不完全な人達

神崎

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花火

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 やがてあたりが暗くなり、客は皆、河川敷に集まる。そんな中、酒を出していた仁の屋台に、一人の女性が近づいてきた。ピンク色の浴衣でも隠せないほど豊かな胸が、帯でさらに強調されている。
「仁。」
 その姿に仁は薄く微笑んだ。
「可愛らしいわね。」
「お客さんが減ったって思ったから。」
 物珍しさと、屋台には珍しいカクテルを出すと言うことで仁のしていた屋台は結構忙しかった。ライブのヘルプでベースを弾いていた男もライブが終わったらすぐに帰ってきたのだが、それでも休憩はままならない。
 だが男は酒を作りながら、仁の側にやってきた女をみてふっと視線を逸らし二人の方をみないままいった。
「仁。少し休憩するか?」
 その言葉に仁は少し微笑んだ。
「いいの?」
「客足がとぎれてきたし、少しでも一緒にいたいだろう?」
 香子のことを言ったことはない。だが気を使ったのだろう。
「そうね……じゃあ、花火が始まるまでには帰るわ。」
「そうしてくれ。」
 男はそういって生と、ジントニックを客に手渡す。愛想はないが、パンクロッカーのような風貌に女たちの視線が集まっている。だが男は遊び人に見えて潔癖だ。別れた妻以外の関係はないのだから。
「若そうに見えるね。あの人。」
「二十二よ。今は、バーでお酒を作る事を学びながら、本社のレッスンを受けてる。」」
「レッスン?」
「ライブハウスをするの。一年後くらいかな。そこで昼間は、楽器のレッスンみたいなこともするのよ。」
 その話は聞いていた。だが郊外にあって、すぐに来れない距離ではないのはわかっている。遠距離には自分は向いていない。だからそれまでの関係なのかもしれない。
「悲しそうな顔をしないの。せっかくの浴衣が台無しよ。」
 仁はそういって香子の肩に手を伸ばす。
「職場の人たちと来たって言ってたのに、その職場の人たちはどこへ行ったの?」
「花火をみるんですって。」
「あなたはみなくてもいいの?」
「後で行くって言ってる。その前に会いたかったから。」
 その言葉に香子の額にキスをする。すると道行く人たちがぎょっとした目で見ていた。見た目は女性同士のキスだったから。
「やだ。こんなところで。」
 香子の可愛い抵抗に、仁は少し笑った。
「屋台が終わるの少しかかりそうよ。そのあとで良かったら、あなたのところへ行くわ。」
「え……。でも……。」
「なーに?行っちゃいけないの?そのままの格好でいてね。明るいところで見たいわ。それを脱がせるのも楽しみなんだから。」
 その言葉に香子は少し笑った。

 河川敷から少し離れたところで、慎吾と史はトイレに行きたいとその前で清子を待たせた。清子の手には、ビールが握られている。これで三杯目のビールだった。それももう四分の一くらいしかない。花火が始まるまで、もう一杯買っておくか。清子はそう思いながら、ビールに口を付けた。
 すると二人組の男が清子に近づいてきた。近所から来たようなジーパンとシャツ。そしてもう一人は、短めの綿パンとポロシャツだった。どちらにしても軽薄そうに見える。
「こんばんわ。お姉さん。一人で飲んでるの?」
「いいえ。連れがいますので。」
 冷たく清子はそういうが、男たちはにやにやしてまだ清子に話しかけてくる。
「連れって女?一緒に飲もうよ。」
「いいえ。結構です。」
「何なら花火とか、一緒に見れるし。」
「結構です。」
 やはり浴衣など着て来るものではない。慎吾や史がいれば、清子に近づいてくる男などいないし、清子が慎吾や史の側にいれば声をかける女はいないから、お互いがお互いの都合が良かったのかもしれない。だがトイレをちらっと見るが、まだ史も慎吾も出てこない。
 そのとき向こうから缶ビールをもった男が清子に近づいてくる。
「おう。待ったか。」
 晶の姿に清子は少しほっとして、晶を見上げる。
「ビール買えた?」
「あぁ。ほら、焼きそばも一緒に食うか。」
 晶の登場に、男たちはばつが悪そうに屋台の方へ去っていく。その姿を見て、清子はため息を付いた。
「ありがとうございます。」
「お前、編集長とかと一緒にいたんじゃないのか。」
「今二人ともトイレに行ってて。」
 ただのタイミングの問題だったのだろう。しばらくすれば二人はやってくる。このままだったら三人で花火を見て、みんなでバスに乗って帰る。慎吾は駅前で別れるだろうが、史と清子は同じ方向の電車で帰るのだろう。
 そのとき史が清子のところへ行かないとは絶対言えない。というか、行くだろう。何度かセックスをした仲だ。きっともう一度があると思っている。
「清子。ちょっと良いか?」
 そのとき慎吾がトイレから出てきて、清子のところへやってきた。
「トイレ込んでたよ。」
 慎吾は何も知らない。晶がいたことで少し驚いていたようだが、すぐに表情が元に戻る。
「悪い。慎吾。ちょっと清子を借りる。」
 そういって晶は清子の手首を掴んだ。
「え?」
「良いから。ちょっと来いよ。」
 無理矢理引きずるように晶は清子の手を引く。そして駐車場の方へ向かっていった。
「……あの……。」
「良いから来いよ。」
 駐車場からは人が河川敷に向かっている。その人の波を逆行するように、清子は晶に手を引かれていた。

 晶のその表情を昔見たことがある。
 あれはまだ清子が高校生だった頃だった。清子は高校へ行っても他の女子と混ざることはなく、授業中以外は全て机にうっつぶして寝ているふりをしていた。そうすれば、声をかけられることはないからだ。
 対して晶の回りにはいつも人がいた。男も女も関係なかったように思える。
 だがあの日。机が倒れる音と女の悲鳴で、清子は顔を上げた。するとそこには体をくの字にして額を押さえている晶と、血だらけのカッターを持っている男。
 やがて晶の押さえている額から赤いモノが出てきて、床に落ちた。
「何をしている!」
 授業へ行こうとしていた教師が慌てて教室の中に入ってきた。
「止血を!誰かタオルかハンカチをもっていないか。」
 その声に清子は思わず、バッグに入っていたタオルを持って晶に近づいた。
「押さえて。」
 だが清子を見上げる晶の目は、被害者なのになぜか加害者のように鋭くにらみつけ、清子の背筋を凍らせた。
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