不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
105 / 289
夜会

104

しおりを挟む
 謝恩会の日。清子は気が進まなかったが、S区にある、レンタルドレスの店にいた。色とりどりのドレスが並ぶ店内で、清子はため息をつきながらそのドレスをぼんやりとして眺めている。どれが良いのかなどわかるはずがない。こんなものとは縁がない生活をしていたのだから。
「徳成さん。どれを選んでも三千円で良いって言ってるわ。」
 香子はそういって駆け寄ってきた。
「ヘアメイクもしてくださるんですか?」
 すると香子はうなずいて笑う。
「仁がしてくれるくらいだから、プロとは言えないけどね。」
 仁というのは、香子の恋人だ。バーで働く仁は、来年の夏に別の街でライブハウスをするらしい。今の職場も、お酒を学ぶために働いているようなものだった。
 遠距離は大丈夫なのだろうか。少し不安になったが、香子はあっけらかんとしている。
「明神さんは遠距離大丈夫なんですか?」
 清子はドレスを見ながらそう聞くと、香子は少し複雑そうな表情になる。
「どうかしました?」
「うん……。この間、役員会があったじゃない。」
「あぁ……。」
「まだ正式ではないんだけど、あの雑誌の企画はなくなりそうなのよ。」
「え?」
「やっぱ一過性のブームなのかもしれないって言う会社の方針。仕方ないわね。」
「だったら、「pink倶楽部」に?」
「今ね、課を変えて貰おうと思って。」
「え?」
「地方へ行きたいと思って。ほら……あたしAVのこともあったから、ちょっと取材も大変なのよね。」
 香子の画像も、動画も、ウェブ上では引っかからなくなった。だがやはり保存していた人が居たのだろう。荒い画像で見つけることは出来る。
 清子はそれが不可能だと思っていたが、やはり上手をいくものはいるのだろう。
「だから課を?」
「そう。地方紙に行こうと思って。」
 新聞社ではないのだから、地方へ行くというのはどういうことなのだろう。
「あの……地方紙って?」
「タウン誌。そっちは本格的に乗り出してるみたいだから、そっちへ行ってみようと思って。」
「……良いんじゃないんですか。」
 おそらく仁についていきたいと思っているのだろう。それくらい思いこんだら一直線なのだ。うらやましいと思う。
「ね、徳成さん。これ良いんじゃない?」
 そういって香子が手に取ったのは、紺色のドレスだった。光沢があって、肩が開いている。少しかがめば胸が見えそうだ。だがその分スカートは長くスリットが入っている。
「あの……もう少し布があった方が……。」
「何言ってんのよ。これ以上布があるのってないよ。これにショールを羽織れば肩も隠れるから。」
「あぁ……それなら……。」
 しかし歩く度に、スリットから足が見えそうだ。あまり動かなければ見えないかもしれない。そう思ってそのドレスを手にした。
「あたしこっちにするわ。」
 香子が手にしたのは赤いドレスだった。やはり胸元が大きく開いていて、香子の豊かな胸がこぼれそうだと思う。
「これってそのまま着るんですか?」
「じゃなくて中にコルセットを着るから。」
「コルセット……。」
 小さい頃を思い出す。小学校の近所に剣道の道場があって、そこで動議を来ていた小さい子供がいた。あれとは違うのだろう。
 ドレスを選ぶと、会計を済ませようとレジへ向かった。すると玄関のドアベルが鳴る。誰かお客さんなのだろう。
「すいません。取り置きして貰ったものですけど。」
 その顔に清子は驚いてその人を見た。
「……慎吾さん。」
 慎吾も驚いて清子を見ていた。
「清子。どうしたんだこんなところで。」
「今日は謝恩会で、ドレスを着ないといけないって言うから……。」
「あぁ。そうか。忘年会とか、そんな時期だな。」
 香子も支払いを済ませて、次は清子の番になった。すると香子は少し不服そうに慎吾を見る。
「仕事?」
「そう。明日撮影らしくて、新妻もの。」
「えー?新妻ものなら、ドレスなんかあまり映らないじゃない?それに会社にもあるでしょ?」
「さすがにウェディングドレスはないな。」
 ウェディングドレスならなおさらちらっとしか映らないだろうに、どうしてこんなところでレンタルしてまでこだわるのだろう。
「香子は、どんなドレスなんだ。」
 初めて名前を呼ばれた気がする。その受け答えに少しドキッとした。
「あたし……ほら。こんな感じ。」
「赤か。似合うだろうな。」
 更にドキッとする。やばい。こんな男にときめいている場合ではないのに。
「清子は?」
「紺色です。それにショールを羽織りますから。」
「ふーん。なんかこう……ごてごてしたのが集まるんだろうな。」
「そう言わないの。」
 誤魔化すために少し強い口調になってしまった。だが慎吾は気にしていないようだ。
「清子。今度の講習、予約してていいのか?」
 清子も支払いを済ませると、慎吾の方を向いた。
「えぇ。お願いします。」
「クリスマスイブだぞ。」
「気にしませんよ。ただの休日です。」
 慎吾も荷物を受け取ると、店を出る。仁との待ち合わせは、駅の近くのカフェだ。慎吾はまだ用事があるらしく、そこで別れる。
 駅へ向かう香子は少し複雑だった。名前を呼ばれただけ。なのにどうしてこんなにどきどきするのだろう。
「明神さん。どうかしました?」
 さっきまでうるさいくらい話しかけられていたのに、急に黙ってしまったから心配になったのだ。
「ねぇ……徳成さん。」
「はい?」
「慎吾さんって……徳成さんをずっと呼び捨てで呼んでるよね?いつから?」
「最初からですね。外国で生活をしていたので、そっちの方が良いみたいです。」
「あー。」
 なるほどそう言うことか。意識した自分があほらしいと思った。
 自分には仁がいる。器が大きくて、何でも受け入れてくれる優しい人だ。
 駅前のカフェにはいると、混雑した店内にも関わらず一目でわかる人がいた。背の高いゴシックロリータファッション。店内の人は物珍しそうに仁を遠巻きに見ていた。
 だが香子は気にしないように仁に近づく。
「お待たせ。」
「可愛いドレスを選んだ?」
「えぇ。」
「あとで見せて貰うわね。徳成さんはどんなドレスかしら。」
「なんか……仮装行列みたいな……。」
 その言葉に二人は思わず笑ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...