不完全な人達

神崎

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嫉妬

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 何となく居心地が悪いと思った。それは清子が冬山祥吾の親戚であるという事実が知られたからだろう。ライターまでもが、清子に文章の相談をしてくる始末だった。
「すいません。その辺は私は専門外ですから、わからないです。」
「そんなこと言ってもさ、あんな小説家の姪だったら文章だって勉強してるんだろう?」
「してません。」
 いい加減言い飽きた。どうして小説家が身内にいると言うだけでそんなことを言うのだろう。だいたい、冬山祥吾が身内だと知ったのは最近のことだ。それまで話もしなかったのに。
 そして更におもしろくないのが長井だった。冬山祥吾というバックがついて、更にちやほやされているのが目に映るのだろう。普通の家で生まれて普通の家で育ったのがそんなにだめなのだろうか。
 清子はそんなことよりも、この日々進化をするウィルスの分析をしないといけない。入れたセキュリティーソフトが更新をすればしばらくは良いが、それもまたお手上げなのだ。
「ただいまっと。」
 外から晶が帰ってきた。手は大きなバッグが握られている。
「あぁ。久住。十五時に五階の文芸誌へ行ってくれないか。」
「へ?何で?」
 晶は自分のデスクにバッグを下ろして、史の方へ向かう。
「有名な小説家先生が来ているんだ。インタビュー記事に載せる写真を撮ってほしいんだと。」
「男?」
「男性だ。」
 すると長井が口を挟む。
「徳成さんも行けば?」
 しかし清子はヘッドホンをしていて、長井が何を言ったのかもわかっていないようで画面を見ていた。
「徳成は忙しいんだろう。あいつが行った方がいいのか?」
 長井に晶はそう聞くと、長井は清子の方を見て言う。
「親戚らしいですよ。冬山祥吾の。」
「は?あぁ……。そうだな。」
 そういえばそうだった。こういう世界にいれば、確かに祥吾と顔を合わせることがあるだろう。こういう場面では仕方がない。
「何?久住さんは知ってたんですか?」
「幼なじみだからな。知ってて別に不思議じゃないだろ?」
 それもそうか。長井は心の中で舌打ちをする。
「でも叔父って言っても、ほとんど会ったことねぇだろ?俺だってこの間、実家に帰ったとき聞いただけだから。」
「そうなんですか?」
「帰ったらサイン本とかあるの。ミーハーだよな。」
「そんなもんだよ。俺、この間、Mikakoのサインもらって、実家に持って帰ったら誰?それ?だったよ。」
 隣の席の男がそういうと、晶は笑って言う。
「誰がAV女優のサインってわかるんだよ。中学生でもギリだろ?それと一緒にするなよな。」
 すると清子はヘッドホンをとって立ち上がる。そして給湯室へ向かうと、カップを洗ってお茶を入れた。ポットを開けるとお湯が少ない。少し足しておこうと、やかんを手にした。そのときだった。
「お前さ、大丈夫か?」
 晶も給湯室に入ってくる。そして清子をみる。
「どうしてですか?」
「冬山祥吾って……あれだ。この間……。」
「ここにいれば会う可能性が高いですね。やはり離れることを視野に入れます。」
「え?」
「……何でもありません。」
 ポットに水を注いで、お湯を沸かした。そしてコップを手にしてデスクに戻る。

 さすがに疲れた。清子はそう思いながら駅へ向かっていた。定時で終われたので、まっすぐ家に帰ることが出来る。ゆっくり風呂にでも浸かって食事をしたらすぐ寝てしまおう。そう思いながら清子はその人並に紛れていた。
 駅に着くと、その脇にあるバス停でバスを待つ。学生やビジネスマンたちも並んでいて、その中に清子の姿は違和感がない。そのとき、目立つ人が目に映った。それは和服を着た祥吾だった。その隣にはエプロンをつけた東二がいる。知り合いだったのだろうか。祥吾は何か言って、その場から立ち去る。すると東二は少しため息をついた。
「……。」
 今はどうでも良い。さっさと帰って風呂に浸かろう。そう思っていたときだった。
「おや。」
 声をかけられて振り返る。東二の方が気がついてしまったようだ。
「徳成さん。」
「昨日はお世話になりました。」
 素直に頭を下げると、来たバスに乗り込もうとした。しかし東二がそれを止める。
「ちょっとコーヒーでも飲んでいかないかな。」
「いいえ。今日は少し疲れてまして、まっすぐ帰ろうかと。」
「新製品があるんだ。若い女性の意見も聞きたいしね。」
 そのときバスのドアが目の前で閉まった。
「あっ……。」
「この時間ならすぐにくるよ。コーヒー一杯だけだから。」
 強引な男だ。AV男優というのは、こういう男が多いのだろうか。史も強引だったと思う。最終的にはその強引に押されてしまったのは、清子の弱いところだ。
「……一杯だけですよね。」
「あぁ。こっちだよ。」
 バスの列から離れて、東二のあとをついていく。
 駅の脇にある細い路地を通っていき、ビルの一回にある小さなテナントに「海風」という喫茶店があった。キッチンカーと同じ屋号だ。
「どうぞ。」
 ドアを開けてもらい、中に入るとふわっとコーヒーの匂いがした。あまり広い店内ではない。四人掛けのテーブル席が二席。カウンターは四席。そのカウンターの横には、ビニールにくるまれたパンが数種類と、クッキー。あまり大きく店を広げていないのだろう。
 だがそのテーブル席には片づいていないカップがある。一人で回すにはぎりぎりなのかもしれない。
 壁には古い映画のポスターが貼られていた。緑色のドレスが印象的なラブストーリーと戦争をモチーフにした長編映画で、清子もこの映画は見たことがある。気の強い女性だと思った。
「どうぞ。カウンター席に座って。」
 カウンター席にもカップがある。おそらくこちらに祥吾が座っていたのかもしれない。灰皿があって、数本の吸い殻があるから。フィルターを見ると、あまり見たことのない銘柄だった。
 カウンター席に座ると、東二はかごを用意してくれた。それに荷物やコートを置いてほしいと言うことだろう。素直にそれに鞄やコートを入れて、カウンター席に座る。
「……思ったよりも……。」
「ん?」
「あまり広くない店内なんですね。」
「一人でしてるからね。これくらいで十分だよ。」
 カップを片づけてふきんでテーブルを拭く。そしてカウンターの向こうに戻ると、棚からコーヒー豆の入った瓶を取り出してミルにセットする。お湯は沸いているらしい。
「奥様が手伝っているわけではないんですか?」
「奥さんなんていないよ。俺は独身だからね。」
 少し表情が変わった気がした。戸籍上では確かに独身かもしれないが、内縁の妻がいると言っていたのに。
「君は正木君とつきあっているのかな。」
「いいえ。夕べは仕事の話しかしませんでしたし。」
「仕事ね……。あんなに仕事、仕事という男じゃなかった気がするけどな。」
「汁男優を良く知っているんですね。」
 清子はそういってバッグの中から煙草をとりだした。そして視線を東二に合わせたとき、東二の手が止まっているのがわかった。
「……誘われたんじゃないのかな。」
「私を誘う人は居ませんよ。夕べ言ったように、来年の春で契約が切れますから後腐れ無くつき合えるのかもしれませんが、そういうことを繰り返すのは面倒です。」
 がりがりとコーヒー豆を砕く音がまたし始めた。冷静になったのかもしれない。
「君は若いから、遊んでもかまわないと思うよ。仕事ばかりでは人生に潤いはない。」
「……潤い?」
「知っているかな。中世ヨーロッパの時代、セックスはスポーツと同じ感覚だったらしい。毎晩違う相手とセックスを興じる。それで成り立っていたんだよ。」
「……現代ですし、国も違う。」
「それもそうだ。この国の女性は、貞淑な人を好む傾向があるみたいだからね。」
 コーヒーを淹れる準備ができて、東二はお湯をケトルに移し替える。そしてゆっくりと抽出していくと、コーヒーの香りがまた広がるようだった。
 どうやら、性に関する雑誌の担当をしている割に、そういうことに興味を示さない。あくまで仕事の一巻だと言われているようだった。
 新鮮だ。東二はそう思いながら、コーヒーを淹れていく。
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