不完全な人達

神崎

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実家

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 前に泊まったときとは違って、今回は泊まると宣言していた。なので茂はお土産と言って、煮干しやイカの一夜干しなどを用意していて、それを清子や史に手渡す。
「いいんですか?お世話になったのはこちらなのに。」
「いいんだよ。どうせ試作品だし。」
「兄貴が作ったのか。で、売るつもりか?」
「商工会に今度持って行くよ。良ければ物産館で売るつもり。」
「立派になったもんだ。」
 そのとき一台の軽トラックが茂の家に近づいてきた。そして晶の車の横に停まると、出てきたのは昇だった。
「茂もうみんな帰る?」
「今からだ。」
「悪い。ちょっと渡したいものがあって時間とれる?その前に、美玲。挨拶をしな。」
 昇と一緒に車から降りてきたのは、薄い水色のふわふわのコートを着た女の子だった。
「あけましておめでとうございます。」
「おめでとう。美玲ちゃん。」
 少し癖毛で、頭の上にはピンク色のリボンでそれをくくってありとても可愛らしい女の子だった。
「昇さんの娘?」
「そう。今年四歳。」
「へぇ……。上もいたっけ?」
「上は今年小学生だよ。」
 この土地の人にしては早い方だ。同級生なんかと一緒になり、すぐに結婚する人もいる。だがそれを逃せば、独身のまま四十代や五十代になる人も多い。敦も昇も、その波に乗ったのだろう。
「晶君と清子ちゃんか。昨日ちらっと見たけど、立派になったな。」
「どうも。」
「美玲ちゃん。お年玉をあげるよ。」
「わーい。やった。ありがとう。茂おじちゃん。」
 おじちゃんという言葉に史は苦笑いをする。茂よりも年上の自分はさらにおじさんなのだろうから。
「で、どうしたの?渡したいものって?」
 晶が聞くと、昇は少し頭をかいて軽トラックの後ろに乗っていたビニール袋を茂に手渡した。
「これ。みんなで分けてって。」
 手渡された袋を開いてみると、そこにはジッパー付きの袋がありその中身はチーズのようだった。
「チーズ?」
「敦の所で作ったらしい。茂が薫製してるって言ってたから、スモークチーズにして欲しいと思ったんだろ。薫製にしなくても美味いし。」
 本人が来ないところが敦らしいと思う。つまり、機能はいいすぎたと本人も反省しているのだ。
「出来たら持って行けばいいのか。」
「うん。まぁ、そういうことだろう。」
「やった。兄貴、今度もらいに来るよ。」
「そうだな。また送っても良いし。あ、清子ちゃん。この前のお茶はどうだった?」
「美味しかったです。懐かしい味がしました。」
 清子の姿に、昇は少し笑う。昔、昇は密かにいつも必死で働いていた清子の祖母である花に想いを寄せていた時期がある。歳は取っていると入っても美人で、どこか昔の映画に出てくる女優のようにも見えた。
 それに清子が少しずつ似てきている。髪を下ろすとさらに似ていた。
「清子ちゃんは秋に戻ってくると言っていたね。」
「はい。あの……またお世話になります。」
「あの広い家に一人って言うのは寂しいものがあるな。誰か連れてくる予定はないの?」
 誰かというのは史か晶を連れてくると言うことだろうか。清子は少しため息を付くと、首を横に振った。
「一人ですよ。」
「身内は?お祖母さんに子供もいただろ?」
「三人いますが、誰も戻る気はないみたいです。」
「そっか。最近はそんなものなのかな。」
 身内ですら軽薄な関係だ。両親や祖父母とも同居している昇にとっては未知の世界だと思う。
「そんなものだよ。昇さん。ほら、そこの上の西川辰雄さんだってそんなもんじゃん。」
「あぁ。辰雄さんね。信じられないくらい昨日飲んでたのに、けろっとして帰ってたよ。あれがホストってものかねぇ。」
「西川さんの所には、身内がもういらっしゃらないんですか?」
 清子がそう聞くと、昇は気まずそうに言う。
「祖母さんは早くに亡くなったし、姉ちゃんはどっか外国で自殺したって言ってたな。親戚の子供を引き取ってたみたいだけど、一緒には暮らしてないみたいだし。」
「そっちも軽薄だな。」
「まぁ……姉ちゃんが自殺したってのが大きかったな。あの家は。」
「お姉さんって……いつか盆踊りで口説きをしていた?」
「そう。大学も音大の声楽科。そのままヨーロッパの方で留学してたのに、無理矢理子供を作らされたんだろ?」
「え?」
 作らされた?そんなレイプみたいなことをされて作った子供がいるのだろうか。
「清子ちゃん知らなかった?」
「知らないです。西川さんの所は、お祖母さんがよく行ってたみたいですけど、私は……。」
「一番下の棗でも歳が離れてたしな。あそこの子供ちょっと変わってたし。」
 茂は向こうの方で薫製の準備をしていた。早速薫製を作るつもりなのだろう。その側では美玲が珍しそうにその行程を見ている。
「作らされたって何だ?」
「んー。あまり俺も詳しくはねぇけど、姉ちゃんが留学先で同じ国の指揮科だったかピアノ科だったかの永澤剛と結婚して、一年くらいで離婚したらいいのよ。でその男を寝取ったのが、今の奥さん。」
「奥さんも歌を?」
「そう。今でも第一線にいる永澤英子。」
 いつか辰雄が言っていた名前だ。許せないと言っていたのは、その姉から剛を奪ったからだろうか。
「それを苦に自殺したのか?」
「じゃなくてさ、永澤英子は子供が出来ない体だったらしい。だからその母胎に、その姉ちゃんを使ったらしい。」
「……つまり、代理母?」
「そう。奇跡的に卵子が見つかったから、それを受精させて産ませた。けど、姉ちゃんはそれを納得しないままだったから、産んだとたんに自殺をしたんじゃないかって。」
 その言葉に清子はちらっと史をみた。史には関係ない話かもしれない。しかし編集者という立場なのだ。もしかしたらその話をリークするかもしれない。こんな話が出たら、永澤剛も英子も信用が地に落ちる。
「心配しなくても俺は話さないよ。」
 その気持ちが分かったのだろう。史は清子にくぎを差す。
「あぁ。悪い。みんな出版関係だって言ってたな。」
「話しませんよ。そんなこと。」
 しかし晶は冷めた口調で言った。
「たぶん俺らがそれをリークしても、記事にはならねぇよ。」
「どうして?」
 大きな記事になると思う。だがその心配はないのだという晶の言葉が気にかかった。
「そんなでっかい記事、すぐにニュースになるわ。でも今までニュースにならなかったのは、きっと大きな圧力がかかってたんだよ。」
「圧力?」
「つまりだ。ヤクザとか政治家とかそういうやつ。」
 それがどれくらい前のことなのか知らない。だが確かに代理母出産をするとなれば、費用もリスクも高いだろう。それを内密に出来たというのは、やはりそういう力が働いていたのだ。
 そして清子がこれからこの町に住むというのも、大きな力が加わっている。「三島出版」という力だ。
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