不完全な人達

神崎

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 ふわふわの卵とタマネギ、ネギと鶏肉と豆腐も入った親子丼。釜揚げちりめんと小松菜の澄まし汁。キャベツとキノコの温サラダがローテーブルに並んだ。ダイニングテーブルもあるが、いすが二つしかないのでここに並べたのだ。
「美味しいな。お店でも出てきそうな味だ。」
「誉めすぎですよ。」
 機嫌が良くなった史はそれを口に運んで言う。
「豆腐が入っているの良いよな。それに鶏肉がうまいし。」
 晶もその味を見ながらそういった。いつか人嫌いだと言っていた清子の祖母が、余ったからと言って分けてくれた白菜の漬け物を思い出す。浅漬けにしていたそれは、優しい味がした。
「清子、お前漬け物は作らないのか?祖母さんが作ってただろ?」
 すると清子は澄まし汁を飲んで、晶に言う。
「荷物になるから。でも、実家に帰ったら作っても良いですね。」
「あぁ、そうしろ。そうしろ。あとさ、あの庭先にあった畑はどうするんだ?」
「あそこも開墾しないと。最初は難しいと思いますけどね。」
 清子がある程度大きくなったら、庭先に畑を作ったのだ。それが楽しいと言っていたのを覚えている。人と関わり合ってめんどくさいよりも、育てただけ成果が出る畑が面白かったのだろう。
「畑か。うちはそういったモノに縁がなくてね。」
 史はそういってサラダに手を伸ばした。
「編集長の地元って、どこだっけ。」
「ここから南にある温泉街だ。川があってね、父の実家は温泉宿をしている。」
「今でも?」
「あぁ。うちの父は三男でね。長男が継いでいる。」
 昔は保養所として、病気の人がよく来るような温泉街だった。だが今は廃れた温泉街であり、それを盛り上げようと若い店主たちが躍起になっているようだ。
「そういえば、取材があったな。」
 そういって晶は携帯電話を取り出そうとした。それを清子が止める。
「行儀が悪い。」
「ちっ。おかんみたいなことを言いやがって。」
 晶はそういって立ち上がると、台所へ向かった。
「うち、お茶はないですよ。水くらいしか。」
「わかってるよ。水が欲しいんだ。」
 冷蔵庫を開けると確かに水かビールくらいしかない。清子がたまに飲むという焼酎や酒は、棚に置いているのだ。
 コップに水を注ぐと、またローテーブルへ戻ろうとした。そのとき、ダイニングテーブルに置いてあった清子の携帯電話が目に留まる。
「清子。何かメッセージがきてるぞ。」
「え?」
 その声に清子は立ち上がり、ダイニングテーブルに置いてあった携帯電話を手にする。そしてメッセージを確認した。
「……やっぱり。」
「何だ。」
 携帯電話をのぞき見ると、こちらの言葉ではない文字の羅列がある。
「何だ?」
「ヨーロッパの方のオーケストラに問い合わせをしてみたんです。あっちはクリスマス休暇だろうから、きっと回答は年明けになるだろうと思ってたのですけどね。」
 それでも回答をしてくれた。ホームページに載っていた定期演奏会の画像。そこのコンマスについてのことだった。
「……んー。お前この言葉わかるのか?」
「拾い読みだけですけどね。どうやらこの人物は、この国の人ではないようです。」
 やはり肩すかしだったのか。清子はそう思いながら、携帯電話を置こうとした。しかし晶がそれを止める。
「……よく見ろよ。」
 二人の距離が近い。やきもきしながら、史も席を立ってそちらに向かう。
「お前、どんな問い合わせしたんだよ。別人じゃねぇか。」
「え……。」
「中途半端に聞くなよ。あっちも勘違いするだろ?俺がもう一回問い合わせてみるから。この様子だったらすぐに回答来るだろう。」
 晶はそういってそのアドレスをコピーしようとした。それを史が止める。
「食事が終わってからでも良い。あっちは昼間だろう?」
「それもそっか。とりあえず飯食うか。」
 世界を渡っていたのだ。言語も何もかも出来るのだろう。だから晶は頼りになると言われているようで、思わずそれを止めてしまった。
 嫉妬してる。それを認めたくなかった。

 清子が食器を洗っている間、晶は携帯電話で楽団に問い合わせをしていた。そして史は風呂に入っている。
 狭い湯船だがここ数日の疲れが抜けていくようだった。ほとんど眠っていないのだし、このまま湯船で寝そうだと思う。だがそれよりも気になることはある。
 はぐらかされたが、やはり晶と清子は寝ているのかも知れない。それは史のことを思って言わないでおこうと思ったのだろうか。だとしたら違う。こうやってごまかされるのが一番腹が立つ。
 やはり風呂から上がったら、聞いてみないといけないだろう。そう思いながら史は湯船から出ていった。
 そしてリビングに戻ると、晶の姿がなかった。清子は食器を洗い終わり、ソファーに腰掛けて手の中にある何かを見ていたようだった。
「清子。何を見ているの?」
 その声に清子はふと我を取り戻したように、史の方を見た。
「あ、出ましたか。」
 清子はそういって手の中にある鍵を見せた。
「鍵?」
「えぇ。昼間に冬山さんが見えられて、私に預けていきました。」
「トランクルームの鍵みたいに見えるね。」
「トランクルームの鍵です。C区にあるそうですね。」
 詳しい場所はわかる。しかしこれを預かっていていいのだろうかとも思った。
「春川さんって言う作家の方に渡して欲しいと。」
「春川?あぁ。いつか俺も本を読んだことがあるな。」
「女性だそうです。冬山さんに何かあったらと……。」
 何か?あの男に何かあるのだろうか。史はそれを見て、首を傾げる。
「病気?」
「はっきりとは言いませんでしたけど……もしかしたら、もうそんなに長くないのかも知れません。」
 今まで会ったこともない叔父だ。声もかけられたことはない。なのにどうしてこんなに戸惑うのだろうか。
「会ったことはそんなになかったはずです。でも……どうしてこんなに戸惑うのか。」
「なるほどね。君が急に父親のことを調べるのはおかしいと思ったよ。その為でもあるんじゃないのか。」
「……そうですね。それから……これを渡してきました。先日ですけど。」
 そういって清子はバッグの中から名刺をとりだした。それは弁護士事務所の名刺だった。
「何かあったらこの人を訪ねてくれと。」
「遺言のようなものかな。清子。年明けにでも行ってみる?」
「まだ危ないという感じではなかったんですけど……。」
「何かが会ってからじゃ遅いかも知れないよ。ほら、君のところには金を欲しがる男もいるのだろうし。」
 そうだ。長男は清子を追い出してまであの家を手に入れたのだ。そんな叔父が、祥吾の遺産に目を付けないわけがない。
「そうですね。年明けにでも……。」
 すると部屋の外から晶が戻ってきた。
「お、風呂あがった?俺入って良い?」
「男で風呂まで欲しがるんだ。」
「けち。せっかく話をしたのによ。」
 その言葉に清子が晶の方へ行く。
「どうでしたか。」
「んー。やっぱ別人だな。このコンマス、隣の国のヤツだわ。今はその国でバイオリニストをしてるみたいだ。」
 そういって晶は、携帯電話を取り出して清子に見せる。
 振り出しに戻った。清子はそう思いながら、ため息をつく。
「つーことで、風呂入って良い?」
「どうぞ。」
「やった。湯船溜めてんだろ?外超寒かったからさ。」
 そういって晶は風呂場へ向かう。その様子に史はため息をついた。まるで晶が恋人のようだと。
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