不完全な人達

神崎

文字の大きさ
上 下
72 / 289
花火

71

しおりを挟む
 史がトイレから出てくると、慎吾が浴衣姿の女性から声をかけられていた。だがその表情は嫌悪感しかない。史は慌てて慎吾の方へ近づく。
「悪い。待たせたな。」
 すると史の容姿にますます女性たちが色めき立つ。
「お友達ですかぁ?一緒に花火見ません?ちょっと集まってきたしぃ。場所もとってあるから。」
 しかし史は首を横に振る。
「悪いね。ちょっと俺らも人を待たせているんだ。」
「えー?」
「じゃあ、行こうか。あれ?清子はどこに行ったんだ。」
 女の名前に、女性たちは口をとがらせて河川敷の方へ向かう。
「悪かったな。あんな女は好きになれなくて。」
「清子は?」
 史はまた慎吾に聞くと、慎吾は複雑そうに言う。
「久住って言ったか。俺に敵対心を燃やしてるやつ。」
「あぁ……。」
「あいつが連れていった。すぐに戻るからって。」
「え?」
 するとそのとき晶が清子と一緒に戻ってきた。しかし清子の表情は少し浮かない。
「どうしたんだ。」
「何……大したことじゃねぇよ。なぁ?徳成。」
 すると清子は少し笑顔を浮かべた。だがその表情はどこかひきつっているように見える。
「えぇ……花火始まりますね。行きましょう?」
 そういって今度は清子と慎吾、史と晶で河川敷に向かう。

 色とりどりの花火が夜空を彩る。その様子を見て、慎吾は圧倒されていた。
「この火は落ちて火事になったりしないのか?」
 その問いに史は少し笑って言う。
「そういう話は聞いたことがない。ちゃんと管理しているのだろうね。」
「そうか。」
 少し離れたところに清子がいる。そして清子の隣には、晶がいた。清子は手を組みながら、花火を見ていた。
「……清子。明日……迎えに行くから。」
 その言葉に清子は首を横に振る。
「いいえ。一人で。」
「清子。俺も行かないといけないから。」
「……。」
「俺だってあの町には行きたくねぇよ。でも……。あんな連絡が来たら行かないわけにはいかないだろ?お前だって……。」
「そうですね……。気にしていなかったこちらも悪いわけですし……。」
 何の話をしているのかわからない。だが二人ともあまり上機嫌に話をしているわけではないようだ。
「それに……俺もお前に付いてきてほしいと思う。」
「……。」
「じゃないと、俺が潰れそうだ。」
 そういって晶は頭をくしゃくしゃとかき、ため息を付いた。
「必要ですか?」
「お前じゃないと駄目だ。」
 その言葉に清子はうなづくと、また花火を見上げた。ぱっと光を放ち、ぱっと散る。人の命のようだと思った。
 そのとき清子の顔色が悪くなった。その様子にいち早く気が付いたのは史だった。史は立ち上がり、清子に近づいた。
「どうした。徳成さん。」
「……すいません。ちょっと……急に気分が悪くなって……。」
「吐きそう?立てる?」
 史はそういって手を差し伸べると、手を捕まらせて清子を立ち上がらせる。
「悪い。トイレに連れて行くから。」
「大丈夫か?」
 晶も慎吾も声をかけるが、清子は相変わらず顔色を悪くしたまま史に引きずられるように、トイレの方向へ向かう。

 嘔吐した便器を見てみると、ほとんど食事は入っていない。酒ばかりのようだった。
 トイレを出た清子はまだ顔色を悪くしてベンチに座り、史にもたれ掛かっている。
「帯を少しゆるめよう。締めているから良くないのかもしれない。」
 手早く帯を少しゆるめられると、清子は少し息が楽になった気がした。
「ビールばかりしか飲んでない?」
「はい。」
「だったら炭酸がお腹に溜まっていたのかもしれないね。いつもの調子で飲むと、こうなるんだ。夏とは違って、汗もかかないしね。」
 回りはみんな花火を見ているらしく、周りの人は閑散としていた。だがここからでも高く上がる花火であれば見ることは出来る。
「すいません。ご迷惑をかけてしまって。」
「迷惑なんて少しも思っていないよ。」
 やっと二人になれた。このまま手に触れて、引き寄せて、抱きしめたい。キスをしたい。そのあとのこともしたい。その下心もあったのだ。だがそれ以上に聞きたいことがある。きっと普段顔色一つ変えないで酒を飲んでいるのに、こんなに体調を悪くするのは晶に会ってからだった。
「何か言われた?」
「え?」
「久住に。」
 すると清子は史から目をそらす。そして首を横に振った。
「編集長には関係のないことです。」
 その言葉に、史は口をとがらせる。
「清子。」
「……関係ないですから。」
「関係あるよ。」
 その言葉に清子は史の方をみる。
「……好きだっていってる。付き合いたいって。」
「……忘れてください。半年後にはいないので。」
「だったら久住とは半年後も一緒にいるのか?」
 清子はその言葉に、言葉を詰まらせた。
「どこかへいくのか。そんな話をしていなかったか。」
「……関係ないですから。」
 大きな花火が上がって、歓声が上がる。その場にいた人たちも思わずそちらを見ていた。その視線に、史は素早く清子の唇に軽くキスをする。
「やめてください。こんなところで……。」
「ここじゃなきゃ良い?今日、うちへくる?」
「やです。」
「だったら俺が君のところへいく。何も知らないまま離れるのは、地獄だから。」
 史の表情はあくまで優しい。だがそれに頼るわけにはいかないのだ。自分の家の問題であり、史には関係ない。巻き込むわけにはいかないのだ。
「来ないでください。」
「だったら話してくれる?」
「……自分の問題です。」
 そういって清子は立ち上がる。だがまだふらついているようだった。
「少し早いけど、送るよ。」
「駄目です。みんなを駅まで連れていかないといけないんじゃないんですか。部内でやってきたことだから、誰かに何かあれば編集長が責任を問われるでしょう?」
 こんな時でも清子は冷静だった。そういって清子は河川敷に向かい、その後を史が追うようについて行く。
 晶たちのそばに来ると、慎吾も晶も心配そうに清子を見ていた。
「お前、帰った方が良いんじゃないのか。」
「そうですね。バスはまだ出てるし、お先に失礼します。」
 すると慎吾が立ち上がる。
「送る。」
「慎吾さん。」
「正木さんも、そっちのやつも、部内でやってきたことだろう?俺は関係ないから、駅までなら送れる。そこからタクシーに乗ればいいだろうし。」
 正論だ。確かに部内のことだから、史も晶も団体行動をしないといけないだろう。
「最後まで見なくて良いですか?」
 清子はそう声をかけると、慎吾は少し笑って言う。
「十分だ。それに……帰りもあの混雑に巻き込まれるのはごめんだし。」
 相当懲りてしまったのだろう。そのとき、史の所に香子と梶原がやってきた。梶原の顔色もあまり良くない。
「ごめん。徳成さんたちも帰るなら、梶原さんも一緒に帰らせて。」
「どうしたんだ。」
「……うちの母が着付けしたんだけど、あの人着物と同じ要領で着付けしたから帯が苦しいのよ。あーあ。帰ったら言っておかないと。」
 どうやら一人きりではなかったようだ。慎吾は悪い顔を一つせずに、梶原も清子たちと河川敷を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...