不完全な人達

神崎

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奪う

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 バッグを慎吾は拾い上げる。堅いコンクリートの階段に落としたのだから、振動に弱いノートパソコンはすぐ崩れてしまうかもしれないと思ったのだ。
「ちょっと起動させるぞ。」
 だが清子の耳には届いていないようだった。顔色を悪くして立ちすくんでいるだけに見える。
 慎吾は階段に腰を下ろすと、パソコンを取り出して膝の上に置く。そして起動のボタンを押した。程なくブンという音がして、軽やかな起動音が響いた。
「良かった。何もないように見える。」
「バッグだけは……。」
「ん?」
 シャットダウンして、慎吾は清子を見上げた。そしてパソコンをバッグにしまう。
「バッグだけは何があっても良いようにしているので。」
 清子は慎吾の隣に座ると、震える手で携帯電話を取りだした。画面を見ても何も表示されていない。
「そうか。」
「狙われることもありました。私があまりそういったことに気が回らないから……。」
「そういったこと?」
「あまり人の気持ちを考えないでズバズバ言ってしまうし、レイプされそうになったこともあったので。」
 恨みを買われることもあったのだろう。女が会社で力を付けると、ろくな事はないようだ。
「清子。さっきも言ったけど、あの男はやはり俺は清子には重いかもしれない。」
「重い?」
「……そのモデルの女をどうして抱きしめてたのか何て事は俺にはわからない。何かしらの事情があったのかもしれないが、どっちにしても恋人が居るのにほかの女を抱きしめるような男はろくでもない。」
「……。」
「お前、このあとあいつに会うんだったら、それを知らない振りすることが出来るのか?そんなに器用に見えないが。」
「……できる。と言いたいですけど……無理かもしれません。」
 どう考えても無理だ。ずっと人を拒否してきて、やっと心から信じれる人が出来たと思ったのに、結局人は裏切られるのだ。
 祖母の言葉がまた頭の中で響く。
「人は裏切るものだから、信用するものじゃない。」
 清子はぽつりとそういって、うつむいた。慎吾にはその意味がわかる。教会という性の臭いのしないところで、急に襲われたのだから。神すらいないと思う。
「それを伝えた俺も罪深いか。」
 それを伝えたのは清子のためだけじゃない。自分のためでもある。自分のものにしたいから、わざと今史のことを伝えた。
「罪深い?」
 すると慎吾は拳をぎゅっと握りしめると、清子の方を見ないまま言った。
「あいつに何事がなくても、俺はお前をあいつのところに連れて行きたくなかった。ずっと手にいれたいと思っていたから。清子の隣にいたいと思った。だから……。」
「……。」
「君のことが好きだから。」
 その言葉に清子はまた涙をこぼした。
「卑怯ですね。こんな時に言うなんて。」
「言うつもりなんかなかった。けど……言いたかった。ずっと言いたかった。」
 すると慎吾は清子の手に手を重ねた。だが上から足音がする。どうやら人が降りてきているようだった。清子は涙を拭い、立ち上がるとバッグを持った。
「行きましょう。」
「どこに?」
 すると清子は首を横に振って、慎吾の顔を見ないままいった。
「駅に行かないと。」
 それでもまだ史の元へ行きたいのだ。そう思うと慎吾は思わずその手を掴んだ。
「え?」
 慎吾はその手を掴んだまま階段を駆け足で降りていく。足がもつれそうになりながらも、清子はそれについて行った。
 そして一階に降りると、ドアを開けないままドアが開く死角に清子を押しつけるように抱きしめた。
「や……。慎吾さん。やめて。」
「やめない。それに……渡せない。」
 清子の頬が赤くなる。嫌がっていても意識しているのだ。慎吾は壁の押しつけている清子を見下ろし、その後ろを通る人がこちらに気が付かないままドアを開けて向こうへ行った瞬間、清子の顎を持ち上げると唇を重ねた。
「清子……。」
 すると清子は首を横に振って、二度はないと体を押しのけようとする。しかしその体が細かく震えているのがわかった。
「慎吾さん……。」
 そんなことが理由になるだろうか。清子は慎吾の体をぐっと押すと、その体から離れた。
「やめて。」
 そしてドアノブに手をかける。だが慎吾はその手に手を重ねて、首を横に振った。
「清子。どうしてあんな男をかばうんだ。あいつは……。」
「駄目なんです。」
 人は裏切るものだ。覚悟はしていた。いつか史も清子から離れるだろうと。だが心はそう言っていない。
「私が好きなんだと思います。」
「……清子。」
「こればかりは理屈じゃないと思うから……。」
 そう思わなければすべてが崩れる。

 駅に行きます。と清子からメッセージが届いて、史は駅の中にあるカフェにいた。愛に食事をごちそうしたのは、清子へのプレゼントを選んでくれたから。
 さすがにモデルだ。シンプルだがセンスの良い腕時計など、考えもしなかった。
「時計なら実生活でも使えるでしょ?仕事をするのに必要だし。」
 愛はそのまま撮影へ行くらしい。駅で別れた。そしてコーヒーを飲みながら、持ってきた本を読んでいると声をかけられた。
「編集長。」
 聞き覚えのある声に、史は振り返った。そこには香子の姿がある。香子の向こうには仁の姿もあった。クリスマスだからと仁はおそらく休みではないのだろう。だからこんな昼間にデートをしているのだ。
「やぁ。」
「徳成さんを待っているの?」
 すると仁は少し微笑んでいった。
「あら、付き合ってるなんて知らなかったわ。」
「この間からだもん。でもぱっと見た目は、付き合ってるなんてわからないかもね。」
 すると史は少し笑って本を閉じた。
「編集長さ、今日徳成さんとこのあと会って、どうするんですか?」
「食事を予約してるよ。」
「……。」
 すると仁と香子は顔を見合わせた。そして笑いあう。
「何だよ。」
「いいや。さっき香子と話をしていたのよ。あなたと香子が付き合っていたときは、とても楽だったって。でもこうした方が女は嬉しいがるんじゃないかとかって言うのが、押しつけがましいかったって。ああ……悪い意味じゃないのよ。」
 さっき愛にも言われたことだ。それが本当に清子を喜ばせようとしているのかと言われたとき、多少なりとも動揺したのは事実だった。
「徳成さんって、少し変わってる。だから、普通の女性が喜ぶようなことが本当に喜んでるのかしら。」
「あら。香子も言うようになったわねぇ。」
 仁は微笑むと、香子を見下ろした。
「……清子がそんなことを考えているだろうか。」
「考えてますよ。何を言ってるんですか。好きだけじゃ、どうにもならないことがあるんだから。」
 そのとき、史の携帯電話が鳴った。電話帳に登録されていない相手に、史は嫌な予感しかしなかった。
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