不完全な人達

神崎

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奪う

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 講習が終わり、清子は携帯電話をみる。講習中は携帯電話を見なかったからだ。携帯電話を見るのを禁止されているわけではない。仕事で呼び出される人も居たのだから。
 メッセージが数件。着信はない。以前勤めていた企業からのメッセージに、素直にその対処法をメッセージで送る。仕事中はしないが、今はプライベートなのだから文句を言われる筋合いはない。
 あとは史にメッセージを送っておこうと、史のアドレスを呼び出す。そのとき、慎吾から声をかけられた。
「清子。このあと会うのか?」
「そのつもりみたいです。」
 進んで史に会おうと思っていない。クリスマスなんて普通の休日だ。会うよりも、正月前に野菜や日用品が高くなるから、買いだめをしておきたいと思っていたが、そうはいかないのだろう。明日にでもドラッグストアやスーパーを巡ればいい。
「つもりって……会いたいとは思わないのか?」
「会いたいですよ。」
 素直にこんな言葉が出てくるのは、それだけ清子も求めているのだ。だが慎吾の頭の中には、先ほど史がモデルの女を抱きしめている光景が離れない。
「清子。会う前に、少し俺に付き合わないか。」
「え?」
 メッセージを送信しかけて、清子は慎吾を見上げる。
「……駅までで良いから。」
 この容姿だ。慎吾一人で駅まで歩かせたら、どれだけの女に声をかけられるかわからない。それを危惧していたのだろう。
「わかりました。今日はお世話になりましたし、お付き合いします。」
「昨日は俺が世話になった気がするが。」
「かまいませんよ。史には、駅で待ち合わせをするようにしますから。」
 編集長とは呼ばない。おそらく仕事場であれば編集長と呼んでいるのだろうが、今はプライベートだ。だから史と呼ぶ。それが悔しい。
 ノートパソコンをケースにしまうと、二人は立ち上がってエレベーターへ向かう。
「そういえば、この地下では映画の撮影をしていたみたいです。」
「スタジオも併設していたな。見に行ったのか?」
「見に行ったと言うより……その映画のホームページにSNSのリンク先が載っていて、それが荒らされていると言って相談されてました。」
「なるほど……荒らしか……。向こうの国では法律が可決しかけている。不用意な言葉はいれれないようになっているようだ。SNSの運営もその辺が厳しくなっていて、禁止事項のあるような言葉はアカウントを凍結させている。」
「なるほど……。運営がしっかりしてれば、何とかなりそうですね。」
「そこまで奴らもバカじゃない。」
 エレベーターを待つ。どうやら上の階でも何かの撮影があったのだろう。エレベーターは開くが、人が二人でも入れそうにない。
「階段で降りましょうか。」
「気が短いな。」
「そんなことはないのですけど……。」
 史を待たせているから、早く降りたいのだろうか。女を気軽に抱きしめるような男に、どうして操をたてているのだろうか。わからない。
 階段に繋がるドアを開けて、二人はそれを降りていく。テンポよく降りていく階段は二人きりだ。
「慎吾さん。」
「何だ。」
「やはりクリスマスだったら、向こうの国では教会へ行ったりするのですか?」
「あぁ。行くな。もっとも……俺は行きたくなかったけど。」
「どうして?」
「俺を強姦した女がシスターだったから。」
 その言葉に清子は思わず足を止めた。そして足を止めた慎吾を見下ろす。
「ごめんなさい。無神経なことを聞いて。」
「いいや。お前のせいじゃないだろう。」
「だって……。」
 女が強姦されるのとはわけが違う。女が強姦されても感じるなんて言うのは、AVの中だけだ。心が嫌がっても体が感じるなんて事はない。
 だが男は違う。嫌な女でも裸を見ればたつし、射精も出来る。それが嫌だと思っても。だから、風俗が成り立つのだ。
「もう昔のことだ。十年も前のことだし……。あれい以来女は毛嫌いしていたから、女を寄せ付けることもない。」
「十年も?」
 清子も十年セックスをしていなかった。それでも清子は良かったと思っていたが、男は事情が違う気がする。
「好きになった人も居なかった。」
「……男の人も?」
「ゲイじゃない。まぁ……あまりにも嫌がるから母親がそれを勘ぐったことはあるが、男はもっと嫌だ。」
 思い切って階段を上がる。一段、二段と、あがっていくとともに、清子との距離が近くなる。目線が一緒になり、清子は視線を逸らした。
「あの……。」
「悪いけど……清子。お前を駅に連れていきたくない。駅には……あいつが居るんだろう?」
「史が……。」
「あいつのところに連れて行きたくない。」
 そういって慎吾はバッグの中から、白いものを取り出した。それを清子の首にかける。
「あの……。」
「受け取ってくれないか。」
 その感触を覚えている。それはあの謝恩会で、慎吾がかけてくれたマフラーと同じ感触だった。すると清子は少し笑って言う。
「ありがとうございます。暖かい。」
 全く何も感じていないのか。自分をそんなに男として意識していないのか。あの後ろから抱きしめたのも、ただの事故だと思っているのか。連れて行きたくないと言うのは、連れ去りたいという事なのに。
「清子。あの……。」
「行きましょう。」
 階段の段に足を踏み下ろした。そのとき、清子は急に手首を捕まれる。
「え?」
 そして腕が清子を抱きしめる。やっと抱きしめられた。その思いから、慎吾はその体を抱きしめる力を強めた。少し骨っぽいが、柔らかくて温かい。それに良い匂いがする。化粧品や香水の匂いではなく、女特有の匂いだった。
「慎吾さん……やめて。」
「清子……清子……ずっとこうしたかった。もうだめだ。あいつの元なんかに行かせられない。」
 少し清子の体を離して、顔をのぞき見る。すると清子は戸惑っているように、視線をそらせた。
「やめて……。」
 こんな事をする人ではなかったはずだ。男と女だという枠を越えて、良い関係になれると思っていた。
 なのにそれが清子の感覚だけだったのだろうか。そう思うと、清子は腕に力をいれて、その体を引き離した。
「やめて。こんな事をしてはいけないです。それに……裏切れないから。」
「あいつだって裏切ってる。今、誰と居るのか聞いて見ろよ。」
「え?」
 史が裏切っている。それは清子にとっては寝耳に水だった。
「……あんまり言いたくなかったけどな、あいつ、女といる。」
「女?」
「モデルの女。手足が長くて、背が凄い高いヤツ。」
 史の女関係など知らない。だが、そんな女と居るなど信じたくなかった。
「嘘……。」
「そこで抱き合ってた。道ばたで……。」
 清子の顔色が一気に悪くなる。手にしっかり持たれていたバッグが力を無くして、手からこぼれ落ちた。
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