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多忙
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すっと目を閉じれば肩を揺さぶられるような感覚に思える。目を開けると、心配そうな清子の顔があった。
「時間ですけど、気分はどうですか。」
携帯電話を取り出して時計を見ると、一時三十分。あれから三十分くらい眠っていたのだろうか。
「少しだるいな。でも気分はさっきよりもいいみたいだ。」
それでも目の下のクマは取れていない。やはり仮眠くらいでは疲れはとれないのだ。
膝掛け毛布とコートを手にして清子に手渡し、立ち上がると体がばきっと音を立てたようだった。
「明日まで……イヤ、今日までですね。」
「今日は昼までに終わらせないとね。それから大掃除をするんだ。」
「大掃除……。」
定期的なメンテナンスと毎日の掃除は業者がするが、必要のない書類や業者では手に入れることが出来ないところの掃除をするのだろう。もちろんここの倉庫も掃除をすることになる。
「それが年間の日課になってる。それから夕方に仕事納めだ。だから、それまでに仕事を終わらせないとね。」
「そうでしたか。だったらそれもホームページに載せないといけませんね。」
いつもの清子に見える。だがこの三十分で何かあったのかもしれない。表情が浮かないように見えるから。
「行く前に、眠気を覚ましていい?」
不意に手を引かれて、清子を抱き寄せる。すると清子はその体に手を伸ばした。そして史がその体を少し離すと、その唇に軽くキスをする。
「ありがとう。目が覚めたよ。」
「……コーヒー入れましょうか。それから、おにぎりをもらってます。」
「もらうよ。ありがとう。」
そういって清子のあとをついて行くようにオフィスに戻っていった。
帰ると言っていた了はまだ残っているようだった。史の仕事を手分けしてしていたのだ。おかげで結構進んでいる。
清子は史の仕事をしていたが、その合間にホームページにあるSNSのメッセージを見ていたようだ。それに対して反応は示していないが、中には「がっかりした」というメッセージもある。つまり、「なりすまし」に全てを押しつけて自分には全く非がないと思っている人もいるらしい。
「こういうときはどうしているんだろう。」
清子がつぶやくと、ふと携帯電話を見る。そういうときに相談する相手はいないことはない。だが時間が時間なだけに、連絡をするのをためらってしまう。
「……。」
やめておこう。携帯電話から目を離して、清子はまた仕事に戻った。そのときだった。清子のデスクの上の内線が鳴る。ヘッドホンをはずすと、受話器を上げた。
「はい……。はい。わかりました。すぐ行きます。」
清子は受話器を置くといすから立ち上がり、史の所へ向かう。
「どうしたの?」
「慎吾さんが見えているそうです。外部の方がここにくることは時間的に無理なので、ちょっと会ってきます。」
「そうだね。今回のことは慎吾さんにも意見を聞きたいところだ。それから……朝でいいから、我孫子さんにも意見を聞きたいところだな。」
「わかりました。」
そういって清子は携帯電話とパスを手にすると、オフィスの外に走っていった。
「慎吾?」
また男の名前か。人嫌いに見えるが、割と男関係が派手なのかもしれない。
「清子が唯一、同等で話が出来る相手。」
晶は資料に目を通しながら、そういった。晶にとってはあまり上機嫌に相手が出来る男ではないのだろう。
清子は一階に降りると、パスを手にしてゲートをくぐる。そして裏口に向かうと、警備員の側に見覚えのある金色の髪が見えた。
「慎吾さん。」
「清子。良かった。まだ会社に光があったから、いるだろうと思ったのは当たりだったみたいだ。」
慎吾はそう言って、警備員から少し離れたところに清子を呼ぶ。
「SNSのことだけど。」
「やはりそのことでしたか。慎吾さんの所はどうですか?」
「俺の所にもそう言った「なりすまし」もいるし、根も葉もない噂を立てられることはある。だがこんなに直球に声明文を出したことはない。」
「……逆効果だと思いますか。」
「いいや。あの男が本当に女遊びをしたことがないというのだったらそんな噂を立てられるのは本望ではないだろうし、イメージもダウンするだろう。うちはそういう噂がついたほうが箔がつくが。」
そういった男の方が、AV男優としてはメーカーに慣れているということであいつを使おうというメーカーもあれば、手が早いと女優にも手を出すのかもしれないと怪訝するメーカーもある。
どちらにしてもクリーンな男は、あまり好まれない。そう言った意味では女の悪い噂は歓迎するところだ。
「お前の所はいつまで仕事だ。」
「明日までです。」
「いつから仕事を始める?」
「四日からだそうです。」
「それまではどうするんだ。」
「対応は出来ないとホームページに載せます。」
「そこが穴だな。セキュリティの感度を上げておくべきだ。誰も管理する人がいなければ乗っ取られることもあるだろう。」
「……。」
そのとき後ろから声がかかる。
「その心配はない。」
振り向くと、そこには優がいた。まだこの男も会社に残っていたのか。
「三沢部長。」
優は少し笑って、慎吾を見下ろす。
「あ……。三沢教授ですよね。」
「そう。君は覚えてる。阿久津君だったかな。確か……芸能事務所の人だった。」
「覚えてましたか。」
「あぁ。その容姿で、君が芸能人かと思っていたから。」
すると慎吾は首を横に振る。
「他の会社との情報交換は感心しないな。徳成さん。」
「すいません。でも……。」
「これからは俺を頼っていいから。この男とか、我孫子さんとか、別に必要ないよ。」
その言葉に慎吾はむっとしたように優に詰め寄ろうとした。しかし清子がそれを止めて優にいう。
「今までずさんすぎるネット環境でした。セキュリティすら手を抜いていて、このままだったら個人情報が流出するかもしれないと思ってたくらいです。」
「そこまで力を入れていなかったんだろう。だが時代はそう言っていられない。紙は売れない時代だからね。」
「それを立て直して、ネット環境を充実させ、出版物を売るようにしています。それをやったのは、あなたじゃない。」
「君がした。そう言いたいのか。」
「私だけではありません。他の方の助けがあったから何とかなったんです。だから……これからも情報の交換はしたいです。」
「君は、あらゆる講習会や勉強会に行っているみたいだけど、これからは俺が指定したやつだけでいいといっても?」
「いいえ。私が見てそれに行きます。」
「可愛くない女だな。そんなにがつがつ知識だけを入れてどうするんだ。女はいずれ退職するんだから、そんなにしなくてもいいのに。」
その言葉に慎吾が呆れたように言った。
「あんた、男尊女卑が凄いな。」
「え?」
さっきと態度が違う。それだけ慎吾もいらついているのだ。
「まさか、女はいずれ結婚して家庭に入って子供を産めばいいとでも思ってるみたいに取れる。」
「別にそうは思っていないよ。女でも使える人は使える。ただ、他の会社と情報交換なんかしてれば、いつか情報が漏れたとき疑われるのは君だから。」
それを危惧していたのか。だったら納得はできる。だが清子は首を横に振った。
「慎吾さんはそんなことをしません。」
「清子。」
「慎吾さんの会社とは、おそらくこれからも繋がりを持つでしょう。それに、私が信用してます。」
自分の早とちりで、思わず清子を抱きしめた。嫌がる清子にキスをしたというのに、清子はそれでも信用してくれているのだ。それを裏切るわけにはいかない。慎吾は首を横に振って清子に言う。
「清子。もういいよ。上司が言うことを優先させた方がいい。」
「でも……。」
「一般的な会社に入るって事は、たぶんそう言うことも必要なんだと思う。俺みたいに、親がしているからしているというのとはまた違うんだ。」
「ずいぶん物わかりがいいんだね。」
「今の口調だったら、会社外だったら口を出すことは出来ると思うから。俺も……清子は信用してるし。だから、会社の資料を見せたんだ。」
そうだった。いつか社長である母に止められたが、清子に契約書を見せた。それは会社にとっての命綱だろうに。
「時間ですけど、気分はどうですか。」
携帯電話を取り出して時計を見ると、一時三十分。あれから三十分くらい眠っていたのだろうか。
「少しだるいな。でも気分はさっきよりもいいみたいだ。」
それでも目の下のクマは取れていない。やはり仮眠くらいでは疲れはとれないのだ。
膝掛け毛布とコートを手にして清子に手渡し、立ち上がると体がばきっと音を立てたようだった。
「明日まで……イヤ、今日までですね。」
「今日は昼までに終わらせないとね。それから大掃除をするんだ。」
「大掃除……。」
定期的なメンテナンスと毎日の掃除は業者がするが、必要のない書類や業者では手に入れることが出来ないところの掃除をするのだろう。もちろんここの倉庫も掃除をすることになる。
「それが年間の日課になってる。それから夕方に仕事納めだ。だから、それまでに仕事を終わらせないとね。」
「そうでしたか。だったらそれもホームページに載せないといけませんね。」
いつもの清子に見える。だがこの三十分で何かあったのかもしれない。表情が浮かないように見えるから。
「行く前に、眠気を覚ましていい?」
不意に手を引かれて、清子を抱き寄せる。すると清子はその体に手を伸ばした。そして史がその体を少し離すと、その唇に軽くキスをする。
「ありがとう。目が覚めたよ。」
「……コーヒー入れましょうか。それから、おにぎりをもらってます。」
「もらうよ。ありがとう。」
そういって清子のあとをついて行くようにオフィスに戻っていった。
帰ると言っていた了はまだ残っているようだった。史の仕事を手分けしてしていたのだ。おかげで結構進んでいる。
清子は史の仕事をしていたが、その合間にホームページにあるSNSのメッセージを見ていたようだ。それに対して反応は示していないが、中には「がっかりした」というメッセージもある。つまり、「なりすまし」に全てを押しつけて自分には全く非がないと思っている人もいるらしい。
「こういうときはどうしているんだろう。」
清子がつぶやくと、ふと携帯電話を見る。そういうときに相談する相手はいないことはない。だが時間が時間なだけに、連絡をするのをためらってしまう。
「……。」
やめておこう。携帯電話から目を離して、清子はまた仕事に戻った。そのときだった。清子のデスクの上の内線が鳴る。ヘッドホンをはずすと、受話器を上げた。
「はい……。はい。わかりました。すぐ行きます。」
清子は受話器を置くといすから立ち上がり、史の所へ向かう。
「どうしたの?」
「慎吾さんが見えているそうです。外部の方がここにくることは時間的に無理なので、ちょっと会ってきます。」
「そうだね。今回のことは慎吾さんにも意見を聞きたいところだ。それから……朝でいいから、我孫子さんにも意見を聞きたいところだな。」
「わかりました。」
そういって清子は携帯電話とパスを手にすると、オフィスの外に走っていった。
「慎吾?」
また男の名前か。人嫌いに見えるが、割と男関係が派手なのかもしれない。
「清子が唯一、同等で話が出来る相手。」
晶は資料に目を通しながら、そういった。晶にとってはあまり上機嫌に相手が出来る男ではないのだろう。
清子は一階に降りると、パスを手にしてゲートをくぐる。そして裏口に向かうと、警備員の側に見覚えのある金色の髪が見えた。
「慎吾さん。」
「清子。良かった。まだ会社に光があったから、いるだろうと思ったのは当たりだったみたいだ。」
慎吾はそう言って、警備員から少し離れたところに清子を呼ぶ。
「SNSのことだけど。」
「やはりそのことでしたか。慎吾さんの所はどうですか?」
「俺の所にもそう言った「なりすまし」もいるし、根も葉もない噂を立てられることはある。だがこんなに直球に声明文を出したことはない。」
「……逆効果だと思いますか。」
「いいや。あの男が本当に女遊びをしたことがないというのだったらそんな噂を立てられるのは本望ではないだろうし、イメージもダウンするだろう。うちはそういう噂がついたほうが箔がつくが。」
そういった男の方が、AV男優としてはメーカーに慣れているということであいつを使おうというメーカーもあれば、手が早いと女優にも手を出すのかもしれないと怪訝するメーカーもある。
どちらにしてもクリーンな男は、あまり好まれない。そう言った意味では女の悪い噂は歓迎するところだ。
「お前の所はいつまで仕事だ。」
「明日までです。」
「いつから仕事を始める?」
「四日からだそうです。」
「それまではどうするんだ。」
「対応は出来ないとホームページに載せます。」
「そこが穴だな。セキュリティの感度を上げておくべきだ。誰も管理する人がいなければ乗っ取られることもあるだろう。」
「……。」
そのとき後ろから声がかかる。
「その心配はない。」
振り向くと、そこには優がいた。まだこの男も会社に残っていたのか。
「三沢部長。」
優は少し笑って、慎吾を見下ろす。
「あ……。三沢教授ですよね。」
「そう。君は覚えてる。阿久津君だったかな。確か……芸能事務所の人だった。」
「覚えてましたか。」
「あぁ。その容姿で、君が芸能人かと思っていたから。」
すると慎吾は首を横に振る。
「他の会社との情報交換は感心しないな。徳成さん。」
「すいません。でも……。」
「これからは俺を頼っていいから。この男とか、我孫子さんとか、別に必要ないよ。」
その言葉に慎吾はむっとしたように優に詰め寄ろうとした。しかし清子がそれを止めて優にいう。
「今までずさんすぎるネット環境でした。セキュリティすら手を抜いていて、このままだったら個人情報が流出するかもしれないと思ってたくらいです。」
「そこまで力を入れていなかったんだろう。だが時代はそう言っていられない。紙は売れない時代だからね。」
「それを立て直して、ネット環境を充実させ、出版物を売るようにしています。それをやったのは、あなたじゃない。」
「君がした。そう言いたいのか。」
「私だけではありません。他の方の助けがあったから何とかなったんです。だから……これからも情報の交換はしたいです。」
「君は、あらゆる講習会や勉強会に行っているみたいだけど、これからは俺が指定したやつだけでいいといっても?」
「いいえ。私が見てそれに行きます。」
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その言葉に慎吾が呆れたように言った。
「あんた、男尊女卑が凄いな。」
「え?」
さっきと態度が違う。それだけ慎吾もいらついているのだ。
「まさか、女はいずれ結婚して家庭に入って子供を産めばいいとでも思ってるみたいに取れる。」
「別にそうは思っていないよ。女でも使える人は使える。ただ、他の会社と情報交換なんかしてれば、いつか情報が漏れたとき疑われるのは君だから。」
それを危惧していたのか。だったら納得はできる。だが清子は首を横に振った。
「慎吾さんはそんなことをしません。」
「清子。」
「慎吾さんの会社とは、おそらくこれからも繋がりを持つでしょう。それに、私が信用してます。」
自分の早とちりで、思わず清子を抱きしめた。嫌がる清子にキスをしたというのに、清子はそれでも信用してくれているのだ。それを裏切るわけにはいかない。慎吾は首を横に振って清子に言う。
「清子。もういいよ。上司が言うことを優先させた方がいい。」
「でも……。」
「一般的な会社に入るって事は、たぶんそう言うことも必要なんだと思う。俺みたいに、親がしているからしているというのとはまた違うんだ。」
「ずいぶん物わかりがいいんだね。」
「今の口調だったら、会社外だったら口を出すことは出来ると思うから。俺も……清子は信用してるし。だから、会社の資料を見せたんだ。」
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