不完全な人達

神崎

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実家

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 晶は朝、史や清子を下ろしたあとT山にある神社へ初詣の様子を撮りに向かっていた。予想通り山は混んでいて、山だというのに晴れ着の女性の姿もある。苦労してまで綺麗な晴れ着に袖を通したいモノなのだろうか。晶はそう思いながらシャッターを切っていた。
 そしてそれを近くにあるフリーWi-Fiが繋がっているカフェで、新聞社に送る。ついでにハードディスクに昨日までの写真を取り込んだ。
「パソコン買い換え時かなぁ。」
 コーヒーを飲みながら、そう思っていた。しかしそうなれば、また金が飛ぶ。了は焦っていないとは言っていたが、結婚したいという意志が揺るがないうちに結婚させてやりたいと思う。
 それに結婚資金を貯めて、向こうの親に「何の問題もない普通の家庭だ」という証明にしたいと思った。殺人犯が身内にいるから、まともな家庭ではないと思わせたくない。だが茂に相談するのは、気が引ける。茂こそ、金が必要だろう。
 あの家は古く、修理が必要だ。雨漏りもするらしいし、せめてトイレくらい家の中にあればいいし、今時くみ取りのトイレもどうにかしないといけないだろう。
 それも含めて金が必要だ。自分は数年間、世界を放浪して好きにさせてくれた。その恩を返したいとも思う。
 パソコンにメールが入る。新聞社が写真を受け取ったというメッセージを送ってきたのだ。明日と明後日は仕事がない。久しぶりにゆっくり寝れそうだと思った。
 それと同時に、今清子が史の実家に行っていることを思い出す。実家に行ったということは結婚したいということだろう。それがやるせない。
 自分だって実家に連れていったのだ。条件は一緒のはずだと思う。だが、自分は恋人でも何でもないのだ。史が恋人であるのは周りも知っている。こそこそキスをしたり抱きしめたりするのは、清子も望んでいることではない。邪魔なのは自分だ。なのに止められない。
 そしてコーヒーを飲み終わると、パソコンとカメラを持って席を立った。
 車は有料の駐車場に停めている。この時期だからかもしれないが、駐車料がバカに高かった。これも経費で落ちるだろうかと、領収書をもらう。
 そして高速道路に入り、しばらく運転した。ラジオからは相変わらずきな臭いニュースばかりだ。どうやら最近大手の企業である「戸崎グループ」が小さな企業を取り込んで吸収合併を繰り返しているらしい。こういうところもヤクザと変わらない。
 そう思いながらサービスエリアにはいる。昼も食べていないから簡単に何か腹に入れようと思ったのだ。サービスエリアには、土産物なんかもあるが、屋台もある。その土地の名産を売っているらしい。
 牛串というものもある。贅沢かもしれないが、悪くない。それを注文しようと思ったときだった。
「おや君は……。」
 声をかけられて振り返る。そこには見覚えのある男がいた。和服を着こなしていて、着物用のコートを着ていた。頭にはツバのある帽子。刀でも刺していたら、時代劇の役者かと思う。
「冬山さんでしたっけ。」
「いつか、うちの母の墓を掃除してくれた人だね。清子さんと一緒に。あのときはお世話になった。」
 あまり会いたくない人ではあった。だが清子のことを思えばむげにも出来ない。
「初詣かな。」
「仕事ですよ。一応、俺カメラマンなんで。」
「……。」
 前に会ったときは秋だった。それよりもまた痩せているように見える。まるで病的だと思った。
「清子さんはいないのか。」
「一人で来てますよ。」
「恋人なのだろうと思っていたのだが。」
「残念ながら違います。」
 史の所にいるとは言わなかった。そんな仲でもない。
「清子さんから何か聞いているかな。」
「何をですか?」
「……鍵を渡されたとか。」
「知らねぇですね。」
 コンテナハウスの鍵だろうか。そこの鍵をもらったとは聞いていたが、そこへ行ったことはないと言う。
「だったらいい。行ってもかまわないのだが……。」
「変な言い方をしますね。意味ありげな。もやもやする。」
「気の短い人だな。」
「気は長いですよ。俺はそもそも自然物を撮ってた。撮れる瞬間は一瞬。その一瞬のために何時間でも待つことだってざらだった。」
「対人にしたら、それが通用しない。早く答えが知りたいと思う。そもそも清子さんは答えを知ろうともしないがね。自分に関係がなければ、無関心だ。」
「……。」
 清子と会ったのは数回しかないはずだ。なのにここまで清子を見ているというのは、だてに小説家をしていないと言うことだろう。観察眼がハンパない。
「冬山さんは、どっか行くんですか。」
「あぁ。ちょっとね。野暮用だ。」
「入院ですか。」
 その言葉に祥吾の表情が少し変わる。当たりだったのだろう。
「手遅れでしょう。終末医療でも行くんですか。」
「……出来れば妻に来て欲しかったが、妻は男が出来た。君の所の編集長と同じ業種の人だ。」
「AV男優とデキたんですか。」
「あぁ。だから私はそういった業種が嫌いでね。体だけで繋がるような関係はすぐに飽きると思ったが、そうではないようだ。」
「自業自得でしょう。あんただって、女をとっかえひっかえしてた。妻って奴が居るのに、そんなことばっかしてたから逃げたんでしょ?あんたがそんな状況になっても。」
 その言葉に祥吾は、少し笑った。
「確かにそうかもしれない。だからといって、妻を取って良いとは限らないだろう。」
「……あんた、本当に結婚してたのか?どこのサイトを見ても、あんた独身だって言うじゃないですか。」
「形だけだ。知りたいことがあったから、妻と結婚したのだが、妻は口を割らない。」
「そんな理由で結婚した奥さんってのも、可愛そうなもんだ。」
 だから別の男に転んでも不思議はない。それがAV男優だったというのは、たまたまかもしれないのだから。
「妻が口を割れば、小説のネタになる。」
「そんなに小説が大事かよ。」
 さすがにそういうところは理解ができない。どんな状況でも写真は撮ってきたが、人を犠牲にしてまでは撮ったことがなかったから。
「清子に言っておいてくれ。春川を追うのだったら、そのAV男優を追えばすぐに捕まるだろうと。」
「あんたが渡せばいいだろう。」
「私は、手を振りきられてしまった。もう私の手は求められていないのだよ。」
 あのクリスマスの日。あなたに尊敬できるところは一つもないと、言い放たれた。それからもう彼女は、自分の元に返ってくる気はないのだろう。

 結局晶は、何も買わずにサービスエリアを出て最寄りのインターで高速を降りた。だが何とももやもやする。
 そしてずらっと並んだ車線のうち、右折レーンに入った。信号が青になったが、対向車がずっとやってきて右折ができない。
 いらいらしながら信号を見ると、やがて黄色になり、赤に変わる。そのとき下に右折可能の矢印が出た。よし、曲がれる。そう思ったときだった。
 耳をつんざくような爆音がした。ガラスが割れる音。気が付いたら、晶はハンドルにもたれ掛かり、気を失っていたようだった。
 ドアを開けようと手をかけるが、ドアが開かない。すぐにサイレンの音がする。
「大丈夫ですか?」
 外側から白い服の男がドアを開けてくれた。そして外に出るとその状況に唖然とした。
 自分の車に灰色のトラックが突っ込んでいた。助手席側はぐじゃぐじゃで原型を留めていない。
「あ、カメラとパソコン!」
 晶はその車にまた戻ろうとした。しかし消防隊員が、それを止める。
「爆発の危険がありますから近づかないで。あなたはすぐに救急搬送します。」
「俺、元気だけど。」
「決まりで病院に行かないといけないんです。診断書がないと保険も下りませんから。」
 そう言って晶はやってきた救急車に乗せられた。
「身内の方に連絡を入れます。番号がわかりますか。」
「携帯……あっ……。」
 携帯電話も助手席にあった。それもたぶん原形をとどめていないだろう。
「くそ……。」
「お勤め先は?」
「「三島出版」。正木史って奴に連絡を取ってくれよ。」
 そう言って割と乗り心地の悪い救急車で、救急病院へ向かっていった。
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