不完全な人達

神崎

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来訪

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 自分のパソコンをスリープ状態にして、清子はテーブルの上で晶のノートパソコンを取り出した。清子が持っているノートパソコンは、清子がいつも移動するときに持っているためになるべく薄く軽く、そしてそこそこのスペックを持ったものを選んでいるが、晶のノートパソコンはそれより何世代か前のもので重いものだ。
「いつ買ったんですか?」
「いつだっけな。こっちに帰って来る前も使ってたけど、さすがに起動しなくなって買い換えたんだっけ。だから……五年はたってるか。」
 晶はベッドに腰掛けて、煙草に火をつける。それだけ距離を保とうとしているのだ。清子がへそを曲げて、「やらない」と言い出したら業者に出すことくらいしか、パソコンに関しては知識はない。
 しかも業者に出せば、数日か、数週間かパソコンが手元にない状態になる。それは仕事にも影響が及ぼされるだろう。
「五年くらいではそうスペックは変わらないですけどね。中古品ですか?」
「そう。よくわかったな。」
「初期化してるけれど、その跡があるから。」
 初期化してもウィルスまでは初期化されない。どうやらウィルス対策のソフトは入れているが、アップデートされていない。アップデートしなければ、ウィルス対策としては全く意味がない。その割にはインターネットを繋いだ跡がある。もしかしたら何かウィルスに犯されているのかもしれない。
「とりあえずネットに繋げてみます。」
 手際よくインターネットに繋ぎ、ウィルス検査をしてみた。しかしウィルスらしいウィルスはない。
「危ないサイトに繋がなかったらウィルスは感染しないのか?」
「インターネットに繋いでいれば、その可能性はあります。でも……このパソコンは、ウィルスに犯されてない。」
「繋いで用事が終わったら、すぐ切るからな。」
「メールを送るだけみたいな。」
「そんな感じ。あとは、携帯じゃわかんない細かい画像とか。」
「なるほど。でも……原因は分かりました。」
 晶は驚いて煙を吐き出しながら、清子をみる。まだ煙草の一本も吸い終わっていないのだ。
「何?」
「このパソコン自体のアップデートをしていないのと、セキュリティーソフトのアップデートをされていないこと。それから、このアプリを起動したときに電源が切れるのでしょう?」
「あぁ。」
「アプリ自体のアップデートをしていないからですね。」
 ソフトウェアのアップデートだが、そもそもこのアプリ自体が今、使えているのだろうか。見たこともないアプリだがと思いながら、清子はとりあえずパソコン自体のアップデートを始めた。
「スペックは足りるかな。」
「あれ?増設した方が良いとか?」
「……余裕は割とあるみたいだから、大丈夫ですね。」
 意外だと思った。写真なんかの画像が入っているのだと思っていたが、それはあまり入っていない。
「写真はあまり入っていないのですね。」
「あぁ。写真はハードディスクに入れてるから。どこでも誰のパソコンでも見れるように。」
「なるほどね。」
 確かにパソコンを持ち歩くよりも、そっちの方が良いかもしれない。晶らしい言葉だと思った。
「どこかに画像を送るつもりだったんですか。」
「そう。別の会社だけどな。あの町の奥の町にある温泉街があるじゃん。そこの温泉場をとってきて欲しいって。」
「別の会社?」
 いぶかしげに清子がきくと、晶は少し笑って煙草を消した。
「や……あれだ。」
「副職しているんですか?会社は副職禁止だと言われてたと思うんですけど。」
「言うなよ。編集長に。」
 言うつもりもないが、なぜそんなに金が必要なのだろう。少し不思議に思いながら、清子は晶にきく。
「何でそんなにお金が必要なんですか?借金でもあるとか?」
 ギャンブルの噂は聞かないが、していると言っても不思議ではない。そんな容姿をしている。
「借金なんかねぇよ。んー。お前本当に編集長に言うなよ。」
「言いませんよ。」
「結婚資金。」
「は?」
 晶が結婚するのだろうか。そんな話は聞いていないし、第一そんな相手がいるのだろうか。いるとしたらどうして清子に手を出そうとしているのかわからない。
「動揺した?」
「いいえ。」
 嘘だ。目が泳いでいる。意識しているからそうなるのだ。清子も少しずつ、晶を意識しているのかもしれない。そう思うと、思わず抱き寄せたくなる。
「弟のだよ。結婚したい相手がいるらしい。」
「……あぁ……。」
「良い相手だよ。前から結婚したいって言ってたけど、親に反対されてさ。ほら、兄貴が犯罪歴があるし。それで一度婚約は破棄されたんだ。」
「……。」
 清子も煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
「でも相手が、そんなの関係ない。駆け落ちしてでも一緒になるって親に言ってくれたらしい。それで復縁したんだ。」
「良い相手ですね。」
 自分ではそう言ってくれないだろう。中卒で、身内が居なくて、どんな相手かもわからないような人に嫁に来てもらいたいなど思わない。
 史の親もきっとそう言うだろう。
「そんな事を言われたら、あっちの親が根負けしてさ。」
「出て行かれたら帰って来づらくなりますよね。」
「孫が出来ても家に帰らないなんてなったら、寂しいに決まってるだろ?けど一つ条件を出したんだ。」
「お金ですか?」
「そう。時代錯誤かもしれないけど、結納金と式の金は出してくれって。あっちも倹約はしてるしうちと違って副職は許可してくれるようなところだけどさ、やっぱ限度があるよな。」
「茂さんには言ってるんですか?」
「兄貴に言ったら、家を売るとか、土地を売るとか言いかねないし。」
 確かにあの兄なら言いかねない。甘い男だからだ。良くあれで、刑務所で無事に過ごせたものだと感心する。
「で、どれくらい必要なんですか?」
「結納金が百万。式で三百万。」
「高っ。」
 思わずそう言ってしまった清子は、灰を落として黙ってしまった。
「式で取り返せる部分はあるけど、それでも四百万くらいいるかな。」
 そんな金を出してまで、式を挙げないといけないのだろうか。結婚式に呼ばれたことはないが、結婚式場には呼ばれて仕事をしたことはある。
 あの真っ白なウェディングドレスを着て、真っ赤なバージンロードを歩いて、考えただけでも肩がこりそうだ。
「編集長はしたいって思ってんだろ?」
「面倒……。」
 思わず声に出してしまった。すると晶は少し笑って、ベッドから床に降りる。
「俺は結婚するときは役所に届けて終わり。それで良いと思うけどな。」
「それを望む人と一緒になってください。」
 煙草を消して、清子は一度立ち上がると自分のパソコンの横に置いてあったコーヒーを手にする。そして晶のパソコンをみる。
「もう少しですね。」
「お前が編集長と結婚するとかって言うんだったら、奪いに行ってやろうかな。」
「やめてください。」
「でもお前、このままでいいのか?」
「……。」
「このままだったら、あいつの流され放題になるんじゃないか。」
 その言葉にずきっと心が痛んだ。自分は自分だと言い聞かせていたのに、いつの間にか史のペースになっている自分がいた。
 史と体を合わせる度に、従順になっている自分がイヤだ。
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