不完全な人達

神崎

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 この辺は墓地が多いところで、すぐ側に寺がある。住職もちゃんといるが、もう年老いていて管理までは手が回らないらしい。清子はそれでもその住職に挨拶をして、墓地の方へ向かった。ちゃんとこの変に住んでいる人がいる管理がちゃんとしている墓地ならば、榊の一つ、線香の一つ匂いがするものだが、その中に一つ異質な墓地があった。それは徳成家の墓地だった。元々は立派な墓だったのだろう。だが今は、雑草が周りに生え墓石にも苔が生えている。当然花の一つもないし、荒れ果てていると思った。
 清子はその様子を見て、唇をかむ。やはりそうきたかと。叔父は金にしか興味がない。一代で食品会社の社長になったそうだが、家庭を顧みることはないらしい。当然、こんなところに手を伸ばす必要はないのだろう。
 墓を掃除してくれる専門業者もいるが、そんなところに手を伸ばす気もなくただ放置しているだけなのだ。
「清子。掃除でもするか?」
「しません。様子を見に来ただけですし……こうなっているとは想像つきましたが。」
「先祖代々の墓じゃないのか?」
「そうでしょうが、このような状態になればどうでも良いでしょう。住職さんも、手放す話が進んでいるようですし。」
 口ではそう言うが、手が震えている。やはり許せないのかもしれない。
「とりあえず、草でも抜こうぜ。ほら。」
 そう言って晶はバッグの中から、透明のビニール袋を取り出した。晶もこの墓の状態は想像していたのだろう。だから準備よくゴミ袋を用意していたのだ。
 中腰になって草やゴミを集めていく。どれだけ放置していたのだろう。四十九日法要の時は、さすがにきれいにしておかないといけないと思っていたので掃除をしたが、それ以来していないのだろうか。
「ほうきとか、水とかもいるな。寺で借りれるかな。」
「下にありましたね。柄杓とバケツは。」
「だったらたわしと、ついでにほうきとかちりとりとか借りれるか聞いてくるわ。」
 そう言って晶は寺の方へ下っていく。その後ろ姿を見て、昔とあまり変わらないと清子は思っていた。自分勝手で言いたいことを言って、それでも嫌われない人だった。それが少し羨ましいと思っていたこともある。
 すべては昔の話だ。清子は手にはめられている銀色の指輪をみる。最初は違和感があったが、今は慣れてしまった。史はきっと待っているのだろう。帰ったら史に連絡をする。きっと迎えに来るのだろう。そして自分の好きなところ、清子にして嬉しくなることをする。そうして気を紛らわそうとしてくれるだろう。優しい人だから。
 そのとき、しゃがんでいる清子に影が落とされた。見上げると、着物姿の男が立っている。優しそうな笑みを浮かべた男だった。
「こんにちは。」
「……こんにちは。」
 手には花が握られている。菊の花ではなく、コスモスなどの花をあしらったアレンジメント残った花束だった。墓の前というよりも、結婚式で花嫁が持っているブーケに見えないこともない。
「家の方ですか。」
「あ……祖母の墓で……ちょっとここを離れていたので掃除をしようと思って……。」
 どこか史に似ている。それは優しそうな雰囲気だからだろうか。だがその目の奥は笑っていない。奇妙な人だと思った。
「この家には世話になったことがありまして。墓を壊されるかもしれないと聞いて、ちょっと花を供えようと思ってたんですけど……。」
「すいません。管理もままならなくて。」
「期待はしてませんでした。徳成さんはお忙しそうだし。」
 そう言って男は、墓の中に入っていった。そして花を供えて、線香に火を灯した。その手元にあるジッポーを見て、少し違和感を覚える。
「お孫さんだと。」
「はい。ここで育ちました。」
 男は立ち上がり、清子に向かい合う。歳は取っているが、魅力的な男だ。痩せ形ではあるが、清潔感がある。着物も着慣れているようで様になっているし、男前だと思った。きっと史が歳を取ったら、こんな感じになるのだろう。
「と言うことは……海は遊び場だったという感じですね。」
 海という表現に、清子は少し表情を曇らせた。行方不明になった姉妹のことを思いだしたからだ。
「そうですね。懐かしいです。」
「近所の人はみんな幼なじみと言った感じですか。」
「えぇ。でも……あまり仲良くはしませんでした。」
「どうして?」
「祖母が嫌がるので。」
 その言葉に男は少し笑った。
「確かに昔から、少し人嫌いをする人だと思っていたが、自分の孫にも強要していたとはね。」
「強要ですか?」
「えぇ。人は裏切るものだとかと言われて育ったのではないのですか。」
「そんなことを……どうして……。」
 不思議な人だ。そんなことを知っているというのは、祖母に近しい人だったのだろうか。だが年齢的には離れすぎている。子供といってもおかしくないかもしれない。
「あなたのおばあさんは、港近くにある宿場「たまや」であふれてしまったお客さんのお世話をしていたようだ。それはあの人の母の頃からのことだったらしい。」
 古い家だと思っていたが、そんなこともしていたのか。だから二人暮らしにしては部屋数が多く、食器も多いし大釜の鍋なんかもあるのだ。
「……そのころにお世話になったのですか?」
 清子は男にそう聞くと男は少し黙り、清子を見下ろす。
「正確には違います。それよりも濃厚な関係でした。」
「濃厚?」
 首を傾げて、清子は聞く。かまととぶっているだけなのか、それとも経験不足なのかはわからないが、意味はわかっていない風だ。男は追い打ちをかけるようにいう。
「あなたのおばあさんは、そこで来る客によく声をかけていた。」
 その言葉にやっと清子は納得したようにうなづく。
「売春ですか?」
 そんな真似をしているようには見えなかったが、確かによく思い出せばとても美人だったという話は聞いたことがある。
「ではない。客で来る男性にいつも惚れていたようですね。言い寄って寝て、しかし漁師である男はこの土地を離れる。いつも捨てられたんです。だから……こんな事をいえば、死者への冒涜になるかもしれませんが、何人かいる子供の父親はみんな違う。そしてあなたの祖母には、結婚歴がない。」
 つまり子供を作っては捨てられた。そんなことを繰り返していたのだ。意外だと思ったが、人嫌いだというのはそこから来ていると思えば納得する。
「……真実ですか?」
「さぁ……どうでしょうね。ただ……子供が隣の部屋で遊んでいるのに男の上で腰を振るような女性だ。自業自得ですよ。」
 だったらこの男は何なのだろう。やはり祖母と寝た男なのだろうか。濃厚な関係だというのだったらそうかもしれない。だから花を手向けに来た。菊などではなく祖母が好きだったコスモスの花を手にして。
「清子。」
 向こうから晶が戻ってきた。手にはバケツと柄杓、そしてほうきとちりとりがある。
「お彼岸はすぎたから、すぐ借りれた。ん?」
 晶も男をみる。すると晶は少し首を傾げた。
「あんた、見たことがあるな。」
「そうですか。有名人になった覚えはありませんが。」
「……あっ……。」
 そうだ。高校生の時、大学受験のために都会にやってきた。受験後に街を歩いていると大型の本屋で作家のサイン会があり、女がたかっていたのをを覚えている。
 その中心にいたのがこの男だ。
「……作家だろ?小説家とかの。」
「もう表には出ていませんよ。では、清子さん。今度またゆっくりお話をしたいものです。」
「……。」
 男が去っていき清子はその墓を改めて見る。祖母は本当にそんなことをしていたのだろうか。真実はわからない。
 子供さえも関係は希薄なのだから。
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