92 / 289
嫉妬
91
しおりを挟む
オフィスに帰ってくると、清子は自分のデスクのいすに座る。そして本を取りだした。その本は冬山祥吾の本で「朝顔」という本だった。冬山祥吾にしては珍しい題材で、江戸末期の遊郭の話だった。一人の女性が太夫にのし上がるまでの話は、女性が書いたようにも思えた。ウェブ上でもある官能小説家の作品に酷似しているとの評価で、濡れ場が控えめなのに対して心情や時代背景などが事細かに表現されている。今までの冬山祥吾にしてみては読みやすい作品でもあった。
そう言えば冬山祥吾の作品には女性が主人公のモノが多い。強く生きていてなおかつ、自分をしっかりと持った心の強い人間が好きなのだろうか。そう言えば祖母もそんなタイプだったように思える。
そのとき、オフィスに女性たちが帰ってきた。社員食堂か、外に食べに行ったのかもしれない。きゃあきゃあとオフィスの中が騒がしくなる。
「編集長。これ頼まれたものです。」
一人の女性が史のデスクに近づいて紙の包みを取り出して差し出す。ピンク色の可愛らしいラッピングのモノだ。
「ありがとう。昼からインタビューだから助かったよ。」
「あたしも行ってみたいです。」
「女性は駄目らしいよ。女優は女性か男性かって指名されることが多いから、女性を指名されたときに一緒に行くと良い。」
「えー?そんなモノなんですか?」
その女性は少し驚いたように、史を見ていた。課の移動をしてきたばかりのその女性は、何もかもが新鮮らしい。良く史にどうすればいいかとか、そういう質問をしている。
清子はそれを後目に、時計を見る。休憩は後十分といったところだろうか。本を閉じると、バッグを手にオフィスを出ていく。そしてトイレにはいると、用を足して個室を出ていく。
手を洗っていると、別の個室から香子が出てきた。
「あら。徳成さん。」
「お疲れさまです。」
手に石鹸が着いた泡を水で洗い流していると、香子も手を洗った。
「長井さんってさ。」
「はい。」
長井というのは、先ほど史にピンクのラッピングされたモノを手渡していた女性のことだ。
「編集長に良く絡むよね。」
「課を移ってきたばかりだからそんなモノなんじゃないですか。」
楽観的すぎる。香子には仁という恋人がいるが、一時的でも史を忘れられない時期もあったのだ。だが史はここのところずっと清子しか見ていない。だが清子は全く史を相手にしていないように見える。
それで良いのだろうか。
このままぽっと出てきたような女性に史を取られて良いのだろうか。それくらい情はないのだろうか。
「わざとじゃないの?」
「そうですかね。」
「ここに来る前、文芸誌にいたって言ってたけど、そこではあまり評判良くないよ。ほら、冬山祥吾って小説家いるでしょ?」
その名前に清子の手が止まった。
「有名な作家ですよね。」
「そう。その人の作品を連載させるのって、結構大変じゃない。だから体を使ってとったんじゃないかって噂もあるし。」
「……。」
あり得ない話ではない。担当者と寝るという話は史から聞いているし、ああいう若い女性が好きなのだろう。
「編集長と寝るって言うことも聞いてる。だからうちの編集長とも寝ようと思ってるんじゃない?」
それならそれでかまわない。長井は春になってもここにいて、清子は春になればいなくなる。だったらいる方を取ればいいのだ。
「それならそれでいいんじゃないんですか。人の恋愛は自由ですよ。」
「あたしね、その根性が嫌いなのよ。」
香子はそういってポーチから化粧品を取り出して、にじんでいるアイラインを拭いだした。
「寝たら、強く言えないでしょ?失敗してもかばってくれるし。次も失敗しても編集長が何とかしてくれるって思うじゃない。」
「そこまで考えるモノなんですか?」
「女だから、女の武器は使おうと思ってるわよ。それって感情じゃ無いじゃない。ただ女だから許されてることだもん。」
だから長井がそういう意図で、史に近づいているのが許せないのだ。史はずっと清子しか見ていないのに。
「……確かに寝たら言い辛いですよね。」
「あーだから、職場であーだこーだって言いたくないのよ。」
だったら史とも晶とも寝てしまった清子は何なのだろう。貞操観念が無いといっても責められない。
「あ、でも徳成さんは別。」
「私は別ですか?」
「だって面白いもの。ね?どっちと付き合うの?」
「どっちとも付き合いません。」
女というのはこういう話題が好きだな。清子はそう思いながら、ハンカチで手を拭った。
「半年後には居ないんですから、派遣先でそんなことを繰り返してたら面倒です。」
「感情なら仕方がないわよ。遠距離したことある?」
「無いですね。」
ハンカチをバッグにしまいそろそろトイレから出ようとしたら、香子も後から出てきた。
「そうだ。今度謝恩会があるじゃない。延びてたけどさ。」
「十月といってたのに、知らせがないなとは思ってました。」
「ちょっとごたごたがあったみたいだけど、十二月にあるって言ってた。忘年会もかねてかな。ホテルの一室を借りてやるからさ、ドレスを選ぼうよ。」
派遣も呼ばれるらしいので、気は進まないが行かないといけないのだろう。
「レンタルであるって言ってましたね。」
「S区にさ。安いけど見栄えがする店があるの。結構遅くまでしてるし、今夜行かない?」
今夜といわれて、戸惑ってしまった。今夜は史が話があると言って誘ってきたのだ。半分は仕事だと言っていた。断ることは出来ないだろう。
「今夜は予定があって。」
「何だ。そうなんだ。」
オフィスに戻ってくると、清子を見つけて長井が近づいてきた。
「徳成さん。お客さんが一階に見えてるそうですよ。」
「お客様?」
「えっと……阿久津さんっておっしゃってました。」
慎吾か。清子はそう思いながら、ポケットに入っている携帯電話を取り出した。するとそこには確かに慎吾からのメッセージが入っている。
「ありがとうございます。すぐ行きます。編集長、少し席を外します。」
すると史は少し笑って、手を振ってきた。それに対して清子は軽く会釈すると、そのままオフィスを出ていった。
「なんか……彼氏みたい。」
長井はそういってその様子を見る。恋人を送るような視線だった。自分には投げかけられたことはない。もしかして付き合っているのだろうか。
そんなの関係あるか。恋人なら奪えばいい。長井はそう思っていた。
そう言えば冬山祥吾の作品には女性が主人公のモノが多い。強く生きていてなおかつ、自分をしっかりと持った心の強い人間が好きなのだろうか。そう言えば祖母もそんなタイプだったように思える。
そのとき、オフィスに女性たちが帰ってきた。社員食堂か、外に食べに行ったのかもしれない。きゃあきゃあとオフィスの中が騒がしくなる。
「編集長。これ頼まれたものです。」
一人の女性が史のデスクに近づいて紙の包みを取り出して差し出す。ピンク色の可愛らしいラッピングのモノだ。
「ありがとう。昼からインタビューだから助かったよ。」
「あたしも行ってみたいです。」
「女性は駄目らしいよ。女優は女性か男性かって指名されることが多いから、女性を指名されたときに一緒に行くと良い。」
「えー?そんなモノなんですか?」
その女性は少し驚いたように、史を見ていた。課の移動をしてきたばかりのその女性は、何もかもが新鮮らしい。良く史にどうすればいいかとか、そういう質問をしている。
清子はそれを後目に、時計を見る。休憩は後十分といったところだろうか。本を閉じると、バッグを手にオフィスを出ていく。そしてトイレにはいると、用を足して個室を出ていく。
手を洗っていると、別の個室から香子が出てきた。
「あら。徳成さん。」
「お疲れさまです。」
手に石鹸が着いた泡を水で洗い流していると、香子も手を洗った。
「長井さんってさ。」
「はい。」
長井というのは、先ほど史にピンクのラッピングされたモノを手渡していた女性のことだ。
「編集長に良く絡むよね。」
「課を移ってきたばかりだからそんなモノなんじゃないですか。」
楽観的すぎる。香子には仁という恋人がいるが、一時的でも史を忘れられない時期もあったのだ。だが史はここのところずっと清子しか見ていない。だが清子は全く史を相手にしていないように見える。
それで良いのだろうか。
このままぽっと出てきたような女性に史を取られて良いのだろうか。それくらい情はないのだろうか。
「わざとじゃないの?」
「そうですかね。」
「ここに来る前、文芸誌にいたって言ってたけど、そこではあまり評判良くないよ。ほら、冬山祥吾って小説家いるでしょ?」
その名前に清子の手が止まった。
「有名な作家ですよね。」
「そう。その人の作品を連載させるのって、結構大変じゃない。だから体を使ってとったんじゃないかって噂もあるし。」
「……。」
あり得ない話ではない。担当者と寝るという話は史から聞いているし、ああいう若い女性が好きなのだろう。
「編集長と寝るって言うことも聞いてる。だからうちの編集長とも寝ようと思ってるんじゃない?」
それならそれでかまわない。長井は春になってもここにいて、清子は春になればいなくなる。だったらいる方を取ればいいのだ。
「それならそれでいいんじゃないんですか。人の恋愛は自由ですよ。」
「あたしね、その根性が嫌いなのよ。」
香子はそういってポーチから化粧品を取り出して、にじんでいるアイラインを拭いだした。
「寝たら、強く言えないでしょ?失敗してもかばってくれるし。次も失敗しても編集長が何とかしてくれるって思うじゃない。」
「そこまで考えるモノなんですか?」
「女だから、女の武器は使おうと思ってるわよ。それって感情じゃ無いじゃない。ただ女だから許されてることだもん。」
だから長井がそういう意図で、史に近づいているのが許せないのだ。史はずっと清子しか見ていないのに。
「……確かに寝たら言い辛いですよね。」
「あーだから、職場であーだこーだって言いたくないのよ。」
だったら史とも晶とも寝てしまった清子は何なのだろう。貞操観念が無いといっても責められない。
「あ、でも徳成さんは別。」
「私は別ですか?」
「だって面白いもの。ね?どっちと付き合うの?」
「どっちとも付き合いません。」
女というのはこういう話題が好きだな。清子はそう思いながら、ハンカチで手を拭った。
「半年後には居ないんですから、派遣先でそんなことを繰り返してたら面倒です。」
「感情なら仕方がないわよ。遠距離したことある?」
「無いですね。」
ハンカチをバッグにしまいそろそろトイレから出ようとしたら、香子も後から出てきた。
「そうだ。今度謝恩会があるじゃない。延びてたけどさ。」
「十月といってたのに、知らせがないなとは思ってました。」
「ちょっとごたごたがあったみたいだけど、十二月にあるって言ってた。忘年会もかねてかな。ホテルの一室を借りてやるからさ、ドレスを選ぼうよ。」
派遣も呼ばれるらしいので、気は進まないが行かないといけないのだろう。
「レンタルであるって言ってましたね。」
「S区にさ。安いけど見栄えがする店があるの。結構遅くまでしてるし、今夜行かない?」
今夜といわれて、戸惑ってしまった。今夜は史が話があると言って誘ってきたのだ。半分は仕事だと言っていた。断ることは出来ないだろう。
「今夜は予定があって。」
「何だ。そうなんだ。」
オフィスに戻ってくると、清子を見つけて長井が近づいてきた。
「徳成さん。お客さんが一階に見えてるそうですよ。」
「お客様?」
「えっと……阿久津さんっておっしゃってました。」
慎吾か。清子はそう思いながら、ポケットに入っている携帯電話を取り出した。するとそこには確かに慎吾からのメッセージが入っている。
「ありがとうございます。すぐ行きます。編集長、少し席を外します。」
すると史は少し笑って、手を振ってきた。それに対して清子は軽く会釈すると、そのままオフィスを出ていった。
「なんか……彼氏みたい。」
長井はそういってその様子を見る。恋人を送るような視線だった。自分には投げかけられたことはない。もしかして付き合っているのだろうか。
そんなの関係あるか。恋人なら奪えばいい。長井はそう思っていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる