不完全な人達

神崎

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夜会

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 熱燗を手にして、清子はじっとその周りを見ていた。確かに社員たちに混ざってモデルや芸能人なんかもいるようで、ステージでは呼ばれたお笑いのコンビが漫才を始めている。それに併せてみんなが笑い出した。
 だが清子にはまだ笑えるようなことはない。どうして会社に勤めるのがいやなら、在宅勤務が出来るようにと考慮したのだろう。清子は不信に思いながら、ぼんやりとステージを見ていた。
 すると一人の女性が清子に近づいてきた。来い紫色のドレスに、スパンコールが少しついていて、胸元は開いているが薄いオーガンジー素材のモノで隠れているように見える。
 あまり若くはないだろうが、おばさんという歳でもない気がする。それにすらっと伸びた手足はまるでモデルのようだと思った。
「徳成さん。」
「はい。」
「派遣の徳成さんよね。」
「そうですが……。」
「人事部部長の堀。」
「あぁ……お世話になってます。」
 この人が清子に派遣をやめて会社に入らないかといってきた人なのか。清子はそう思いながら、堀を見ていた。手にはノンアルコールだろうか。オレンジジュースのようなモノが入ったグラスが握られている。
「お世話をされているのはこっちの会社。あなたのお陰で、今「寺島物産」も「門島自動車」もてんてこ舞いだと言っていた。新種のウィルスに対する対処をしてくれたお陰ね。」
「とんでもない。そういう噂があったのは前からです。それを知れば誰でも出来たことですから。」
「知ろうともしなかったうちの会社が馬鹿なのよ。」
 堀はそういってグラスを口にする。
「あなたみたいな人がうちにいてくれると助かるわ。社長もそういっている。」
「社員を育てた方が有意義だと思いますが。私は、どうしても他人とは折り合いが良くないみたいです。」
 誘ってきた人は何人かいるが、結局そんな気になれずに一人で壁にもたれながら酒を飲んでいた。史も編集長同士のつきあいもあるし、晶も他の課から誘いは来ている。
「そうさせてるのは自分のせい。私ならそう思うわ。」
「……。」
「他人と混ざらないのは合わないのではなくて、自分が合わせようとしないからでしょう?」
「その通りですね。しかしここで私が社員さんと仲が良くなっても、春には居なくなりますから。」
「……あくまで会社を去ると?」
「はい。」
 他人のことを調べ上げてくるような会社だ。そんな会社に肩入れする意味も感じない。
「どうしてかしら。会社を転々としていてもメリットはないでしょう?」
「そういうことも調べたんじゃないんですか?」
 清子は冷たくそういうと、堀を見上げた。普段からこういう格好を着慣れている堀と、どこからか借りてきたような清子では雰囲気も態度も全く違う。
 だが清子は負けていない。
「どうして在宅勤務を進めてきたんですか。」
「あなたのことを調べたから。」
「……。」
 やはりそうか。人のことを根ほり葉ほり調べて、弱みを握るのは定石なのかもしれない。だが言われた方の心理は何も考えていないのだろうか。
「高校を中退して職業訓練校に入った。そこで取れる資格は取って、人材派遣の会社に登録。普通の人なら、半年から一年集中的に働いて、あとはのんきに過ごすという行き当たりばったりな生き方しかしていないのに、あなたはずっと休むことなく働き続けている。何か欲しいものでもあるのかもしれない。それは家とかそんなモノなのかもしれないそう思っただけ。」
「それで……在宅を?」
「えぇ。家を買っていれば財産になる。いざというときは売ることも出来るから。」
「……想像ですか。」
「えぇ。私の想像。」
 考えすぎたのか。わずかに清子の狙いからは外れている。口にしたことはないのだから、調べようがないはずだ。あの男が口を割るわけはないし、言ったことも忘れているのかもしれないのだから。
「あなたを遠くから何度か見た。身なりにもお金をかけているわけではないし、男関係どころか人間関係をわざと切っているところもある。去るのだったら後腐れがない方がいいのかしら。」
 男と言われて、怪訝そうな顔になる。史か晶が何か話したのだろうか。
「誰のことですか?」
 すると堀は視線を史に移した。史は他の課の編集長と何か談笑をしているように見える。こちらのことには気がついていない。
「寝た?」
「……どうしてそんなことまで言わないといけないんですか?」
 すると堀は急に笑い出す。寝ていないなら「寝ていない」というのだろうが、そうは言っていない。ということは寝たのだろう。
「可笑しい。史がどんな風に抱いたのか知らないけど、あの口先だけの言葉にあなたが転ぶなんて、まるで中学生だわ。」
 人を不機嫌にさせる天才か。清子は耐えられず、その場から去ろうと壁から背を離した。
「失礼します。」
 すると堀はその清子にまた声をかける。
「派遣されたところが良いところとは限らない。うちよりも条件が良い所なんか無いわ。中卒でこんな企業に入れるチャンスを棒に振るのをきっとあなたは後悔する。」
 すると清子は首を横に振った。
「人のことを調べ上げて、想像で物を言う人の下で働きたくない。女性というのはそういう人が多いですね。今度の所はそういう人が居ないところを選びますから。」
「選べると思ってるの?」
「えぇ。派遣だからと言って、意見がないわけじゃない。働いた感想や、評価は、派遣後につけることが出来るんですよ。次の人も使える人が来ればいいんですけどね。」
 その言葉に堀は少し言葉を詰まらせた。
 確かにITなどに強い人物を人材派遣会社によこすように言った。そしてきたのが清子だった。清子は良い働きをしてくれるが、その次に来る人物がそれほどの働きをしてくれるとは限らない。それに清子の評価が「三島出版」に不利な評価をつければ派遣も後込みするだろう。
 大きな規模の会社だとはいえ、いつの間にか根ほり葉ほり人のことを調べるような会社だと知られればもっと不利になる。そうなれば立場がつらくなるのは会社の方だ。
 そこまで考えていなかった。たかが派遣だと思っていた付けかもしれない。
「失礼します。」
 清子はそういってグラスを片手に、バーカウンターへ向かった。その後ろ姿を見て、堀はため息をつく。まさか言いやられるとは思ってなかった。たかが中卒の派遣社員だと思っていたつけが回ってきたからかもしれない。
「姉さん。」
 振り向くと、そこには愛の姿があった。背の高くてスタイルの言い二人が並ぶと、すごい迫力だった。
「あなた、居たの?」
「えぇ。徳成さんと話をしてた?」
「生意気な子ね。たかが二十五、六で人生悟りきったような言い方をして。結婚も出産もしていないのに偉そうに。」
「あたしだって結婚も出産もしてないわ。」
「愛理はいいのよ。結婚するんでしょう?」
 すると愛は首を横に振った。
「何?あなた結婚しないの?あのカメラマンとするんじゃないの?」
「しない。あたしもしたいことがあるし、晶だってしたいことがある。」
「一緒に住んでたんじゃないの?」
「あたしに合わせるのが窮屈だからって、秋くらいに出ていた。」
「は?お父さんもお母さんもそれで準備をしてたのよ。来年くらいかもしれないって言ってたじゃない。」
「晶のこと……お父さんもお母さんも納得していなかったわよ。前科持ちの兄がいるなんて、きっと反対するわ。」
「本人が違うなら良いって……。」
「そんなに甘くないよ。姉さんみたいに何の障害もない訳じゃないから。」
 納得したはずだった。だが心がまだ痛い。
 晶の顔を見ずに、今日はこのまま帰ってしまおうかと思った。それくらい失恋のいたでは大きい。
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