我孫子や慎吾を頼ることが多かったが、今はこの男が居るから早急に答えも出る。
「徳成さん。」
声をかけられてそちらをみる。ここの部署ではヘッドホンをつけてはいけないと言われているのだ。緊急時に気がつかない場合があるからだろう。
「はい。」
立ち上がると部長の方へ向かう。
「こっちの分は終わったと言っていたけれど、変更があったのは聞いてた?もう一度やり直して。」
「すいません。早急にやり直します。」
去っていく清子の後ろ姿を見て、部長である朝倉尊は少し笑う。へこたれない女だ。少しきつく言えば泣き出したり、「辞める」と言い出したりする女ばかりだったのに、清子はそれが見えない。強引に社長直々にハンティングした女なのだ。それなりにしてもらわないと困る。IT部門は、男が中心だ。女性の姿は珍しい。清子の他は、もう一人女が居るだけだった。話では給料の面で折り合いがつかなかったからここに入社したと言っていたが、真実はその会社の課長と不倫関係にあり居づらくなったらしい。そういう女だ。男関係でごたごたする女はどうせまた男でごたごたする。手の先のきらきらしたマニキュアがそう言っているようだ。
「川西さん。このデーターはどうなっている。」
朝倉はそう言って、川西に聞いた。すると川西は席を立ち、説明を始めた。だが朝倉の表情は険しくなっていく。
「違う。こっちのデーターではなく、こっちを使えと言っておいたはずだ。」
「あっ……。すいません。」
「一度言われたことはしっかり守ってくれないと困る。」
きつい言い方だな。清子はそう思いながら、また自分の仕事の画面に目を移す。まぁ、言われているのは川西だけではない。了も、清子も同じくらい言われているのだ。
だがもう少し言い方があるだろうに。清子はふと史のことを思い出していた。史はもっと言い方がソフトだが、笑顔で冷たいことを言う。ライターが数日かけて取材して文章にしても「やり直し」と言うことは結構あるのだ。
やがて昼休憩になる。清子はぐっと背伸びをすると、パソコンをスリープ状態にする。休憩を挟んで、清子が再びここに来るのは退社時間ぎりぎりの時間だ。それまでここのパソコンと「pink倶楽部」のパソコンを繋げておく。そうすれば、遠隔でも作業ができるからだ。
トイレへ行ってコーヒーでも買ってくるか。清子はそう思いながら、バッグとコートを持った。すると朝倉が清子に近づいてくる。
「何でしょうか。」
「社員食堂へ行くのか。」
「いいえ。昼は食べませんから。このまま「pink倶楽部」へ行きます。」
「あんな低俗の雑誌のためにご苦労なことだ。」
いちいちいらつくようなことを言う人だな。清子はそう思いながら、朝倉から視線を外す。
「ここのセキュリティーを指示したのは徳成さんだと言っていた。」
「そうですね。紙のようなフリーのセキュリティーでは不十分だと思ったので。」
「なるほど……。徳成さん。詳しい話が聞きたいが、今夜は空いていないだろうか。」
「すいません。今日は用事があって。」
やっと我孫子の都合がついたので、今日は晶とともに大学へ行くつもりだ。ハードディスクの復元に何が入っているのかと少し疑問に思っていたのだ。それは個人的な興味かもしれない。
「そんなに四六時中居たいものかな。」
「は?」
「「pink倶楽部」の編集長とは恋人関係だと言っていた。職場でもプライベートでもそんなに一緒にいたいというのが理解できない。」
その言葉に川西の動きが泊まった。色気も何もないように見える清子の恋人が、元AV男優で、今でも人気のある昌樹だと思ってなかったからだ。
「関係ないですよね。プライベートのことなので。」
「結婚でもしたら、関係なくはないだろう。あんたみたいな人が、いきなり子供ができた、辞めると言い出したら困るのはこっちだ。」
「……そんな無計画なことはしません。」
「AVなどに出ていた男が、節操があると思えない。」
その言葉にはさすがに頭に来た。
「取り消してもらえます?」
背の高い男だ。だから清子が見下ろされる感じになる。だが清子は負けていない。
「そんな人ばかりだろう。」
「イメージだけでものを言わないでください。あなたみたいな人が不用意な言葉をネットにあげるから、炎上するのです。」
そう言う男を見た。それが大きな渦になり、犯罪に繋がるのだ。
「荒らしと一緒にするな。」
「どうでしょうね。少し頭が良ければ、そう言ったことに頭を働かせるでしょう。それに……今日の用事は、編集長には関係ありませんから。」
清子はそう言ってコートを手にした。そしてオフィスを出て行く。
正直このオフィスはやりにくい。エンジニアが集まっているのだからここの個性が強すぎるのだ。そしてそれは衝突を招く。
会社をでようとゲートをくぐったときだった。
「よう。お前も外でるのか?」
振り返るとそこには晶の姿があった。最初はぎこちない歩き方だったが、今日はそうでもない。
「久住さんも出ますか?」
「ラーメン食べたい。今朝から今日はラーメンライスの気分なんだよ。」
「お元気ですね。体はいかがですか?」
「今日は痛み止めを飲まなくても生きてられるな。」
「それは良かった。」
額の絆創膏がとれて、傷が残っている。だがもうふさがっているのだろう。
「お前、今日退社何時くらいになりそう?」
「定時とはいかないかもしれません。でも我孫子さんには十九時と言っています。」
「さすがに十九時には終わるだろうな。俺も今日は撮影が午後から一軒あるだけだ。」
「それでもあるんですね。」
「週刊誌のグラビアだって。AVじゃねぇだけ布があるよな。ほらでも見えそうで見えないのがいいんだよ。」
「そんなものですか。」
そう言いながら、会社をあとにする。その二人の後ろ姿を見て、川西は首を傾げた。さっき史が恋人だと言っていたのに、他の男とどうして出て行くのだろう。
「晶兄貴。」
川西の後ろから、了がやってくる。了もゲートをくぐると、二人に近づいていった。
「昼どこに行くの?」
「ラーメン。」
「俺も行くわ。この間兄貴に教えてもらった店美味しかったから。兄貴が言うの外れないわ。」
「だろ?清子も行くか?」
「昼は食べないんですって。」
清子も先ほどまでと表情が違う。力の抜けた顔をしていた。史と居るところを何度か見たが、こっちの方がより自然に見えた。
「どうしてつきあってないのかしら。」
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