不完全な人達

神崎

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食卓

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 駅にたどり着くと、晶は清子を車から降ろした。まだ史が来るには少し早いかもしれない。ふと目の前の港をみる。雲の隙間からみえる夕日が沈みかけていて、風が出てきていた。
 清子は首に巻いているマフラーをあげると、ふと慎吾のことを思い出した。そうだ。今日、慎吾にもキスをされた。史以外の人と二人もキスをするなど、史に言えるわけがない。
「清子。やっぱまだ車の中にいるか?」
「待合室で待ちます。久住さんは……。」
 そのとき、港から網を持った男がこちらに歩いてきて、清子を見て立ち止まった。網を置くと、その男は清子に近づいてくる。
「清子ちゃんじゃないか。」
 声をかけられて、清子はその男をみる。思わず声を上げた。
「茂さん。お久しぶりです。」
「何だ。帰ってきていたのか。」
 人なつっこいような笑顔で、良く日に灼けている。ビニールのエプロンと、長靴の姿は漁師のようだ。
「兄貴。」
 車の中から、晶が声をかける。すると茂という晶の兄は、また笑顔になった。
「晶。お前帰ってたのか。」
「さっき。様子を見ようと思って。」
「だけじゃないだろ?二人でいるんだから、あれか?お前も身を固める気になったのか?」
 すると清子の方が首を横に振る。
「違いますよ。何か……仕事に付き合わされたというか……。」
「強引だからな。晶は。晶。飯は?」
「今日泊まらせてよ。こっちも用意してあるから。」
 晶はそういって車を降りると、後部座席のドアを開ける。そして一升瓶を取り出した。
「お、酒か?」
「この間、撮影に行ったところで買ってきた。明日あんた休みだから、飲めると思って。」
「良いねぇ。鍋でもするか。でも……お前、クリスマスイブに兄貴のところにいていいのか?清子ちゃんといなくていいのか?」
「いいんだよ。こいつはちゃんと過ごすヤツがいるから。」
 そういって晶は不機嫌そうにドアを閉める。その様子に茂は少し苦笑いをした。
「相変わらずだな。お前は。清子ちゃんのことになったらそういう態度をとるんだから。」
「は?」
「知ってた?こいつ、ずっと清子ちゃんが好きだったからな。」
 バカにした口調に、思わず晶は茂に突っかかる。
「兄貴。やめろよ。」
「何言ってんだよ。もう昔のことだろ?時効、時効。」
 すると向こうから茂を呼ぶ声がした。
「茂ー!こっち手伝ってー!」
「あぁ!今行く!晶、鍋をしたいから、スーパーで野菜買ってきてくれ。」
「OK。家には何があるんだ。」
「白菜とネギ、あと春菊。」
「くずきりとかいる?」
「そうだな。それとキノコ類があると良いな。」
 そういって茂はそのまま港の方へ向かっていった。そして向こうの方で、また船の掃除を手伝っている。一緒に働くのは、茂よりも年下の漁師だった。
「出所して、あいつが面倒見るって言ってた。高校の時の、部活の先輩だったみたいだな。」
「そうだったんですか。」
「それでもあいつの両親からは反対されたみたいだけど、性格なんかそんなに簡単に変わらない。根は真面目だから、大丈夫だって言って兄貴を引き取った。兄貴もぎりぎりだよ。本当なら漁師なんかしなくてもいいのに、漁師から切られたらもう行き先がないから必死だ。」
 職業の選択肢がないのは、清子も一緒だ。そういった意味では茂と近いような感覚を覚える。
「鍋をするんですか。」
「あぁ。ほら、お前のところってあんまりしなかったか?」
「うちは二人だったから、あまり鍋は……。」
「貝の出汁でとった水炊き。汁は、雑炊にすると美味い。」
 思わずお腹が鳴りそうなメニューだ。しかし史が来ている。ここで「私も食べたい」とは言えないだろう。
 そのとき見覚えのない車が晶の車の横に停まった。白いワンボックスの車で、窓にはスモークが張っている。その車から降りてきたのは、史だった。
「編集長。早かったな。」
「あぁ。お疲れ。どう?撮れた?」
「ばっちり。清子のおかげだな。」
 そういって晶は、後部座席からボックス型のバッグを取り出して、カメラを起動させた。
 その画面を史は見て、少し笑う。
「いいね。じゃあ、これは週刊誌の方に休み明けにでも送ってくれ。」
「わかった。」
 「pink倶楽部」の仕事ではなかったのか。清子はそう思いながら、史をみる。だが史が清子の方を見たとき、さっと清子は視線をそらせた。
 史が愛と抱き合っていたという事実と、自分が今日史以外の男二人とキスをしたこと。その後ろめたさで目が合わせられなかった。
 史もあらかたのことを慎吾から聞いているのだろうが、おそらくまだ誤解は解けていない。解けていたとしてもまだ気持ちの整理が付かないのだろう。
「……。」
 その空気を感じて、晶は少しため息を付いた。そして清子に言う。
「飯食っていくか?」
「え?」
「どうせ、編集長はこじゃれたレストランなんかに連れて行きたいのかもしれないけど、お前うちで鍋をした方が良く食うんじゃねぇの?」
 事実かもしれない。確かに清子はレストランで食事をするよりも居酒屋でおでんをつつく方が好きだし、ワインよりも日本酒や焼酎が好きだ。自分よりも晶の方が良く清子を知っている。それに負けたくないと、史は少し微笑んで言う。
「別にかまわないよ。清子。レストランはいつでもいけるけど、ここは滅多に来れるところじゃないし、ご馳走してくれるんだったら甘えても良い。」
 せっかく予約でもしてくれたのだろうに、史は何もいわずに清子のしたいようにさせてくれる。その心遣いが、さらに清子を苦しめた。
「そんな……払いますよ。材料費くらい。」
 何を言って良いかわからないまま、清子はとりあえず絞りでた言葉がこれだった。なんと色気がない言葉だろうと清子でも思う。
「良いって。鍋を男二人でつつくよりも、女が一人でもいた方が良いだろ?」
 晶はその言葉を気にしないまま、車に戻ろうとした。
「あぁ。清子。あんた、家わかるか?」
「えぇ。昔は祖母も行き来していたみたいですし。」
「だったら俺、スーパーに行ってくる。お前は、編集長を実家に連れていけば?」
 その間で弁解をすればいい。兄とはいえ、こんな重い空気の二人を連れていくわけにはいかない。
 それに今は自分も落ち着かなかった。さっきまでキスをしていた唇に、今度は史が重ねるのだ。そう思うだけで嫉妬で狂いそうになる。
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