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夜会
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喫煙所へはいると、数人の男性や女性が煙草を吹かしながら談笑をしていた。それぞれがまだあまり見たことの無いような格好なので、新鮮に映るのだろう。だが清子の変わりように、いつも喫煙所で顔を合わせていた男も驚いたように清子を二度見した。
「驚いたな。違う人みたいだ。眼鏡は?」
「コンタクトです。慣れないから目がごろごろします。」
「普段からコンタクトにするといいのに。」
「付けたりはずしたり、洗ったりの管理が大変ですね。あまりしたくない。」
「その通りだ。実は俺もコンタクトでね。」
何気ない会話がありがたい。この男は何があってもこの調子なのだろう。史や晶とは違うのだ。そしてふと思い出した。こういう男がもう一人いる。それは慎吾だった。
慎吾はいくら清子が隣にいても何も意識せず、仕事の話しかしない。どうして男と女というくくりになるのだろう。それが面倒なのに。
「そう言えば、徳成さんは西川充という奴を知っているかな。」
「フリーのライターですよね。」
「あぁ。うちの社員にいつも記事を売り込んでくるんだけど、最近ちょっとヤバいヤツに首を突っ込んでるらしくてね。」
「……そうなんですか。」
一度会ったっきり会っていないが、特徴的な人だ。すぐに見つけられるような容姿をしていると思っていた。
「この間、傷だらけでやってきた。どうしたんだって聞いたら、夜道で襲われたそうだよ。」
「怖いですね。この辺でもそういうことがあるなんて。」
「だよねぇ。だから徳成さんも今日は、一人で帰らない方が良いよ。」
「どうしてですか?」
「そんな格好で外に出れば、襲われたりさらわれたりすることが多いと言うことだ。出来れば男の人と一緒にいると良いよ。ほら……あいつとか。」
そういって男はふと喫煙所にはいってきた人を見る。それは史だった。
「編集長。」
史の姿はいつも通りに見える。だが史は目を丸くして、清子を見ていた。
「驚いたな。別人だよ。」
誰も彼もが別人だというのに、清子は少し飽きてきた。普段は着飾っていないのが、そんなに駄目なのだろうか。
「ありがとうございます。」
だが清子はマニュアルのように礼を言う。すると史は少し笑って清子の隣に立つ。
「これでうちの課はみんなそろったね。」
「あぁ。そんな時間でしたかね。」
腕時計を差し出されて、清子は史の時計を見る。開始は十八時だ。あと十五分ほどで始まる。
「正木編集長は、徳成さんの恋人のようですね。」
その言葉に清子は口をとがらせた。
「どういうことですか?」
「いいや。変な意味にとらないで欲しいんだが、あまりにもナチュラルにそう腕を差し出されるとね。」
そうだったか。清子はそう思って、少し史から離れる。
「そうですね。誤解されるようなことをしてしまいました。」
すると史は煙草に火をつけて、少し笑う。
「誤解とはとらないで良いんだけどね。」
その言葉に男が驚いたように史を見上げた。
「編集長。」
清子は史をたしなめるようにそういうと、史は機嫌が良さそうに清子を見下ろした。
「俺も女除けとしては都合が良いよ。」
「はぁ……もてる男は辛いですねぇ。」
呆れたように清子は灰を落とす。
「正木編集長は入ってきたときは大変でしたねぇ。いや。良く覚えている。毎週のように女性誌の女性社員や、映画の雑誌の女性社員が声をかけてたのを思い出しますよ。」
「昔のことですよ。もう三十五の中年です。」
「ははっ。徳成さんはいくつだったかな。」
「私は二十五です。もうすぐ六になりますけど。」
「若いねぇ。俺が二十五の時は、アメリカの支社にいたからなぁ。」
「あぁ。そっちの方にも支社がありましたね。」
「あっちの方は楽しかったな。ゲイパレードなんかにも参加した。あぁ。俺がゲイというわけではないんだけどね。」
社宅を用意してくれた向かいにすむ男から誘われたのだ。男も女も性差無く、みんなで叫ぶのは一つだった。「人間である」ということ。
「……楽しそうですね。」
「興味あるなら、六月にあるよ。行ってみるといい。派遣だと時間の自由も利くだろう?」
それもそうだ。派遣の良いところは、集中的に金を貯めれることだ。その金を持って海外でのんびりし、また帰ってきて働くというスタイルを持つ人もいる。
清子はそんな形を取らないで、ひたすら働いていた。お陰で二十代の女性としては考えられないほどの貯蓄がある。
「……今は行けませんね。でもいつかは。」
「規模は年々大きくなっている。ジェンダーレスが叫ばれている世の中だからね。」
男はそういって吸い殻を灰皿に捨てて、喫煙所をあとにした。残されたのは清子と史だった。史は清子を見下ろすと、ショールの中にある胸元が開いたドレスがわずかに見える。
何度も触れたその白い胸の谷間が見えるようだった。そんなことまで気が回らないのだろう。思わずそのショールに手をかけた。
「編集長?」
「もう少しショールを上げた方がいい。見えそうだから。」
「あ……そうですね。」
それに清子も気がついてショールをかけ直した。
「これが終わったら、話があるんだ。」
史はそういうと、清子は少しため息をついた。
「……部屋に来るんですか?」
「ううん。仕事の話。」
この間もそう言って誘ってきたのだ。そして自分も応えてしまった。性根がない気がする。
「今、出来ないんですか?」
「……別にかまわないけどね。ちょっと複雑な気持ちになると思うし。」
気になる言い方をする。清子は少しいらだちながら、史を見上げた。
「何なんですか?」
すると史はバッグの中から、一枚の封筒を取り出した。清子は煙草を消すと、その封筒を手にする。そしてその中身を確認した。
「在宅勤務?」
「そう……。うちの社員になって欲しいと人事部から以来が来た。通うことが出来なければ、在宅で仕事は出来ないだろうかということだね。」
「……。」
その言葉に清子の手が震える。
「編集長が何か話したんですか?」
「いいや。俺は君のことをあまりりよく知らない。だけど人事部の人は知っていたみたいだ。その上で在宅というのはどうだろうかと言っている。」
「……どうして……。」
誰にも言っていないことだった。なのにそれを全てを知られているようで怖い。
「清子……。」
「出版業界って怖いですね。こんなことも調べ上げるなんて……。」
そのとき表から喫煙所に声がかかる。
「そろそろ始めますから、エントランスにいる人は中に入ってください。」
史も煙草を消すと、清子を促すように腕に手をかける。
「これは、預かっておこう。帰るときにまた渡すよ。」
「お願いします。」
清子はそういって史に封筒を手渡して、かけられた手をふりほどいた。その目は軽蔑しているようにも見える。
「驚いたな。違う人みたいだ。眼鏡は?」
「コンタクトです。慣れないから目がごろごろします。」
「普段からコンタクトにするといいのに。」
「付けたりはずしたり、洗ったりの管理が大変ですね。あまりしたくない。」
「その通りだ。実は俺もコンタクトでね。」
何気ない会話がありがたい。この男は何があってもこの調子なのだろう。史や晶とは違うのだ。そしてふと思い出した。こういう男がもう一人いる。それは慎吾だった。
慎吾はいくら清子が隣にいても何も意識せず、仕事の話しかしない。どうして男と女というくくりになるのだろう。それが面倒なのに。
「そう言えば、徳成さんは西川充という奴を知っているかな。」
「フリーのライターですよね。」
「あぁ。うちの社員にいつも記事を売り込んでくるんだけど、最近ちょっとヤバいヤツに首を突っ込んでるらしくてね。」
「……そうなんですか。」
一度会ったっきり会っていないが、特徴的な人だ。すぐに見つけられるような容姿をしていると思っていた。
「この間、傷だらけでやってきた。どうしたんだって聞いたら、夜道で襲われたそうだよ。」
「怖いですね。この辺でもそういうことがあるなんて。」
「だよねぇ。だから徳成さんも今日は、一人で帰らない方が良いよ。」
「どうしてですか?」
「そんな格好で外に出れば、襲われたりさらわれたりすることが多いと言うことだ。出来れば男の人と一緒にいると良いよ。ほら……あいつとか。」
そういって男はふと喫煙所にはいってきた人を見る。それは史だった。
「編集長。」
史の姿はいつも通りに見える。だが史は目を丸くして、清子を見ていた。
「驚いたな。別人だよ。」
誰も彼もが別人だというのに、清子は少し飽きてきた。普段は着飾っていないのが、そんなに駄目なのだろうか。
「ありがとうございます。」
だが清子はマニュアルのように礼を言う。すると史は少し笑って清子の隣に立つ。
「これでうちの課はみんなそろったね。」
「あぁ。そんな時間でしたかね。」
腕時計を差し出されて、清子は史の時計を見る。開始は十八時だ。あと十五分ほどで始まる。
「正木編集長は、徳成さんの恋人のようですね。」
その言葉に清子は口をとがらせた。
「どういうことですか?」
「いいや。変な意味にとらないで欲しいんだが、あまりにもナチュラルにそう腕を差し出されるとね。」
そうだったか。清子はそう思って、少し史から離れる。
「そうですね。誤解されるようなことをしてしまいました。」
すると史は煙草に火をつけて、少し笑う。
「誤解とはとらないで良いんだけどね。」
その言葉に男が驚いたように史を見上げた。
「編集長。」
清子は史をたしなめるようにそういうと、史は機嫌が良さそうに清子を見下ろした。
「俺も女除けとしては都合が良いよ。」
「はぁ……もてる男は辛いですねぇ。」
呆れたように清子は灰を落とす。
「正木編集長は入ってきたときは大変でしたねぇ。いや。良く覚えている。毎週のように女性誌の女性社員や、映画の雑誌の女性社員が声をかけてたのを思い出しますよ。」
「昔のことですよ。もう三十五の中年です。」
「ははっ。徳成さんはいくつだったかな。」
「私は二十五です。もうすぐ六になりますけど。」
「若いねぇ。俺が二十五の時は、アメリカの支社にいたからなぁ。」
「あぁ。そっちの方にも支社がありましたね。」
「あっちの方は楽しかったな。ゲイパレードなんかにも参加した。あぁ。俺がゲイというわけではないんだけどね。」
社宅を用意してくれた向かいにすむ男から誘われたのだ。男も女も性差無く、みんなで叫ぶのは一つだった。「人間である」ということ。
「……楽しそうですね。」
「興味あるなら、六月にあるよ。行ってみるといい。派遣だと時間の自由も利くだろう?」
それもそうだ。派遣の良いところは、集中的に金を貯めれることだ。その金を持って海外でのんびりし、また帰ってきて働くというスタイルを持つ人もいる。
清子はそんな形を取らないで、ひたすら働いていた。お陰で二十代の女性としては考えられないほどの貯蓄がある。
「……今は行けませんね。でもいつかは。」
「規模は年々大きくなっている。ジェンダーレスが叫ばれている世の中だからね。」
男はそういって吸い殻を灰皿に捨てて、喫煙所をあとにした。残されたのは清子と史だった。史は清子を見下ろすと、ショールの中にある胸元が開いたドレスがわずかに見える。
何度も触れたその白い胸の谷間が見えるようだった。そんなことまで気が回らないのだろう。思わずそのショールに手をかけた。
「編集長?」
「もう少しショールを上げた方がいい。見えそうだから。」
「あ……そうですね。」
それに清子も気がついてショールをかけ直した。
「これが終わったら、話があるんだ。」
史はそういうと、清子は少しため息をついた。
「……部屋に来るんですか?」
「ううん。仕事の話。」
この間もそう言って誘ってきたのだ。そして自分も応えてしまった。性根がない気がする。
「今、出来ないんですか?」
「……別にかまわないけどね。ちょっと複雑な気持ちになると思うし。」
気になる言い方をする。清子は少しいらだちながら、史を見上げた。
「何なんですか?」
すると史はバッグの中から、一枚の封筒を取り出した。清子は煙草を消すと、その封筒を手にする。そしてその中身を確認した。
「在宅勤務?」
「そう……。うちの社員になって欲しいと人事部から以来が来た。通うことが出来なければ、在宅で仕事は出来ないだろうかということだね。」
「……。」
その言葉に清子の手が震える。
「編集長が何か話したんですか?」
「いいや。俺は君のことをあまりりよく知らない。だけど人事部の人は知っていたみたいだ。その上で在宅というのはどうだろうかと言っている。」
「……どうして……。」
誰にも言っていないことだった。なのにそれを全てを知られているようで怖い。
「清子……。」
「出版業界って怖いですね。こんなことも調べ上げるなんて……。」
そのとき表から喫煙所に声がかかる。
「そろそろ始めますから、エントランスにいる人は中に入ってください。」
史も煙草を消すと、清子を促すように腕に手をかける。
「これは、預かっておこう。帰るときにまた渡すよ。」
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