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夜会
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男性社員はほとんどスーツで、普段私服がだらしない晶までジャケットとネクタイを身につけている。だが髪を触れられるのを嫌って、髪だけはぼさぼさのままだった。それを見て史は整髪料を手渡す。
「せめて髪をあげたらどうだろうか。」
煙草を捨てて晶はそれに首を振る。
「久住。」
「良いんだよ。これで。」
すると晶はすっと髪をかきあげる。それを見て史は少し言葉を失った。
「お前……。」
「こんなもん見せて歩くわけにはいかないだろう?」
晶の左の額には傷があった。それは大きな傷で、隠しようがないように思える。
「どうしたんだ。その傷は。今だったら消すことも出来るだろう?」
「昔のことだよ。別に消そうとも思わないし、不自由は感じない。」
晶はそう言って髪を下ろす。
「こけたとかそう言うレベルじゃないな。切り傷みたいな……。」
「その通りだよ。高校入ってすぐだっけか。美術の時間で同級生にやられたんだよ。」
大きな騒ぎになった。床が血だまりになり、みんなが遠巻きに見ている中、手をさしのべたのは清子だった。だが晶はそれを拒否してしまったのだ。
そしてその刺した生徒はすぐに他の学校へ転入した。放校処分にならなかったのは、その生徒が町の有権者の息子だったからだった。
「……それにしても……深い傷だったんじゃないのか。」
「昔のことだよ。グダグダ言いたくもない。」
それよりも史にはもっと気になることがあった。そう思って晶の額にまた手を伸ばす。すると普段は隠れている目が見えた。
「お前の目の色……なんか違うな。」
それを聞いて晶は邪険にその手を振り払う。そしてため息をついた。
「そうだよ。俺はどうやら半分はこっちの国の奴じゃないらしい。」
母親が浮気をして、作った子供なのだ。そしてその相手にも自分の国には妻も子も居た。それでも父親は自分の子供として何の分け隔て無く晶に接していた気がした。
「けどまぁ……年頃になればそう言うこともあるわな。」
出来の良い兄と比べられた。優しくリーダーシップがあり、優秀だった。結局違う血が混ざっていたから自分は劣等生なのだと言われているようだった。それが悔しい。
「今は別に何とも思わない。外に出れば「何人だ」っていうこともないし。」
だから外に出た。しかし外に出れば外国人という枠ではなく、実力でしか見られない。そして自分にはそれが足りないと実感させられた。
「……お。そろそろ社員が集まってきたな。」
ついた手の向こうで女性の声や男性の声が聞こえる。おそらく時間が近づいてきたのだろう。それを聞いて、二人は喫煙所の外に出ていく。
化粧品は肌に合わない。ちゃらちゃらしたネックレスも肌に合わないかもしれないと、仁に伝えたら仁はしっかりアレルギー対策してあるものを用意してくれた。お陰で肌はぴりぴりすることはないし、ネックレスがすれて痒いということもない。
髪もアップにしてくれたが、引っ張りすぎていないので割と快適に過ごせる。問題はヒールが高い靴だけだ。何度かよろけそうになりながらも、清子はやっとホテルにたどり着いた。
「帰りはタクシーに乗りたいですね。」
香子にそう言うと、香子は少し笑っていう。
「こういうのも慣れておいた方がいいのよ。」
赤いドレスはきらきらしていて、香子の豊かな胸をしっかり押さえている。その上からコートを着ているということは、そのまま会場に行くつもりなのだろう。こんなベビードールみたいな格好でうろつきたくない。
対して清子のドレスは紺で、胸から上は開いているがその上にはショールを羽織る。足首まであるロングスカートでぴったりとしているが、スリットが入っていて動きにくさはない。だが動けば清子の足が露わになる。それを清子は気にしてストッキングを穿いているが、それがかえっていやらしく見えた。
メイクを終えた仁は、「どっちが年上なのかわからないわね」と苦笑いして見ていた。
やがて会場の受付を済ませると、中に入っていく。テーブルではなく、立食形式のパーティで食事もお酒も自分たちで取りに行くようになっていた。
「あ、アレ、モデルの笙じゃない?」
香子はそう言って視線をそちらに見せる。どうやら会社の関係者も呼ばれているらしく、普段は見ない芸能人やモデルの姿もあった。おそらく会社に貢献した人たちを呼んでいる。となると、清子の頭の中でいやな想像が浮かぶ。
もしかしたら冬山祥吾も来ているのではないかと。
どんな顔で挨拶をして良いかわからない。少しため息をつくと、香子はそれを不思議そうに見ていた。
「どうしたの?徳成さん。」
「あ……何でもないです。」
「お酒の種類が結構あるよ。日本酒もあるんですって。」
「それはチェックしておかないと。」
その言葉に香子は少し笑った。
「どうしました?」
「なんかここに着いて、ずっと難しい顔をしてるなって思ったから。やっと笑ったと思って。」
「そうですか?」
「お酒が好きなのね。」
「……そうですね。たまに飲むから良いんでしょうね。」
そのとき二人組の男が清子たちに近づいてきた。同じ社員なのだろうが、何せ大きな会社だ。顔を合わせたこともない人が一気にやってくるのだ。
「今晩は。君たち、何課の社員なの?」
清子はその言葉に全く反応しなかったが、香子は笑顔で答える。
「「pink倶楽部」です。」
「あぁ。正木編集長のところの……。」
エロ本の課か。だとすれば誘えばすぐに着いてくるかもしれない。男たちのよこしまな考えが浮かんだ。
「俺ら、「サッカー倶楽部」のライターなんだけど、今日一緒に飲まない?」
体よくナンパをする気か。その言葉にさすがに香子も愛想笑いを浮かべて断ろうとした。清子に至っては全く相手にしていない。
「あー。課の人たちで飲もうと思って。」
「でも他の課の交流もか寝ての謝恩会でしょ?だからテーブル席じゃないし。」
面倒だな。清子はそう思いながら、ふと向こうを見る。するとそこにはまだ何かスタッフに言っている、晶の姿があった。晶もこちらに気がついて駆け寄ってきた。
「よう。来てたのか。」
「先ほど到着しました。」
清子はそう言うと、晶を見る。普段の格好とは違い、スーツとネクタイを締めている。
「……何?「サッカー倶楽部」の赤井さんと馬場さんじゃん。」
晶の出現に二人は場が悪そうに頭をかいた。
「久住さん……そう言えば、籍は「pink倶楽部」だっけ。俺らの取材にも良く来てくれるけどさ。」
「そうそう。この間の写真、橋本選手にも好評だった。また撮ってくださいって言われてたんだ。」
「良いよ。また試合があったら声をかけて。」
「そうする。」
そう言って二人は清子たちの側を離れた。その後ろ姿を見て、晶は香子に言う。
「ナンパされんなよ。こんなところで。」
「ごめん。ごめん。ここんところナンパもされなくてさ。アレかな。ほら彼氏いると、男って雰囲気でわかるのかしらね。」
「さぁな。ん?徳成か?」
やっと気がついたのか。清子はそう思いながら、晶を見上げる。
「別人ですね。」
「お互い様だろ?お前細いのに結構胸があるんだな。」
「やだ、どこ見てんのよ。久住さん。」
香子の言葉に晶は少し笑う。
それに対して清子は表情を一つ変えなかった。
「明神さん。ちょっと私、外に出てきます。」
「どうしたの?」
「煙草をずっと我慢してて。まだ時間がありますよね。」
清子はそう言って会場を出ようとした。その後ろ姿を見て、晶は少し笑う。
「わざとか?」
「何が?」
「あいつのドレス、お前が選んだんだろ?あんまり肌も露出させてねぇけど、あんだけ体にフィットしてたら裸とかわらねぇ。それにスリットが深いから、男は想像するだろうよ。」
「何?俺のだから他に見せたくないって思ってんの?まだあんたのものじゃないじゃない。」
「わかってるよ。でも編集長のものでもねぇから。」
あのドレスを着て、今日は史に抱かれるのだろうか。そうさせたくない。奪いたい。一晩中でも抱きたいと思った。
「せめて髪をあげたらどうだろうか。」
煙草を捨てて晶はそれに首を振る。
「久住。」
「良いんだよ。これで。」
すると晶はすっと髪をかきあげる。それを見て史は少し言葉を失った。
「お前……。」
「こんなもん見せて歩くわけにはいかないだろう?」
晶の左の額には傷があった。それは大きな傷で、隠しようがないように思える。
「どうしたんだ。その傷は。今だったら消すことも出来るだろう?」
「昔のことだよ。別に消そうとも思わないし、不自由は感じない。」
晶はそう言って髪を下ろす。
「こけたとかそう言うレベルじゃないな。切り傷みたいな……。」
「その通りだよ。高校入ってすぐだっけか。美術の時間で同級生にやられたんだよ。」
大きな騒ぎになった。床が血だまりになり、みんなが遠巻きに見ている中、手をさしのべたのは清子だった。だが晶はそれを拒否してしまったのだ。
そしてその刺した生徒はすぐに他の学校へ転入した。放校処分にならなかったのは、その生徒が町の有権者の息子だったからだった。
「……それにしても……深い傷だったんじゃないのか。」
「昔のことだよ。グダグダ言いたくもない。」
それよりも史にはもっと気になることがあった。そう思って晶の額にまた手を伸ばす。すると普段は隠れている目が見えた。
「お前の目の色……なんか違うな。」
それを聞いて晶は邪険にその手を振り払う。そしてため息をついた。
「そうだよ。俺はどうやら半分はこっちの国の奴じゃないらしい。」
母親が浮気をして、作った子供なのだ。そしてその相手にも自分の国には妻も子も居た。それでも父親は自分の子供として何の分け隔て無く晶に接していた気がした。
「けどまぁ……年頃になればそう言うこともあるわな。」
出来の良い兄と比べられた。優しくリーダーシップがあり、優秀だった。結局違う血が混ざっていたから自分は劣等生なのだと言われているようだった。それが悔しい。
「今は別に何とも思わない。外に出れば「何人だ」っていうこともないし。」
だから外に出た。しかし外に出れば外国人という枠ではなく、実力でしか見られない。そして自分にはそれが足りないと実感させられた。
「……お。そろそろ社員が集まってきたな。」
ついた手の向こうで女性の声や男性の声が聞こえる。おそらく時間が近づいてきたのだろう。それを聞いて、二人は喫煙所の外に出ていく。
化粧品は肌に合わない。ちゃらちゃらしたネックレスも肌に合わないかもしれないと、仁に伝えたら仁はしっかりアレルギー対策してあるものを用意してくれた。お陰で肌はぴりぴりすることはないし、ネックレスがすれて痒いということもない。
髪もアップにしてくれたが、引っ張りすぎていないので割と快適に過ごせる。問題はヒールが高い靴だけだ。何度かよろけそうになりながらも、清子はやっとホテルにたどり着いた。
「帰りはタクシーに乗りたいですね。」
香子にそう言うと、香子は少し笑っていう。
「こういうのも慣れておいた方がいいのよ。」
赤いドレスはきらきらしていて、香子の豊かな胸をしっかり押さえている。その上からコートを着ているということは、そのまま会場に行くつもりなのだろう。こんなベビードールみたいな格好でうろつきたくない。
対して清子のドレスは紺で、胸から上は開いているがその上にはショールを羽織る。足首まであるロングスカートでぴったりとしているが、スリットが入っていて動きにくさはない。だが動けば清子の足が露わになる。それを清子は気にしてストッキングを穿いているが、それがかえっていやらしく見えた。
メイクを終えた仁は、「どっちが年上なのかわからないわね」と苦笑いして見ていた。
やがて会場の受付を済ませると、中に入っていく。テーブルではなく、立食形式のパーティで食事もお酒も自分たちで取りに行くようになっていた。
「あ、アレ、モデルの笙じゃない?」
香子はそう言って視線をそちらに見せる。どうやら会社の関係者も呼ばれているらしく、普段は見ない芸能人やモデルの姿もあった。おそらく会社に貢献した人たちを呼んでいる。となると、清子の頭の中でいやな想像が浮かぶ。
もしかしたら冬山祥吾も来ているのではないかと。
どんな顔で挨拶をして良いかわからない。少しため息をつくと、香子はそれを不思議そうに見ていた。
「どうしたの?徳成さん。」
「あ……何でもないです。」
「お酒の種類が結構あるよ。日本酒もあるんですって。」
「それはチェックしておかないと。」
その言葉に香子は少し笑った。
「どうしました?」
「なんかここに着いて、ずっと難しい顔をしてるなって思ったから。やっと笑ったと思って。」
「そうですか?」
「お酒が好きなのね。」
「……そうですね。たまに飲むから良いんでしょうね。」
そのとき二人組の男が清子たちに近づいてきた。同じ社員なのだろうが、何せ大きな会社だ。顔を合わせたこともない人が一気にやってくるのだ。
「今晩は。君たち、何課の社員なの?」
清子はその言葉に全く反応しなかったが、香子は笑顔で答える。
「「pink倶楽部」です。」
「あぁ。正木編集長のところの……。」
エロ本の課か。だとすれば誘えばすぐに着いてくるかもしれない。男たちのよこしまな考えが浮かんだ。
「俺ら、「サッカー倶楽部」のライターなんだけど、今日一緒に飲まない?」
体よくナンパをする気か。その言葉にさすがに香子も愛想笑いを浮かべて断ろうとした。清子に至っては全く相手にしていない。
「あー。課の人たちで飲もうと思って。」
「でも他の課の交流もか寝ての謝恩会でしょ?だからテーブル席じゃないし。」
面倒だな。清子はそう思いながら、ふと向こうを見る。するとそこにはまだ何かスタッフに言っている、晶の姿があった。晶もこちらに気がついて駆け寄ってきた。
「よう。来てたのか。」
「先ほど到着しました。」
清子はそう言うと、晶を見る。普段の格好とは違い、スーツとネクタイを締めている。
「……何?「サッカー倶楽部」の赤井さんと馬場さんじゃん。」
晶の出現に二人は場が悪そうに頭をかいた。
「久住さん……そう言えば、籍は「pink倶楽部」だっけ。俺らの取材にも良く来てくれるけどさ。」
「そうそう。この間の写真、橋本選手にも好評だった。また撮ってくださいって言われてたんだ。」
「良いよ。また試合があったら声をかけて。」
「そうする。」
そう言って二人は清子たちの側を離れた。その後ろ姿を見て、晶は香子に言う。
「ナンパされんなよ。こんなところで。」
「ごめん。ごめん。ここんところナンパもされなくてさ。アレかな。ほら彼氏いると、男って雰囲気でわかるのかしらね。」
「さぁな。ん?徳成か?」
やっと気がついたのか。清子はそう思いながら、晶を見上げる。
「別人ですね。」
「お互い様だろ?お前細いのに結構胸があるんだな。」
「やだ、どこ見てんのよ。久住さん。」
香子の言葉に晶は少し笑う。
それに対して清子は表情を一つ変えなかった。
「明神さん。ちょっと私、外に出てきます。」
「どうしたの?」
「煙草をずっと我慢してて。まだ時間がありますよね。」
清子はそう言って会場を出ようとした。その後ろ姿を見て、晶は少し笑う。
「わざとか?」
「何が?」
「あいつのドレス、お前が選んだんだろ?あんまり肌も露出させてねぇけど、あんだけ体にフィットしてたら裸とかわらねぇ。それにスリットが深いから、男は想像するだろうよ。」
「何?俺のだから他に見せたくないって思ってんの?まだあんたのものじゃないじゃない。」
「わかってるよ。でも編集長のものでもねぇから。」
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