不完全な人達

神崎

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嫉妬

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 前にも来たことがある史の住んでいる街は風俗店が多い地域でもあるが、ちゃんとチェーン化された居酒屋もカラオケボックスなんかもある。行き交う人もこの時間なら、若い男も女の姿もあった。
 史が連れてきたのは、その駅から少し離れた昔ながらの居酒屋のようだった。店内は魚や焼き鳥なんかの煙が充満していて、匂いだけで美味しそうだと清子は思う。
 店内はあまり広くない。男がカウンターに立ち、その隣には金色の髪をした男が料理を盛りつけている。そしてフロアには女性が二人。おそらく家族で経営しているのだろう。
 メニューにはありふれた居酒屋メニューの他に、日本酒だけでリストが沢山ある。焼酎もあるようだが、日本酒がメインなのだろう。
「熱燗にする?」
「そうですね。でも最初はビールが欲しいです。」
「いいね。生を二つと……このもろきゅう美味しいよ。味噌が手作りみたいだ。」
 いつもの口調に戻っている感じもするが、どことなくまだ違和感はある。注文をすませた史は、おしぼりで手を拭きながら清子を見ていた。
 あんな口調になるつもりも、嫌みを言うつもりもなかった。長井には悪いことをしたと思う。だが清子がいかにもちやほやされて、努力もなしに今の地位を確立したとでも言いたげな口調は、さすがに我慢が出来なかった。
 それに東二に会ったのも、タイミングが悪かった。
「我孫子さんの弟さんとは現場で一緒になったことがあるんですか。」
 清子はそう聞くと、史は少し笑った。
「懺悔させるつもりかな。少しアルコールが入ったときの方が良いんだけど。」
「別に話したくなければ、話さなくてもいいんですけどね。明日は長井さんのフォローをするのでしょう?二人で飲みにでも行ったらいいのに。」
「君はそれで嫉妬しない?」
「は?」
 ビールが運ばれて、それを受け取る。もろきゅうも一緒に運ばれてきた。
「特に。」
「昔はね、寄ってくる女は断らなかった。でも今は歳かな。誰でも良いって事はなくなったし。」
 グラスを軽く合わせて、口にビールを運ぶ。店内は暖房が利いていて、そこに冷たいビールは喉に心地良い。
「そんなモノなんですね。」
「男はさ、十代の時が性欲が一番あるらしい。それから減退する。三十代になれば十代よりも猿じゃないって事だ。」
 だったら何回も求めないで欲しい。清子はそう思いながら、もろきゅうに箸をつけた。
「そうなんですね。」
「でも、女性は違う。歳を取れば取るほど性欲が増えるらしい。だからAVの世界では熟女の上の枠もあるしね。」
「需要はあるのでしょうか。」
「あるよ。ソープだっておばさんが良いって人もいるんだから。」
 その会話に料理を運んできたおばさんがぎょっとした目で、二人を見ていた。真面目そうに見えるのに、ソープで働く女性なのかと言わんばかりだ。
「そんなモノなんですね。」
「昔ね……夕さんの作品に出してもらったことがあった。そのときは熟女枠だったな。レイプモノでね、俺が女優の息子で夕さんはその息子のいじめっ子のヤンキー。」
「無理があるでしょう?」
 史がAV男優をしていたのは、今から九年前。最低それ以上の年月がたっているが、夕はどう見ても今は五十代で四十代の頃の作品だとしても、高校生にはとうてい見えないだろう。
「AV男優は数が少ない上に、ある程度キャリアがないと挿入もさせてくれない。汁男優は、その他大勢みたいなものだね。自分で手こきをして、ぶっかけるのが精一杯だ。」
 そろそろその話題から離れて欲しい。ますます自分がAVに出るのかという目で店員が見てくるのだから。
「だから……学生ですか。」
「五十代でも高校生の役はするよ。とても高校生に見えないけどね。」
 史はそういって少し笑うと、煙草を取り出して火をつけた。
「俺もその一人だった。母親が姦されているところを他のヤツから捕まれて、「やめろ、やめろ」って言うだけの役。」
「それも男優さんの仕事なんですね。」
「そう。もちろん演技で、その女優さんもやってた。ところが、俺はそのときずっと体を鍛えるのが好きでね。今より十キロは太ってたかな。もちろん筋肉だけど。」
「良い体をしてたんですね。」
 AVの現場というのは、割と女優と男優の息が合っていないと出来ないところもある。東二はそれを合わせるのも女優にとても気を使っていたし、終われば「愛」と言うよりは「戦友」のような妙な一体感まで生まれることで定評があった。
 なのにその現場は違った。
「ちょっとね、女優がナーバスになってた。何本か出演作がある女優さんだったんだけど、デビュー作が爆発的に売れすぎたんだよなぁ。だから次は、次は、ってプレッシャーもあったらしい。」
 それをほぐすのも東二の仕事だ。だからいつも以上に気を使っていた。だがいざ撮影になると、史は手を押さえられて服を脱がされる女優を見て、勃起してしまったのだ。
 それに夕が怒り、史に手を挙げてしまったのだ。
「息子が母親に欲情するヤツがあるか!」
 その様子に、女優も気分を損ねた。監督も「時間をおこう」としか言わなかった。すべては自分のせいだと史は思っていた。
 だが何とか撮影を終えた深夜のことだった。
「汁男優って、スタッフなんかと一緒の部屋が待機所でさ、それも狭いから入れ替わり立ち替わり着替えたりするんだ。そこにさっきの女優がやってきて、俺に言ったんだ。「夕さんよりも立ちが良かったね。今度はあなたを指名したいわ」ってね。」
「東二さんは気分が良くないでしょうね。」
「当たり前だよ。四十代で男優をするって言うのは、ある程度鍛えたりするだけじゃない。サプリメントや食生活、生活習慣まで気を配らないといけない。なのに、ぽっと出てきた俺にそんなことを言うんだから、気分は尚更悪いだろうね。」
 その話を聞いた東二は史を二度と一緒に出演させないでくれと、メーカーに言ったのだ。事実上、史はAVの業界から干されたのだ。
 もうこの業界にいれない。そう思ったが、二十五にもなって再就職は厳しい。特段変わったことが出来るわけでも、資格があるわけでもない。今から職業訓練校にでも行っても間に合うのだろうかと思ったときだった。
 史に声をかけたのは阿久津美夏だった。
「女性向けのAVに出てみない?」
 まだ立ち上げたばかりの事務所だったが、出来ることはこれしかないと史は必死に食らいついた。だからSNSにも手を出したのだ。
「……だから、東二さんは……。」
「口だけでうまくいったって今でも思っているはずだ。たぶん、俺が書いているコラムもそんな感じにしか取っていない。」
 だからあんな態度だったのか。東二は史に良い印象を持っていない。しかし史に何を責められるだろう。勃起など止められるはずはないのに。
「惚れっぽい女優も居てね。汁しか出てなかったのに、電話番号やIDを渡してくる人も居た。それがさらに気に入らないらしいんだ。」
 だからその程度なんだ。そういわれたくないと思っているのだろうに、そういう行動をしている。
 だが史の話を一方的に聞いているだけだ。一方的に聞けば、確かに史に非がないように思える。だが真実はきっと違う。
 自分が悪いように言わないのが人間なのだから。
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