不完全な人達

神崎

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来訪

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 清子の肌はまるで陶器のように白くしっとりしていて、吸いつくようだと思う。まだ下着を付けたままなのにピンク色に染まりつつある肌は、なにを期待しているのだろうか。
 史はそのまだ立ったままの清子のその下着の中に手を入れて、その先を出そうとしている。まだ下着を付けたままというのが、とてもそそられる。そのときだった。
「待って……。」
 どこかで理性が働いたのだろうか。清子は腕を伸ばして史を遠ざけた。
「どうしたの?」
「あの……。すいません。急に、こんな事になってしまって……。」
「こんな事?」
 清子は史から離れると、クローゼットに足を延ばす。手には白いものが握られていた。そしてトイレに向かう。
「……。」
 意味がわかった。史は少しため息をつくと、ベッドに腰掛ける。そして出てきた清子は床にあったセーターを身につけた。
「すいません。急に来てしまって。」
「こればっかりは女性の体だからね。痛みはいつもあるの?辛くない?」
 その言葉に清子は少し笑う。男にはわからない辛さだ。なのに清子を気遣うような言葉をかけてくれる。
「少し貧血気味だといわれたことがありますね。倒れたこともあって。」
「え?大丈夫なの?」
「十代くらいの時です。今は自衛することも、薬もいいものがありますから。」
「鉄剤は空腹で飲むと胃が悪くなるから、何か食べた方がいいよ。痛み止めとかは?」
 こんなに優しく心配してくれる人がいるだろうか。ずっとセックスしていなくて、昨日はクリスマスだったから当たり前の恋人のように過ごしたかっただろうに、それを我慢してくれている。その上、今日肌を合わせることができると思ったら、生理が来てできなくなった。これでしばらくまたセックスはできないだろう。
 タイミングが悪すぎる。
「あの……史……。」
「ん?」
 史は煙草に手を伸ばして、それに火をつけた。生理になったことはないが、久しぶりにセックスをしたりするとホルモンの関係なんかできつくなることもあるらしい。だからなるべく刺激をしないでおこうと思っていた。
 だが清子は史を見上げると、史の太股に手をかけた。
「どうしたの?」
「……あの……今日は出来ないし、後三、四日くらいは出来ないと思うんですけど。」
「うん。そうだね。」
「その……口と手でしましょうか。」
 その言葉に思わず煙でむせそうになった。清子は真っ赤になり、史から視線をそらせる。
「すいません。何て言っていいか……。」
「無理しないでいいし、それにいましたら君が気分が悪くなるかもしれない。生理の時は煙草を控えたりする?」
「いいえ。そこは特には。」
「どっちにしても今はいいから。」
「え?」
「食事をして薬を飲んで、しばらくしたらお願いするかもしれない。君が隣にいて我慢できないかもしれないし。」
 その言葉に清子は少し笑った。

 昼休憩になり、清子はパソコンをスリープにしようとしたときだった。史がオフィスに戻ってきた。だがその表情は少し険しい。
「編集長。なんか機嫌悪そうだな。」
「珍しいね。」
 香子もあまり史のそんな表情をみたことがない。何かあったのだろうか。「pink倶楽部」の部数は微増ではあるが上がっているので、編集長同士の話し合いでは「廃刊にした方がいい」なんていう声はなくなったと言っていたのに。
「……徳成さん。ちょっといいかな。」
 清子がヘッドホンをはずしているのをみて史は、清子を呼ぶ。清子も立ち上がって史の方へ向かう。
「どうしました。」
「昼休憩が終わったら、ITの部門へ顔を出してほしい。」
「一階でしたか。」
「そう。ITの部門は部長が代わってね。年明けから君が兼務する話を聞いているから、顔を見せてほしいと。」
「もういらしているんですか。」
「あぁ。今日はとりあえず顔見せだけだって言ってたけど……。」
 原因はこれなのだろうか。ずいぶん疲れているのは、これだけなのだろうか。
「……それから……。」
 オフィスの人たちがほとんどはけたのを見て、史は小声で言った。
「社宅が空いていなかった。」
「あぁ……そうなんですね。仕方ないですよ。」
「同じようなことを考えている人が多くてね。特に離れている人を優先したいという事だから。」
「だったら仕方ないですね。うちは狭いですけど、いいんですか?」
 その言葉が意外だった。だから部屋を出てくれと言われるのかと思っていたが、案外受け入れられているのだ。
「いいの?」
「断る理由が見つかりません。」
 それに一人でいるよりも楽だ。割と何でもしてくれるし、買い物へ言ったときなど米などを持ってくれるのはありがたい。
 一人の時に米がないときは米しか買えないのだから。
「疲れてるのってそれが理由ですか?」
「がっかりしたからね。」
「……私の方が……。」
「え?」
「一人になったときいろいろと不便が出来るだろうなと思って。」
 慣れてしまってはいけない。そう思いながら、結局慣れてしまっている。今の状態が異常で、一人の時が通常なのだから。
 そのとき、オフィスに一人の男が入ってきた。それは「pink倶楽部」の人間ではない。色黒で、背が高い男だった。一昔前のAV男優を彷彿させるような男は、イヤでも目立つ。それについてくるようにもう一人の男が入ってきた。
「あ、正木編集長。」
 その姿に、史は思わず立ち上がった。
「沢木部長。わざわざここまで来たんですか。」
「あぁ。どうせだからその……徳成さんって人と食事でもしようと思ってね。」
 絵に描いたようなちゃらい男だ。清子は少しいぶかしげに男をみる。
「君が徳成さん?」
「はい。徳成清子です。」
「沢木優。元々は大学で講師をしていたんだけどね。我孫子さんの弟子だって言ってたね。」
「弟子だなんて……そんな大したものではありませんよ。」
「我孫子さんは同じ職場だったんだ。我孫子さんは残ったけど、俺はここに専属でね。」
「はぁ……。」
「で、早速だけど、今夜空いていないかな。」
「え……今夜ですか?」
 急だ。どうしたらいいだろう。清子はうまいいいわけを考えて引き取ってもらおうかと思っていた。そのときだった。
「今度集められたIT部門の人が集まる飲み会だよ。あまり深く考えないでいい。ここでも飲み会位するだろう?」
「はぁ……。」
「それにここにいるよりも、身になるような話をするだろうし。」
「身になる?」
 その言葉に清子は沢木をみる。
「男と女のあれこればかりだとうんざりしない?」
「しませんね。こういう世界もあるのかと、ここに来て世界が広がった気がします。ウェブ上ではわからない「リアル」がここにあるので。」
 清子は元々表情がわかりにくい。だがいらついているのは確かだ。だがこれから世話になるのだろうから、もっとうまくやればいいと思う。
「生意気だね。こいつと衝突しなければいいが。」
 こいつといわれた男を清子は見て、少し気後れした。
「……もしかして……久住さんの……。」
 わざと視線を逸らしていたのに気づかれてしまった。沢木の後ろの男は、わざと舌打ちをした。
「久住。失礼だろう。」
「今は派遣でしょ?別にいいじゃないですか。」
 何だろう。この晶をもっと失礼にさせたような感じの男は。史は笑顔のままに、男に聞いた。
「君は?」
「沢木さんの弟子です。久住了といいます。」
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