不完全な人達

神崎

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 真っ先にやってきたのは晶だった。ヤクザと話をしていた清子を見て、焦っていたのかもしれない。
「清子。」
 車に帰ろうとしていた男は、少し笑ってそちらを見る。そして車に乗り込むと、下っ端の男に声をかけた。
「出せ。」
「はい。」
 男は煙草に火をつけて、サイドミラーから見える清子と晶、そして史の姿を見ていた。一人で生きていけると信じている女。それに手を出す男たち。
 昔を思い出す。そんな女がいた。だが女は子供を産みながら絶望にまみれて死んだのだ。その残された子供は、剛の子供として育っている。何も知らず、父と母の子供だと信じながら。

「ったく……勝手にこんなところに来るんじゃねぇよ。」
 不機嫌そうに晶はそういって煙草に手を伸ばそうとした。しかし煙草が切れている。どこかで買わないといけないだろうか。
「……すいません。やはりしっかりと調べた方が良いと思って。」
 助手席に載っていた史は、冷静そうだがやはりいらついているのだろう。このまま清子がどこかへ連れて行かれたら、自分では助けにいけないと思っているのだ。その証拠に手を組んだ先の指が、せわしなくとんとんと肘を叩く。
「どうしていきなり自分の親族を調べようと思ったの?あまり関心はなさそうだったけどね。」
 史は清子の方を見ないままそう聞く。するとバックミラーの清子は、少し戸惑っていた。その様子に晶がため息をついた。
「了に何か言われたか?了が冬山祥吾を見たって言ってたし。誰かがお前の親族だって言ってた。」
「……えぇ。あの……。」
「いきなり親が気になるのか?言われたからって、すぐ行動してそれしか見えなくなるの、いい加減辞めろよ。迷惑。」
 晶はそういってウィンカーをつけた。そしてコンビニの駐車場に入っていく。
「煙草買ってくる。あんたらいらないの?」
「待っておくよ。」
 すると晶はエンジンをかけたまま、車を降りた。外が寒いからだろう。暖房を利かせる意味でもありがたい。
「……史。ごめんなさい。勝手なことをして。」
「過ぎたことだから。でも……どうして今更両親のことを知りたいと?」
 すると清子が戸惑ったように言った。
「あの……お正月に史の実家に帰ると言っていました。」
「あぁ。恋人を紹介したいからね。」
「……中卒ですし、ふらふら職場を転々としてましたし、せめて自分が誰なのかくらいは、説明できていた方が良いかと。」
「え?うちの親に?」
 その言葉は寝耳に水だった。まさか自分のためにしてくれていたことだと思ってもなかったから。
「はい。あの……誰でもそうだと思うんですけど、どこの誰だかわからない人に自分の息子を任せることは出来ないと思うんです。私が逆の立場なら、きっとそうします。」
 子供を作るとかは考えたことはない。だが万が一、自分に子供がいたらそうする。
「清子。それはあまり考えなくても良い。」
「でも……。」
「結婚したいとか思ってる?」
「……いいえ。それは思いませんが。」
「たぶん、うちの父は「遊ぶ歳ではない」というかもしれない。でも俺もまだ、君のことを知れてない。もっとじっくり、君のことを知りたいと思う。だから……今はそんなことを知らなくてもいいんだ。もし知りたくなったんだったら、いくらでも方法はあるし。」
「え?」
「戸籍を調べることは、役所で出来る。でも、戸籍で人は判断しない。君のままでいて良いから。」
 今すぐにキスをしたい。だがコンビニから出てきた晶が見えた。今は無理だ。家に帰ったらすぐにキスをしたい。それから求めあいたい。
 体の疲れはとっくにピークを超しているが、一度だけでもしたい。それくらい可愛い行動をしてくれた。
「お待たせ。えっと……とりあえず清子の家でいいのか?」
「スーパー行きたいです。」
「そっか。お前飯食ってねぇもんな。もうそこのファミレスでよくねぇ?」
 史はその会話を聞いて少し笑った。
「久住が金が貯まらない理由がわかったよ。」
「え?」
「無駄遣いが多い。食事なんて簡単にぱっぱっと作れるモノもあるのに。」
「へぇ。そうですか。」
 あまり真面目には聞いていない。清子はそう思いながら、その晶の横顔を見ていた。そして晶に言う。
「今日は心配をかけてしまいました。久住さん。よかったらうちで食事をしませんか。」
 それはただの清子の気まぐれだったのかも知れない。だが晶は驚いたように、信号で停まって清子の方をみる。
「マジで?」
「清子。」
 史はそれを止めようとした。しかし清子は首を横に振る。
「普通の家庭料理が恋しいと言っていました。まだ少し西川さんのところで貰った鶏肉もありますし、そろそろ消費しないといけないと思っていたので。」
「良いねぇ。どの部位が残ってんの?骨付き?」
「いいえ。もも肉がありますね。」
「親子丼しようぜ。お前の親子丼、祖母さんの直伝だろ?」
「よく知ってますね。」
「何か、うちの祖母さんと話をしてたの聞いたことがあるわ。「清子に親子丼の作り方を教えたけど、なかなか上手くいかないな」って。」
「……それっていくつの時ですか。変なことを言って。」
 とんとん拍子で話は進んでいく。史は不機嫌そうに、外を見ていた。あの部屋に二人きりだと思っていた。なのに晶もやってくる。
「ほら、編集長がふてくされた。」
「は?」
「腹が減ってんじゃねぇの?」
 その言葉に清子は少し笑っていった。
「親子丼は食べたことがないですよね。」
「あぁ。」
「簡単ですから、すぐ出来ますよ。」
 そんな問題じゃない。史は少しため息をついて、外を見た。もうすっかり暗くなっている。二人で入れる時間はもうあまりないのだから、邪魔をしないで欲しいと思った。
 そして晶も、隙があれば奪ってやりたいと思っていた。抱きしめて、キスをして、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。今日、さらってやる予定だったのだ。いい口実になった。
 清子が勝手に行動をしたのは誉められたことではない。だが清子を手に入れるチャンスにはなったかもしれないのだ。
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