不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
129 / 289
奪う

128

しおりを挟む
 クリスマスイブの日。街は浮かれているように見える。その街とは裏腹に、慎吾の気持ちは今の空のように曇っていた。
 清子に恋人が出来た。相手は清子に一番近い人物。当初は恋人だと思っていたが、それは誤解だった。何度か一緒に講習へ行き、清子とウェブ情の話、プログラミングの話、仕事の話をしているときが一番心が安らげる時間だと思っていた。
 だが清子は違った。清子はあの元AV男優の男の側にいるのが一番安らげるのだろう。それが一番やるせない。
「あのー。一人ですかぁ?」
 こんな朝から逆ナンパをしてくる女もいるのだ。ため息を付いて、その二人の女をみる。清子とは全く逆のタイプで、きちんと染められた髪は綺麗にカールしているし、この寒いのにミニスカートとブーツが痛々しい。
「いや。待ち合わせ。」
「えー?彼女ですか?」
 少し戸惑って、それを否定した。
「いや……違うけど……。」
「だったら連絡先とか交換できません?」
 ぐいぐい来る女に、慎吾は少しいらっとする。こういう女が一番苦手だ。
 そのとき、慎吾に声をかけてきた人がいる。
「慎吾さん。」
 ふと振り返ると、そこには清子が居た。いつものジーパンと黒いセーター。それにダウンのコート。髪を一つにくくっただけの飾り気のない格好はいつもと変わらない、近所のコンビニにでも行くような格好だった。
「すいません。お待たせしました。」
「いいや。まだ時間はあるから。」
 声をかけてきた清子に、女たちは顔を見合わせる。自分たちがどれだけ男の目を引こうと、努力してきたのだと思っているのか。それを慎吾があっさりと、何もしていないような清子に声をかけるのは腹が立つ。
 しかし選ぶのは慎吾だ。先ほどまでの表情とは違って笑顔になって清子に声をかけている。
「行こう。」
 ばつが悪そうに女たちは行ってしまう。慎吾のように綺麗な男はいないかもしれないが、元々誘えるとは思っていない。クリスマスイブに一人でいるよりは、適当な男と過ごした方がいい。一人よりも惨めなモノはないのだから。
 いつもよりも浮かれた街を慎吾と歩く。清子はこの街に来たことはない。ビジネス街ではなく、少しお洒落なカフェや洋服屋、美容室が見える。少し小道に入れば、小さな雑貨屋などがあり若いオーナーが店先の花の手入れをしているようだ。
「小さな店が多いですね。」
「あぁ。雰囲気はいい。」
 講習が終わったらこういうところに誘いたかった。何も買わなくても見ているだけで楽しいと思う。いいや。清子といれるだけでいい。しかし今日はきっと史が迎えに来る。講習が終わったらそうするのだ。
「しかし……見事なまでにクリスマスムードですね。」
「あぁ。本来はこんな祭りみたいなイベントじゃないんだがな。」
 そうだった。慎吾はずっとこの国にいたわけじゃない。もっと大きなツリーの下にいたのだ。
「ケーキくらいは食べるんだろう?」
「甘いモノは好きじゃないんですけどね。」
 史から言われれば口にするのだろうか。そんな女だっただろうか。誰に言われても自分を貫くような女じゃなかったのだろうか。それでもそれに合わせるのは、きっと史を想っているからなのだ。
「この店のな……。」
 指さしたのはフランス菓子の店だった。まだ開店前のようで、雑踏の中にある街の中で、まだしんと静まり返っている。
「あぁ……フランス菓子ですか。」
「全体的にあまり甘くない。ブッシュドノエルもチョコレートが全面に押されているが、洋酒が効いている。」
「よく知ってますね。」
「去年、男優のイベントで男優がもらった。その切れ端を食べたんだが……。」
「どうしました?」
「……その後仕事にならなかった。」
 そのときやっと自分が酒が飲めないことに気が付いた。次の日は、頭が痛くて、さらに仕事が出来なかったからだ。
「そうでしたか。」
 清子は少し笑って、その店をみる。古い店構えだ。店舗自体はあまり古くなさそうだが、おそらく違う店が入っていたのだろう。
「……帰りに見てみよう。予約していないと買えないとかあるのだったら、諦めますけど。」
「……。」
 あいつと食べるのか。そしてあいつと過ごすのか。それだけが心の中を占める。
「花柳さんは今日はイベントですか?」
「あぁ。どこだったかで、他の男優とイベントをしている。」
「マネージャーは代えましたか?」
 その言葉に慎吾は思わず足を止めた。
「え?」
「昨日、最後に調理師か、美容師だとおっしゃったのは慎吾さんです。でも……あの指の写真は加工していた。それをしたのはあなたでしょう?」
「……。」
 やはりわかっていた。清子には何もかもわかっているのだろう。
「俺はお前を利用した。」
「そうだと想いました。あの画像は、別の人のもの。わざと加工したモノを私に見せて、私を利用した。」
「……悪かったな。」
「いいえ。そうした方がいいと想います。後は、社長の手腕ですね。」
 慎吾は足を止めて、ビルを見上げる。それは四階建ての雑居ビルだった。
「地下があるんですね。」
 清子はそう言ってその案内板をみる。地下は撮影スタジオになっているらしい。
「AVの撮影もここですることがあるが、今日は普通の映画のスタジオだな。」
「講習は三階ですね。行きましょう。」
 一階はカフェだ。おそらく講習の途中なんかでそのカフェでランチをしたりするのだろう。清子をそこに誘えないのだろうか。それだけが頭を占めていた。
 階段を上がる。その細い足が目に映り、それに触れたいと思う。だがそれを清子が望んでいない。
 そのときその上から、人が降りてきた。その人を見て清子は驚く。
「久住さん。」
 晶は首からカメラを下げたまま、降りてきている。清子と後ろには慎吾がいるのを見て、少し笑う。
「何だ。今日はここで講習か?」
「えぇ。久住さんは撮影ですか?」
「あぁ。月刊誌のグラビア。明神も真っ青なくらいおっぱいが大きくてさ。」
「はぁ……それは良かったですね。」
 胸が大きい方がいいのだろうか。自分はがりがりに細いが、胸はなくはない。前ならそんなことは気にしていなかったが、今は少し気になる。気になるのは史の影響だろうか。
「お前、講習何時まで?」
「十五時だそうです。」
「昼休憩あるな。そのとき、ちょっとつき合えよ。」
「どこへ行くんですか?」
「映画の撮影スタジオの方にも顔を出さないといけないだよ。その監督が、うちのホームページ見て管理者に会いたいって前から言われてた。」
「……わかりました。連絡します。」
「じゃあ、よろしく。」
 忙しそうに晶は階段を下りていく。そして清子たちは上に上がっていった。
 昼休憩の時も、終わってからも清子と一緒にいることは出来ない。慎吾は少しため息を付いて、バッグの中にある包みを確認した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...